第10話 設定に無理がありすぎたんだよ…

 バレたか!?

 バレたよな!?

 西園寺のもの言いたげな視線が痛い。突き刺さって痛いぞッ!

 その時、天の助けかはたまた厄災か、ガキのひとりが突然火がついたように泣き出した。足元には水溜りができており……なんとちびっておった!

 聞けばもともと我慢していたところを、驚いたはずみでやっちまったらしい。

 それから慌ててちび太をなだめ、はやしたてる他のガキを小突いて帰宅をうながしていたら、すっかり日も暮れて夜のとばりが降りてきていた。

 そんであたしもダッシュで家に帰ろうとしたら、西園寺のやつが夜道は心配だから送っていくと言いはる。

 いらねえよ。

 という言葉をオブラードに包んで丁重に断ったけど、西園寺は頑として譲らず好意に甘えることになった。

 べつに変なのが出ても、逃げ切る自信はあるんだけどな。



 そんなワケで、現在西園寺と一緒に国道脇のあぜ道をてくてくと歩いている真っ最中だ。

 あたしの片手には、途中立ち寄った自販機でおごってもらった缶コーヒーがある。

 それをぐびぐび飲んで、この気まずさを紛らわせている。

 すっかり春めいてきているとはいえ、夜はまだ冷えこむので、缶からじんわりと伝わってくる温かさがありがたい。

 それにしてもだ。


(さっきはちび太のお漏らしのおかげでうやむやに終わったけど、思いっきり昔のあたしに戻ってちゃってたんだよね……)


 最近はだいぶ落ち着いてきてたはずなのに、慣れない猫かぶりで反動がおきてるのかもしれない。

 問題はこいつだよ。

 隣を歩く西園寺の横顔をそろりとうかがう。

 西園寺は多少口数が減ったぐらいで、先ほどからいたってフツーだ。その繊細な美貌をもつ横顔を眺めても、どんな感情を抱いているのかは伝わってこない。

 でも、絶対に何か思うことがあるはずなんだよな。それぐらい無茶した自覚はある。

 とりあえず気づいたのか、気づいてないのか、はっきりしてくれ!


「桜もほとんど散りかけているね」


 とつぜん西園寺が裸になりかけてる桜の木を目にしながら話しかけてきた。

 これって、あたしを試しているのだろうか!?

 ひとまず平然な顔を装って答える。


「ああうん。そろそろ五月に入るしさすがにもうね。でも山奥のほうに行けば、多少は残っているはずだよ」

「そっか。時間があれば見てこようかな。そうだ、鈴木さんはゴールデンウィークの予定はもう決まってるの?」

「私? 私は趣味を極めようかと」

「へぇ、何にハマッてるの?」

「最近は、畳の目を数えること」

「…………」

「…………」


 そこで会話は途切れてしまった。ああ気まずい。

 このまま煮え切らない状態で別れるのも落ち着かないので、意を決して問うことにした。


「ねぇ、西園寺くん。私に何か言いたいことがあるでしょう?」

「いや、とくにはないけど」

「嘘だ。さっきからどこか様子がおかしいもの。挙動不審というかぼんやりしてる」

「ああそれは……」


 言葉につまった西園寺が、ためらう様に切り出してきた。


「鈴木さんて大人しい人かと思いきや、そうとう活発なんだね」


 心臓がはねた。


「木登りしてるのを見た時、なにかアレを思い出してしまった。なんだろうこのデジャウ感は。鈴木さんとアレは全然違うのにね、ごめん」


 やっべぇ、案のじょう怪しまれているし! 誤魔化さなきゃ!


「わ、私ね、以前は陸上部に入ってて、運動はけっこう得意だったりするのっ!」

「今はやってないの?」

「うん。入部早々にうっかり大怪我して体力が落ちちゃってね。もういいやって辞めちゃいました。えへへ」

「そっか、大変だったんだね……」


 西園寺は聞いてはいけない事をたずねてしまった顔つきになった。おそらく、部活中に不慮の事故でも起きたのだと想像しているのであろう。

 実際のところは、暇だったので自転車のサドルに爪先立ちして中国雑技団ごっこをしていたら派手に転倒し、次に気がついた時は病院のベッドの上だった訳だが、誤解しているようならあえて訂正しないでおこうと思った。

 こちらとしても、周囲からさんざん馬鹿にされたトラウマがあるのだ。

 そういえばあの日も今日みたいに、春風が吹き荒れてた日であったな。風注意。まじで。

 それはさておきだ。

 

「西園寺君はどうするの。何部に入るか決めた?」

「うーん、今までテニスをやっていたけど、全国に出ると蟻のように弱くて限界感じていたんだよね。だから、こちらでは何か別のことをやろうと思っていたんだけど」


 西園寺は一拍おいてから更に続けた。


「死んでしまったアレの意思を継いで、野球児を目指してみようかと」

「ぶはっ」


 コーヒー噴いた。


「大丈夫?」


 あたしがむせていると、西園寺がハンカチを差し出してきた。きれいに刺繍がほどこされたハンカチは丁寧にアイロン掛けがされており、なんとなく負けた気分になった。

 くっそ、こっちはティッシュしか持ってないぞ!


「平気よ。ハンカチは涙を拭くためにあるものだからとっておいて。それよりも野球児って、まだ例の彼女のことをまだ気にしてるの!?」


 ヒガシが放ったデタラメを鵜呑みにして部活を選ぶのか。それはなんだか申し訳ない。すごく申し訳ないぞ。

 あたしは服についたこぼれをティッシュでふき取りながら忠告した。


「ちゃんと自分がやりたい部を選んだほうがいいよ。鈴木さんを気にして野球部に入るのは絶対におすすめしない」

「だけど、あんなのでもいざ亡くなってしまうと、思うところがあるんだ。僕が呪ってしまったから死んでしまったのだろうかとか。ほら、言霊とかってあるから」

「は、何言ってるの!?」


 ばかかこいつは。お前にそんな力はない……こともないかもしれんけど、あたし生きてるしな。

 たちの悪い冗談かと思ってまじまじと西園寺の顔を見やったが、どうやら本気で言っているようだ。その目には暗い影が広がっていた。


「アレの不幸を望んでいたけど、こんなことになるとは思いもよらなかった。僕はただ見返したかっただけで。そういえば供養ってどうやるんだろう。宗派は真言宗でいいのだろうか」

「向こうも酷いことをしてたんだからお互い様でしょ。……えっと、西園寺君が気にすることはないと思うわよ?」


 うなだれているのを見て後半部分はあわてて付け足した。

 こういう湿っぽい展開は苦手なんだよ。

 だけど、励ましても西園寺は浮上してこなかった。

 曖昧に微笑んだまま黙ってしまい、会話が途切れたまま家の近くまでたどり着いてしまう。元気づけたかったけど時間切れだ。


「鈴木さんのおかげで、いろいろと気持ちの整理ができた気がするよ。ありがとう」


 そう言い残して西園寺は去っていった。

 あたしは無事に人形を手にしたものの、全然気持ちが晴れなかった。

 そして暗雲たる気分に更なる追いうちをかける事態が待ち受けていたのである。

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