「小説家になる」という呪い

小川真里「フェンシング少女」スタンプ

「小説家になる」という呪い

一昨日、祖父が死んだ。亡くなった。

……まあ今回このあたりの表現は割りとどうでもいい。


祖父が死んでしまったという事実を、

職場から入院先の病院へと向かうこの不安と焦燥感を、

真っ白なその部屋が、不意に歪むその瞬間を、

歯ブラシが、千羽鶴が、病室から黙々と片付けられていくそのさまを、

「この人は死者です」と書いてあるかのように、顔に被せられたその白い布を、

触れてからずっと、手のひらにまとわりつくその肌のぬるさを、

見舞いで会っていた時より、遥かに小さく感じるその頭を、

今にもふと開きそうなその目を、

今にも息を吹き返しそうにぽっかりと空いたその口を、


私の心にぽっかりと空いたこの虚を、


滅多に会わない遠い親戚が、高揚気味に近況を報告しあう様子を、


こんな時にしかわからない自宅の宗派と、手順が曖昧な焼香と、

千羽鶴と、将棋と、たくさんの花に包まれていく、化粧をした祖父を、


こちらとあちらを隔てて二度と開くことのない、棺の蓋を、


収骨室の文字通り異様な熱気と、淡々と砕かれていく、焼け残っていた全身の骨を、


それらを、「この経験は活かせる」と思ってしまう自分が――

こうして、そのできる限りを脳内で文字にして、文章にしてしまう自分が――


そんな私が、少し嫌だ。

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