求める男

 頭が良いのか悪いのか…ただずる賢いだけだったのか…権力を握った奴らがドンパチ騒ぎを始め、文明は失われた。放射能で汚染されていない場所はなく、人類は破滅するのを待つだけになった。

 それなのに争い事は終わらない。人々は水と食糧を求め、男は時として女を求めた。


 待ち侘びた世界が到来したのだ。秩序と法は消え去り、力ある者だけが生き延びる権利を得る。そんな時代を、俺は待っていた。




「お前が持ってるその水を、こっちに寄越せ。」


 今日も生き延びる術を求め、俺の道を塞ぐ男が現れた。


「なら…正々堂々と勝負し、勝った者が全てを頂く事にしよう。」


 俺は透明な容器に入った、何で汚染されているか分からない水を地面に置き、両拳を胸の前に構えた。

 その姿を見て不適に笑う相手は、何も持っていないようだ。俺が勝ったところで、名誉以外に得るものはない。

 …それで良い。




 勝負が始まり、俺達はお互いに良いパンチを浴びせ合った。相手もなかなか腕が立つ。筋骨隆々な俺に、勝負を挑んできたくらいだ。やり甲斐がある。


 しかし負けていられない。相手が強ければ強い程、勝った時に得る名誉は大きい。



「ぐわっ!…くそっ!」


 有名なボクサーが残した言葉…。『弱いからこそ勝てる』。

 俺は強者を相手に緊張感を高め、相手は、少しの油断を見せた。普通の人間なら気付かない油断だ。だが、張り詰めた緊張感はそれを見逃さなかった。男は膝から落ち、立つ事が出来なくなった。




「……正々堂々と、勝負しようって言ったじゃないか?」

「喧嘩にルールなんてあるか!覚悟しろ!」


 膝が元に戻るまでを待ってやった俺に、男は刃物をチラつかせてきた。

 相手も必死だ。飲んだら死ぬかも知れない水を奪う為に、命を張っている。



(歴史は繰り返す…か…。)


 刃物が銃になり、銃が爆弾になり、その爆弾には、放射能が含まれた。そのせいで世界は滅ぼうとしているのに、人類はまだ懲りないようだ。



「!!」

『パンッ!』

「だったら、俺が武器を使っても問題ない訳だな?」


 俺は懐から銃を抜き、男の頭を撃った。

 台詞は、男が死んだ後に呟いた。命乞いを求めた訳じゃない。許すつもりもなかった。



「…………。」


 せめて物質的な戦利品でもと思い、念のために男を裸にしてみたが…やっぱり何も持っていない。


「……はぁ…。」


 何も得られなかった事を確認した俺は、溜め息を吐きながら残った弾の数を数えた。


(後…4発しか残っていない。)


 それまでに俺は、名誉に満ちた勝利を手にする事が出来るだろうか?

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