殺人解放区

 とある国に…ある施設が出来ました。闘技場にて、相手が死ぬまで争い合う『コロシアム』です。


 参加者は遺書を提出する事で出場権を得て、銃や爆発物を除外した武器を1つまで所有出来ます。

 争いは時間無制限で、相手が死ぬまで、休憩時間もなく行われます。

 昔の、ギリシアのような設定です。


 しかし今は22世紀。命や人権に関して五月蝿い時代になりました。

 でも、この国に反対する人は少なく、むしろ志願者に溢れています。



 今日もコロシアムでは多くの人達が争い、そして争った人達の半分が命を落としています。


 老若男女を問わず争いは繰り返されます。

 しかし、敗者に対した慰謝もなければ、勝者に対した賞金も出ません。ただただ出場者と観客の興奮、満足の為だけに行われていました。




 次の対戦は、20代の筋肉質の若者と80代の老人です。誰がどう見ても、老人の敗北は明白です。

 そして敗北は即ち、『死』を意味しているのです。


 戦いのゴングが鳴り、2人は手にした刃物で争い合いました。時として若者が押される場面もあって観客は興奮しましたが、結局は若者の勝利に終わりました。


 脇腹を刺され、静かに人生の幕を閉じる老人が…審判からマイクを受け取ります。

 コロシアムの演出です。死を目前にした敗者に、人生で最期の口上を与えるのです。


 震える手でマイクに握った老人は、最期の言葉をこう語りました。


「有難う。人生の最期で、死を賭けた興奮を感じられた…。

 この国は…とても平和過ぎる…。余りにも平和過ぎて『命』の尊さを忘れてしまった。人が生まれる事、死ぬ事…。それがどれほど大切なのか…?また、命がどれだけ尊いものなのか…?このコロシアムは教えてくれる。

 ワシ自身も…今日の戦いで自分の命の価値を知った。これほど死ぬ事を怖いと思った事はない。しかし…それと同時にワシの命が、これほど惜しいものだと思った事もなかった。

 …充分に生きた。ワシの80年が、無意味でなかった事を知った。これで…心置きなくあの世へ行ける。

 皆の衆…。決して、ワシの死を忘れてくれるな。わしはここにいた。そして、命を賭けて戦った。忘れんでくれよ…?」


 そうして老人は、静かに息を引き取りました…。



 次に、勝者である若者のコメント…。


「今日、ここで勝てた事…自分の命がどれだけ大切なのかを知り、また、目の前で誰かが死んだ事…他人の命がどれだけ大切なのかを、新たに知りました。

 私は…生まれた時から命の尊さを知りませんでした。不治の病すら治す現代医学は…僅か500gの未熟児として生まれた私を、いとも簡単に救いました。

 家族は…それを当然だと思っています。勿論、私も当然だと思っていました。

 しかし今日の戦いを通じて、私を救ってくれた医学に、心の底から感謝出来る気がします。

 ご老人の冥福を祈り、また、名誉ある死を成された事を讃え…私は以降、この体に2つの命を背負って生きて行きます。」


 2人の言葉に観衆は感極まり、涙に涙を流しました…。




 この国は…

 富に恵まれ平和に満たされ、何の不自由も苦悩も知らずに暮らせる国。

 全ての人が寿命を全うし、平安に生まれて死んで行く国。

 殺人事件もなければ、交通事故もない…命の尊さを知らない国…。


 だからコロシアムは今日も、命の尊さを教え、見せ、感じさせます。

 この国の人達は、今日もこの闘技場で命の尊さを勉強するのでした。

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