本当にすべき事

 彼女と街を歩いてた。

 彼女は好奇心が強く、何か見つけると、ちょこまかと走って行くタイプだ。

 それでたまに転んだりして、俺を心配させる。



 今日も突然、小走りを始める彼女。

 俺は心配になって「危ないよ」と声を掛けるけど、「大丈夫!」と無邪気な声と表情でこっちを振り向く彼女。



『ドシッ!』


 また彼女はドジを踏んだ。俺の方を振り向き、前が見えなかった彼女はヤンキータイプの兄ちゃん連中にぶつかってしまった。


「こら!女!前向いて歩かんかい!?」


 手にしたコーヒーがスタッフジャンパーに掛かり、激怒する兄ちゃん…。

 困ってる彼女の下に、急いで駆け寄る俺。


(やれやれ…。ちょっと、厄介な事になりそうだな…。)



「済みません。強く叱っときますんで、許して下さい。コーヒー代とクリーニング代は弁償します。済みませんでした。」


 彼女を安心させようと相手をなだめてみる俺だけど、こんな人達相手に通じるはずがない。


「何じゃ!?お前関係ないねん!どっか行っとれや!?」


 強く脅されたけど、それで「はい」と言って終われる状態じゃないし、そうしたくもない。


(って言うか、関西弁間違ってない?)



「俺の彼女なんです。関係ない事ありません。俺が、守ってやらんと駄目なんです。代わりに何でもしますから、許して下さい。」


(って言うか、どう見てもあんたら年下じゃん?ちょっとは謙遜な態度執ったらどう?)


 すると兄ちゃんは鼻で笑いながら、


「何でもする?だったら、裸にでもなってもらおうか?」


(…俺、男なんっすけど…?)



 少し躊躇った。そっち系の人達?と疑った訳じゃない。


「何でもするって言うたやろうが?人混みの中で裸になれたら、許したるわ。」


 躊躇う俺に、兄ちゃんはそう押してくる。

 どうやら、そっち系の人ではないようだ。


「本当ですね?」


 仕方ない。俺はさっさと服を脱いだ。



 最初は俺の事を「男らしくない」とか「かっこ悪い」と笑った奴らだけど、途中から言葉を失った。

 理由は…決して一物がでかかった訳じゃなくて(笑い)、俺の背中のせいだろう…。


 俺の背中には、一面に刺青が入ってる。龍と火の鳥が戦ってるやつね。


「……。」


 言葉を失ってる兄ちゃん達に「これで良いですか?許してもらえますか?」と尋ねると、「済みませんでした!ご免なさい!」と謝って、さっさと逃げて行った。



 彼女は、この刺青を知らない。多分、嫌われただろうね。


『どうして、昔のように暴力で解決しなかったのか?』って?

 確かに、その方が楽に終わっただろうね。でも、暴力はいけないんだ。


『何故、彼女に刺青を見せたのか?』だって?

 兄ちゃん達は、裸になったら許してくれるって言ったじゃん?

(実は、お金が溜まったら刺青をなくそうとしてた。)



 俺は…彼女を守りたくてヤクザを辞めたんだ。ヤクザじゃない俺で彼女を守るって誓ったんだ。

 だから、二度とヤクザはしない。暴力も振るわない。彼女が望む事だ。



 ここで暴力を振るってしまったら…彼女を守ろうとして暴力を振るったのに、そのせいで守るべき人がもっと傷ついてしまう…。


 …俺がしなきゃならない事は、「怖い兄ちゃん達から彼女を守る」事じゃなくて、「彼女そのものを守る」事なんだ。



 俺は、街中で裸になるのを嫌がらない。彼女を守る為なら、何だってする。

 だけど暴力は振るわない。彼女が望んでいないんだから…。

 刺青を見られたって構わない。例え、それで彼女が俺を嫌いになったとしても…。


 俺は、彼女を守る事が出来たんだから…。

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