第6歩 〖少年少女〗
窓から、外を見る。
見えるのは、やはり森だけだ。
「そうだ。君の、名前は?」
レイは振り返り、少女に名を尋ねる。
「うあっ!す、すいませんっ!失礼なことを・・・・・!! 」
少女は慌てて座っていた椅子から立ち上がり、ぺこぺこと謝ってくる。
「い、いや。僕も言ってなかったし・・・」
少女は、息を整えてから、
「申し遅れました。私、名を“フラエ=ミストエル”と申します」
そう名乗り、ペコッと頭を下げた。
「フラエ、さん」
「ふふっ。さんは、付けなくてもいいですよ?冒険者さんのお名前は?」
フラエの言葉にレイも返す。
「僕の名前は、レイ、です。“レイ・ヴァルチェス”」
聞くと、フラエは嬉しそうに笑い、手を差し出す。
レイもその手を握り返した。
「よろしくお願いします。レイさん」
「うん、よろしく、フラエ。僕の方もさんは付けなくていいけど・・・」
「いえ、レイさんっておそらく、年上・・・ですよね?それに、少し、気恥ずかしいといいますか・・・・・・・・・」
確かに、レイの方が彼女よりも年上に見える。
端から見れば、髪の色という類似点も相まって兄妹のように見えるかもしれない。
「もう遅いですね。お風呂に入られますか?」
最後に一度、レイの手を握り直して、フラエは手を離した。
熱が名残惜しそうにじわりと冷めていった。
「うん、そうだね。そうさせて貰います」
「・・・・・・・・・ふふっ」
フラエが可笑しそうに口元を押さえる。
「え?ど、どうかした?」
「い、いえ、すみません!その、レイさんっていきなり、敬語になるなぁと思って・・・」
ーーーそ、そうなのかな。意識したことないけど。
「お気を悪くされたのなら・・・ごめんなさい・・・・・・・・・」
フラエがシュンとして俯く。
「い、いや!そんなことないよ。でも、そっか。村に同い年くらいの子が少なかったから・・・」
というよりも、人自体が少なかったから、か。
「敬語じゃない方がいいかな?」
もしかすれば、敬語を使われる方が嫌だって言う人もいるかもしれない。
「いいえ。いいと思います、そのままで」
フラエは、ふっと微笑んだ。
その表情には、寂しい、という感情は混じっていなかった。
「そっか。・・・あぁ、えと。じゃあ、先に頂いていいかな?お風呂」
照れくささを紛らわすように、話題を戻す。
「はい、入っちゃって下さい!」
レイは、フラエの差し出したタオルを受け取り、部屋を出た。
扉の向こうで、「右に進んで貰えばすぐ、お風呂場ですので!」と言う声が聞こえる。
指示の通りに右に行くと、すぐにそれらしき場所が見つかった。
だが、廊下はその先も、そして、背後にも続いている。
ーーーどれだけ、長い廊下なんだろう。
このまま廊下を歩いていたい気分にもなったが、先に入らせてくれた以上、ぱぱっと洗わなければならない。
服を脱ぎ、浴室のドアを開けると、中のむわっとした空気が一気に解き放たれた。
熱にあてられ、つぶった目を開けると、そこには、池があった。
いや、正確には、大きめの池と同等の大きさの浴槽があった。
「で、か・・・・・・・・・」
ーーーこんな大きなお風呂、村にいたときは見たことすらなかった・・・・・・・・・。
とりあえず、先に体を洗い、浴槽に足をつける。
そのまま、肩までつかった。
「うぅ、ふぁあ・・・・・・・・・」
ほぅ、と溜息をつく。
ーーー気持ちいい・・・・・・・・・。お風呂がこんな安らげるのはいつぶりかな。
普段は、宿等の温泉に入るので、まわりは他の冒険者やら、宿泊客やらで一杯だ。
ーーーふぅ、一人でこんな、広々とした浴槽につかるなんて、贅沢だなぁ。
フラエは、いつも、このお風呂に。
あれ?フラエがいつも・・・・・・・・・?
・・・・・・・・・。
・・・・・・。
ーーー考えるな!!何もない!普通の浴槽だっ!!
「ふぅう・・・・・・・・・」
しばらくの間、湯船につかっていたレイは、もう一度、大きく溜息をこぼす。
ーーーでも、いつも、こんな広いお風呂に一人で・・・・・・・・・。
「・・・あがろ」
タオルを手に取り、脱衣所に向かった。
◆◆◆
この時の少年は、気づいてはいなかった。
少しずつ、それでも確実に、魔の手が近くまで迫ってきていることに。
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