5頁目「〝しばいぬ〟」

「やぁ、メアリー。今日も良い天気だね。ご機嫌は如何かな?」


「えぇ。今日はちょっと体調がいいの。久しぶりにこうして外に出たわ」


「たっぷり陽の光を浴びるといい。きっとすくすく伸びるから」


「ふふ。私は植物じゃないわよ、ジョージ」


「知っているとも。しかしね、メアリー、世の中には実に奇妙な生き物がいるんだよ。その名を〝シバイヌ〟という」


「シバイヌ?」


「そう。神秘の島国、日本にだけ生息する特別な犬なんだよ。シバという単語はこちらの言葉でいうところの〝grass〟でね。緑色の牧草のような色をしているから〝grass-dog〟通称『柴犬』なのさ」


「えぇっ、日本には緑色の犬がいるの?」


「そう。すごいだろう? 日本人はおおよそ1000年以上も昔から、この不思議な柴犬と共に生きてきたんだよ」


「……緑色の犬とか、ちょっと想像がつかないわね」


「そうだろうとも。なにせ、柴犬は日光に当たるとすくすく大きくなるんだよ」


「すごいわ! 本当に植物みたいな生き物なのね」


「うんうん。それでね、日本には昔から〝芝刈り〟という言葉があるんだ」


「シバカリ?」


「そう。日本のおじいさん達はね。手斧を持って山に柴犬退治に出かけるんだ」


「待って待って、ちょっと待ってよジョージ! 柴犬退治って……日本人は昔から柴犬と一緒に暮らしてきたんでしょ?」


「その通り。だけど柴犬は同時に〝モンスター〟でもあるんだよ。飼い主の手から離れて野性化した柴犬は、日光を浴び過ぎて巨大化し、やがて自我を失い村に住む人々を襲う妖怪と化してしまうんだ。これを〝シバクレイ〟というのさ」


「なんてこと……そ、それで、シバクレイと化した柴犬はどうなるの……? 手斧で刈られて、そのままなの?」


「いや……実はね、もっとひどい話があるんだ……」


「ひ、ひどい話?」


「メアリー、これを見てごらん」


「この前見せてくれた、未来の機械ね?」


「そう。スマホだよ。ブラウザはG○○GLEという会社が作ったCHL○MEと呼ばれる――まぁそこはいいかな。とにかくこれで〝しばづけ〟と検索して、画像検索をしてみた結果がこれなんだよ」


「っ!! きゃああああああああああぁぁっ!!!?」


「驚かせてごめんよ。でも、これがなんだか分かっただろう?」


「……っ、赤い……肉が……っ、それって、まさか……!」


「柴犬の成れの果てさ。日本のおじいさん達はね、山へシバカリに行って、手斧で柴犬を仕留めたあとに、皮をていねいにはいで、中身をソルトやビネガーをたっぷり詰めた瓶の中に漬けて、すっかり乾燥させてしまったところを食べるのさ」


「ひどいっ! ひどすぎるわ! なんて野蛮なの! 日本人なんて嫌い!!」


「まぁまぁ、話を最後まで聞いてくれ。確かに日本人は〝しばづけ〟を食べるんだけどね、その一部は山に返して丁重に埋葬するんだよ。そうするとそれが肥料になって、家畜の餌になる牧草が生えてくるんだ」


「……そ、そうなの。でも、だからって、柴犬を食べなくても……」


「美味しい物は食べたくなる。もっと正確に言うなれば、まずは食べられるか試してみたくなる。そして美味しければ調理方法が広がってみんな食べたがる。これは自然の摂理なんだよ。メアリーも、羊のソテーは好きだろう? 羊は可愛くないの?」


「そ、それを言われると困るわ……でも、そうね、私間違ってたかも……」


「うんうん。確かに日本人って奴はひどく内気なくせに、時々ひどく偏執的な狂気に満ちた真似事をするけれど、基本的には良い奴らなんだよ。だから許してあげよう」


「わかったわ。それにしてもジョージは、本当に物知りなのねぇ」


「そんなことないよ。これは日本の一般常識なんだ。いつか君が大きくなって、彼の地へ旅行にでもいく機会があれば、きっと役に立つから覚えておくといい」


「ありがとう、ジョージ」


「たいしたことじゃないさ。それじゃあ、また」







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