クララさんとセッちんの情報収集

 UGNの活動は広い。その力は世界中に広がっている。

 オーヴァードの起こす事件は、時には大事件になることもある。故に警察などの保安機関にもある程度の繫がりがあり、連携を取りながら平和を維持しているのだ。


「また例の連中か。……ああ、わかってるよ。こっちの情報をよこせってことだろう?」

「いつもいつもすみません。警察の方々の働きあってのUGNですので」


 場所はどこかの喫茶店。クララはいつものシスター服ではなく、それなりに高級なスーツを着ていた。相対するのは少し野暮ったい顔をした男。あごには反り残したのか不精髭がのこり、着ている服からは煙草の匂いが匂ってくる。


「全く……。銃も手錠も護送車も意味がないんだから、あんたらに頼るしかないんだけどな」


 クララの前に座る男は、煙草を吸い込み紫煙を吐く。一見ガラの悪い中年男だが、この街の警察で働く刑事の一人だ。彼はオーヴァードの存在を知っており、時折それが街の治安を乱していることに気づいていた。

 だが、彼も言った通り拳銃程度ではオーヴァードに対抗しきれない。自分を狙ってくるオーヴァードを前に無力を悟る。絶命寸前の所を、UGNに救われ、それ以降渋々ながら協力しているのだ。


「的場秋絵。今まで補導された記録はない。夜に見たって同僚がいるが、その程度だ」

「職務質問とかもないという事ですか?」

「せいぜいが注意喚起だ。オーヴァード以外にも犯罪者はいる。最近は若い奴らが集まって悪さしてるからな。その注意もある」


 話がそれたな、とその刑事は言う。夜に暴れる若者の話は、UGNには関係ない。むしろ警察の領域なのだ。


「その同僚の話から察するに、親指とひとさし指でこう……四角い窓を作ってたらしい。写真か絵か、そういうのが趣味なんじゃないか?」

「ええ、そのようで」

「あとは同僚そいつの推測だが、指で作った窓に人を入れるのを避けていたようだ。誰か喧嘩したんじゃないか、その娘」


 流石刑事。クララは心の中で人物観察の鋭さを称賛した。毎日、人と相対している仕事なだけはある。


「とはいえ、心の中ではその人を許しているんじゃないかって思うぜ」

「それはどうして?」

「ジャームっていうのは理性がないんだろう? 本当に誰かを憎んでいるなら、真っ先に自分が恨んでいる奴を殺しにかかるものだと思うぜ。

 少なくとも、そう言った変事件が起きたという記録はない。ってことは、そいつは誰も殺していないってことだ。なら、そいつは誰も恨んでいない」

「……成程。貴重な意見をありがとうございます」


 クララは心の中の評価をさらに一段階上げた。理にかなった意見だ。自分の倍ほど生きている人間だけのことはある。


「恨みで人を殺すのにレネゲイトは関係ない。ナイフか超能力かの違いだ。その根幹にあるのは、理由とか勢いとか――心の衝動なんだよ」


 そう言った事件に慣れた男は、そんなことを見飽きたとばかりに手を振った。


 ※      ※      ※


 セツナは光学迷彩と物質創造を巧みに利用して街に溶け込み、街の観察を行っていた。件の秋絵という少女を探し、その動向を調べるために。

 人間の行動は、基本的に一定している。学生なら学校を中心に動き、社会人なら会社と家が行動範囲の基点となる。そう言った基本情報さえあれば、逆にそこから大きく逸脱した行動こそが手掛かりとなるのだ。


「……動き、あった……」


 小型の通信機に連絡を入れて、セツナは秋絵を追う。距離を詰めすぎずに、しかし離れすぎずに。オーヴァードの力で姿を隠しているとはいえ、それは絶対ではない。相手もまたオーヴァードなのだ。自分の隠密能力が完ぺきではないことは、牧村亜紀子が証明しているのだから――


(……亜紀子さん、怖い……)


 亜紀子に隠密がばれたこと思い出して、身を震わせるセツナ。研究所の時に受けていた、痛みや電流ではない未知の感覚。力づくなのに、どこか優しくて暖かい。屈してはいけないと思っても、体の力が抜けていく。

 いけない。首を振って任務を続ける。感情と思考を制御し、対象の後を追った。気づかれている様子はない。このまま家に帰るのだろう。そんなルートだ。今日もそうなのだろうとセツナは思っていた――が、急に横道にそれた。

 怪訝に思うが、慌てて追いかけたりはしない。頭の中で地図を描き、特徴的な建物に辺りをつける。コンビニ、喫茶店、友人の家、そして――


(……神社……?)


 内気な絵描き志望の秋絵は、真面目な所がある。学校帰りに寄り道してお菓子を買うような性格ではない。思い立って友人の家に行くのなら、おそらくスマフォで先に連絡を入れるはずだ。逆に急に行こうと思う場所、として適当に神社をあげてみた結果、どんぴしゃだった。

 石段を昇る秋絵。そこに近づこうとした瞬間、何かの気配を察した。ワーディングのようなレネゲイトウィルスを用いた何かで監視をしている。そんな気配だ。

 セツナはこれ以上の尾行を諦め、一時撤退する。無理はしない。情報を届けることが最優先だ。

 幸いにして、場を離れれば気配は消えていく。注意を怠らず、セツナはUGNまで帰還した。


 ※      ※      ※


「ん……あ、ふぅ……」

「んん……は、ぁあ、んぷぅ……!」

 出会い頭に強引にクララさんと唇を重ねる。激しい舌の動きに最初はとまどうが、すぐに対応するクララさん。そして激しくこちらを攻め立ててくる。

 だけどこれは誘い受けのポーズだ。こちらを興奮させて、自分が楽しもうという被虐主義者のクララさんらしい。あたしはその誘いに乗ったとばかりに頭を掴むように抱き寄せて、呼吸を忘れるぐらいにクララさんと密着する。

 腰を抱き寄せ、太ももが交差する。互いの太もも同士が刺激され、激しい熱を生む。呼吸すら許さない状況で、激しい興奮を伴う深い口付ディープキス。ああ、もう。こっちも乗ってきたじゃないの!


「や……情報、渡すから……んんっ」

「だーめ。情報は的確に伝わらないと意味がないのっ、ちゅ……んっ」

 壁を背に首を振るセッちん。弱々しい抵抗をする小さな体。それを強引に抱き寄せて、唇を奪う。あたしの舌が唇を割って入れば、とたんに震えだすセッちん。怖いのと、舌の感覚に耐えているのと。

 あたしはセッちんの首筋を優しく撫でる。震えは止まり、小さな手であたしの服をきゅ、と掴んでくる。そのまま背中を指でなぞるようにすれば、抱き着いてくるように体を寄せてくる。

 舌を動かせば、経験不足ながらにこちらに舌を合わせようとするセッちん。そのたどたどしさが、むしろあたしを興奮させる。刻むようにあたしの舌はセッちんの中で動き――


「成程、詳細は分かったわ!」

 頷くあたし。秋絵ちゃんの事を調べてたクララさんとセッちんから情報を入手したのだ。どうやってって? そりゃもう、さっきの行為で。

「ああ……はげしい舌の動きでしたわ……」

「……違うの……だって、あんなこと、されたら……」

 崩れ落ちるように我を失っているクララさんとセッちん。ちょっと、濃密にキスしすぎたかなぁ? まあクララさんはあれで悦んでいるみたいだし、セッちんも慣れてきたのか嫌がってる様子もないから、まあいいや。


 ともあれそこの神社が怪しいという事が分かった。

 ならばそこに向かうまでだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る