第7話 りんご


 右を見た。

 左を見た。


 けれども、あてがない。

 この道路を横断したところで仕方がない。

 ふと足下を見ると、りんごがころがっている。

 車道と歩道の段差に隠れるように、ソフトボール大の赤いりんご。


 もう一度、


 右を見た。

 左を見た。


 左側には果物屋がある。

 その店先にはトラックが停まっている。

 荷台には、りんごを詰めた木箱が満載してある。


 りんご……。


 ためらっていても依然空腹はおさまらない。

 かがみこんで拾ってみる。


 すると果物屋から、運転手らしいのが出てきた。

 怪訝な顔でこちらを見る。


 盗ったんじゃない!

 拾ったんだ!

 本当だ。嘘なんかじゃない!


 口からは出なかった心の叫び……。


 運転手は肩を怒らせ二、三歩近づいてきた。

 しかし、歩道に唾を吐くときびすを返し、トラックに乗って行ってしまった。


 最早、このりんごは俺のものだ!


 右を見た。

 左を見た。


 正面を見た。


 正面に建つビルの一階はショールーム。

 そのショールームのウインドーに映る自分の姿を見た。


  俺だってこいつには、りんごぐらいはめぐんでやる!



                        (了)

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