第19話 三年五組
◆ 三年五組 九条 太陽
「どうしてくれるんだよ!」
太陽は締め切られた三年五組の教室の真ん中で、加賀に胸倉を掴まれていた。直接手を出している生徒はその一人だけだが、他の生徒も太陽を逃がすまいと取り囲んでいた。
そんな中、太陽はふてぶてしく、胸倉を掴んだ生徒を睨み付ける。
「どうもこうも、何だよ?」
「な! 何だよって……ふざけんな!」
「ふざけるも何も、オレのどこに責任があるんだよ」
「あるだろうが! お前が来たから、こ、河野は……」
「オレが来たから河野は死んだ。ああ、そうだな」
「だったら」
「だから、どうしたんだよ?」
太陽は胸倉の手を払う。
「河野が死んだ。で、お前達には何かデメリットがあったのか?」
「で、デメリットって……そんな話じゃないだろ!」
「ああ、デメリットはあったな。これで」
ふ、と太陽は口元を緩める。
「三年五組――脱落、だな」
「なっ!」
「三山が死んだ扱いで、河野が死んだからな。二人が欠けた。はい、脱落」
太陽の言葉で教室中がざわめきで埋め尽くされる。泣き崩れる者。怒声を浴びせる者。座り込む者。様々な者がいたが、その全員の共通項として太陽に対して、憎しみの念を抱いていた。
――ただ二人を除いては。
「判んないけどさ、弟君。君がそういう言い方をするってことは、そうならないんだよね?」
「太陽君は人の不幸に笑う人じゃないからね。むしろ怒りだしちゃうのが太陽君だよ」
三山が自信無さそうにそう口にし、風音は心配そうに眉を潜めながら太陽の傍に寄る。
「というよりも、太陽君が悪い訳じゃないじゃない。太陽君はこのクラスにいた犯人を捕まえてくれたんだから」
「俺が死んでいる扱いにしたのは、弟君の所為だけどね」
「ん、オレの所為だけどさ。まあネタバレすると、それはもうチャラになっているんだけどね」
「……ん? どういうこと?」
肩を竦めて太陽は答える。
「三山。あんたが生きているってことはあの仮面の奴に伝わっているはずだ。河野って奴がぺらぺらと喋ってくれたおかげでな。一マイナス一、プラス一だから、二人欠けていない扱いなんだろうさ。放送がないのが証拠」
「あ、そっか。二人が欠けた扱いなれば放送で脱落クラスを告げるよね。でも、まだないよね」
「それに、あの仮面の男にも都合が良かったんだよ。この状況は」
「都合が良かった?」
「ああ。後始末のために一人を死なせなければならないが、しかし、自分達が仲間を殺したことを放送で言う訳にはいかない。加えて、犯人のことについてある程度事情を知るはめになった三年五組の動きを封じなくてはいけない。かといって、三年五組をルールに抵触していないのに脱落させる訳にはいかない。オレがいるからな」
「そっか。太陽君は脱落しても死なないから、この事実を吹聴して回れるもんね」
「そうなると『生徒同士で殺させる』という前提が崩れるからな。犯人側が何らかの目的で縛ったルールを破ることになるね」
「それによって相手にデメリットがあるかは判らないけど……ただ少なくとも、犯人側も避けたい事態だろうとは考えられる。だから、まだ大丈夫だと思うよ。放送がない限りね」
あちこちから安堵の溜息がつかれる。そこに、太陽は注釈を付け加える。
「但し、万が一放送があった場合は……そうだな。逃げろ」
「逃げる? 弟君、それはどういうことだい?」
「三山。お前に確認してもらったよな。携帯電話をいじっていたのは、河野だけだって」
「その後も見ていたけど、誰も携帯電話を操作するような真似をする人はいなかったよ」
「つまり、このクラスに二人目の犯人がいない可能性が高いってことだ」
そうなると一つの疑問が浮かび上がるが、とりあえずその事項は脇に置き、話を進める。
「オレは三年三組が殺される所を見ていた。加えて犯人……まあ、兵頭豊って奴だったが、知っている人もいるだろうが、三年三組の生徒だった。そいつが、直接銃で生徒を撃っていた。階段まで追いかけてまでな」
「あれ? でも俺は死体を見ていないよ?」
「オレが兵頭をトイレに軟禁し終わった後に、教室に戻る時にはあったぞ」
「血はあったけど……死体はなかったよ。ほら」
そう言って三山は足の裏を見せる。既に乾いているようだが、赤黒く染まっている。
「ってことは、犯人グループが片付けたんだな。場所は予測が付くけどな。……さて、話を戻すぞ。つーわけで三年五組の中の犯人は死んだ。いなくなった。だから、お前らを追って殺すような人間はいないんだよ」
「うん? そこでどうして追う人間がいないと言えるの? 太陽君」
「クラス全員の顔を覚えている人なんか、他クラスにいる訳ないだろ? 顔写真を持って追うという間抜けな真似はしないだろうし、人違いが起きた時点で先程のルールに抵触する可能性が高い――とまあ、ここまで言えば、万が一の時に逃げれば安全だと言った理由が判るだろう?」
教室のあちらこちらで首肯する人々。
「まあ、それは万が一って話だな。そんな暇もなく奴らが現れたら……そうだな。姉貴」
「はい?」
「オレの番号に電話してくれ。すぐ……って言っても、多分全力でも三十秒くらいかかると思うけど、駆け付けるから」
「うん。分かったよ、太陽君」
「あとは……ほい、三山」
太陽は胸元を探ると、じゃらと、トイレで抜き取った銃弾を四発、三山に握らせる。
「拳銃、持っているな?」
「あ、うん。一応」
三山は懐から拳銃を取り出す。すると、教室の中が再びざわめく。
「あー、勘違いするな。三山は犯人じゃねえよ。拳銃はそこいらで拾ったらしいからな。なんなら、その拳銃をうちの姉貴に渡したっていいんだぜ」
「うん。そうしようか。九条さん」
「えっ? わ、私がこれを持つの?」
「姉貴意外と度胸あるし、拳銃を持つと人格変わるしな」
「そ、そんな記憶知らないよ、私」
「とまあ、そんな冗談は置いておくにしろ」
太陽は拳銃を三山の手から取ると、近くにあった机に叩きつける。
「犯人側も拳銃を持たれているのは予想外だからな。見せるだけでも効果的、反撃する意思を見せるのも効果的だ。少なくとも相手は自分の命を背負ってまで、あんたらを殺そうとは思わないはずだ。すぐにはな」
太陽は胸を叩く。
「その間に、オレがお前らを助けにいく。約束する。責任を持って、犯人を駆逐する。オレに責任があると思う奴は、それで勘弁してくれ」
太陽はそこでにこやかに笑う。その爽やかさに、三年五組の面々は面喰らい、そして自然と笑みを零していた。そんな中、三山は苦笑しながら風美に問い掛ける。
「……ねえ、九条家って、どうして皆あんな風に人を惹き付けるんだい?」
「太陽君だけだよ。お父さんとお母さんも昔はそうだったらしいけど、私にだけは受け継がれなかったみたいだね」
あははと笑う風美を見て、三山は呆れたように大きく溜め息を吐く。
「……天然って怖いね」
「おーい、聞こえているぞ三山」
太陽は三山に指を向け、
「つーわけで頼むな、三山。鍵締めておけよ」
そう言って颯爽と三年五組から退室していった。
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