第9話 考察

 教室に戻ってきて早々、太陽はバッグを床に置いて、そのまま教壇に立って告げる。


「みんな聞いてくれ。オレは犯人の姿を見てきた」


 ビクリ、と皆が肩を跳ね上げさせる。息を呑む音が聞こえる程の静寂が生まれる。

 太陽はその中心で、首を横に振る。


「だが、すまん。判らなかった」

「わ、判らなかったって、どういうこと?」


 洋が尋ねる。


「顔が見えなかったんだよ。犯人らしき人物……多分、銃を持っていたからそうだと思うんだけどさ、そいつは仮面を被っていた」

「仮面?」

「そう。白いやつな。気持ち悪かったぜ。思わず逃げてしまう程な」

「何だ太陽。結局成果はそれだけだったのか?」

「おう。すまんな、姫。あんなに息巻いてそれだけだ」


 太陽は頭を掻く。


「ま、そういう訳だから、トイレに行く時とかで外に出た時にそういう奴にあったら、真っ先に逃げろよ。分かったな。……と、これくらいかな。後は姫に指示された通りにしてくれ。姫、何をすればいいんだ?」

「ああ。寝ろって言った」

「じゃあ寝な。寝る子は育つからな。あ、一応男子と女子は一緒に寝ちゃ駄目な」

「えー、駄目なのかよー?」

「あ、武はいいぞ。相手がいればな」


 クラスに笑いが起こる。武も「畜生。覚えてろよ」と笑顔で言い返す。


「まあ冗談はともかく」


 そう言いつつ、太陽はいつの間にか背負っていたリュックサックの中から少し大きめな液晶――タッチパッドを取り出す。立てかけられるような補助と充電器もセットで。


「ほれ。どっかの部室から持ってきた。一台しかないから……そうだな、コンセントのあるそっちの窓際の方に置いてみんなでテレビとか報道の様子とか見ててくれないか。WIFIルータもあったから、多分見られるんじゃないかと思うけど、そこまで確認して持ってきたわけじゃないから、そこら辺のセッティングよろしく」


 そう言って近くにいた洋に渡す。洋はすぐに言われた位置まで持っていってセッティングを始めると、クラスのほとんどがその近くに集まる。


「……みんなの視線を外させる。これが目的だろ、太陽」


 そのクラスメイトを傍目で見ながら、タッチパッドから一番離れている場所である廊下へと繋がる扉の前で、一姫は太陽に小さな声で問う。


「ああ。携帯とかみんな持っていると思うけど、大きな筐体一つあればそっちに集中すると思ってな。わざわざ探し出してきた」


 太陽は頷き、その場にいる未来と久に向かって、人差し指を口元に当てる。


「気付いたのは姫、久、五島さん、か。……ま、みんなオレが信頼出来る相手だから、話すよ」

「何か、あったんだな?」


 コクリと頷いて、太陽は小声でさらりと事実を口にする。


「さっきはああ言ったけどさ。実はな、……犯人の一人、倒しちゃったんだよ」

「……え?」


 三人は信じられないという眼を太陽に向ける。


「まあ、ちょっと運も重なってね。で、そいつは四階のトイレに裸で軟禁してある。だから出られないはずだよ。――んで、こいつが犯人だった」


 そう言って、太陽は鞄から、彼の学生証を取り出す。


「兵頭豊……知らない名前だな」

「あたしも知らない。未来は知ってる?」

「いえ、知りません」


「名前をよく見てみろ。こいつは――なんだよ」


「……三年三組?」


 一姫が何か気が付いたかのように復唱する。


「殺されたのは三年三組。この生徒は三年三組。で、犯人……ってことは」

「気が付いたか、姫」

「ああ。とんでもないことだ」


 一姫は絶句する。同時に、未来も気が付いたようで、周囲を見回す。


「ん? どうした未来?」

「久ちゃん。これは――」

「五島さん。そのことは後で耳打ちでもしてくれ。万が一聞かれたら非常に困るから」

「……分かりました」

「ありがとう。――で、あともう一つ」


 人差し指を立て、太陽はさらに声を潜める。


「みんなの眼がこちらを向いていない内に、見せたいものがある。これはさっきよりも驚くと思うけど、絶対に声を上げるなよ」


 太陽は周りに見えないようにゆっくりと、鞄の中から、奪い取った拳銃を取り出す。


「――っ」


 未来と久が口元を手で押さえて驚きを無理矢理隠す。ある程度想像が付いていたのだろうか、一姫はそれほど驚かずにその物体を凝視する。


「これが、三年三組を殺し尽くした凶器か」

「ああ。弾もいくつかある」


 袋に纏めて入れられた弾が、じゃらと音を鳴らす。それらを手に持って、太陽は言う。


「お願いがある。この二つ銃と弾を、三人の内の誰かに持っていてほしい」

「ならば、久だな」


 即座に一姫が答える。


「あ、あたし……?」

「おいおい姫ちゃんよ。個人的な感情で選んじゃ駄目だぜ」

「個人的じゃない。きちんと理由がある」


 太陽のからかいを一蹴して、一姫は述べる。


「俺にはいらない。となると女子二人のどちらかになるが、もし久か五島のどちらかが人質になると考えた場合、五島の方を選ぶと思う。その際に相手を脅せるのは、残った方の久になる」

「あー、そうかもな。あたしもそう思う」

「あと、俺が信じているからな。それでも、久は撃たないって」

「……そ、そう」


 その言葉に真っ赤になる久。未来は微笑み、太陽はわざとやっているのかと肩を竦める。

 口にした張本人は、何食わぬ顔で久に道具を渡す。


「弾丸は常備しなくてもいいから、隠すことができて、後で自由に取り出せる所に置いておいて。拳銃は……久は腰が細いからスカートで挟むのは無理か。でも胸が大きいから、そこに隠した方がいいと思う」

「え、ああ、お、大きい?」

「大きいと思うよ。ああ、でも、拳銃って結構重いからきついか。男なら腰やズボンのポケットとかに入れられるんだけどな。どうしよう?」

「ど、どうしようって……ど、どうしろって言うのさ?」

「それを相談しているのだが……」


 焦燥している久と、困ったように眉を顰める一姫。太陽はそこから背を向け、その様子を他の人から見えないように立つと、ほとほと呆れたというように隣にいる未来に話し掛ける。


「緊張感ねえな、こいつら」

「ですね。でも……」


 未来は柔らかく微笑む。


「こういう状況だからこそ、こういうものが大事なのではないのでしょうか?」

「んー、リラックスするのはいいことだけどな。こういうストレスが溜まり易い状況では」


 太陽は頬をぽりぽりと掻くと、その頬を少し朱色に染める。


「しっかし姫の奴……良く女性に胸の話とか顔色変えずに出来るよな」

「太陽君はしないのですか?」

「オレがっていうか、普通の男はしない。ましてや大きさなんて言わない」

「……太陽君は、胸の大きな女性の方が好みなのですか?」

「んにゃ、別に。胸ってのはステータスの一種でしょ。総合的に人を見る上で参考にするかもしれないけど、それだけで好みどうこうとは言わないよ」

「……そうですか」


 未来は、太陽に気付かれないように小さく安堵の息を吐く。と、同時に、


「おい、できたぞ!」


 教室の端の方で武が声を上げる。それまでは報道の様子をどうやって映そうとするか苦戦していた様子ではあったが、今は画面にのモノが映っていた。


「そういえば太陽君。あのタッチパッド、何処で手に入れてきたのですか?」

「四階の、多分漫研の部室からだと思う。ドア蹴破って入って奪った」

「蹴破ったのですか?」

「ああ。面倒だから蹴った」

「ふふ。太陽君らしいです。……それであのタッチパッドですが――」


 声を潜め、未来は太陽に問い囁く。


「……眼を逸らすためだけのものではないですよね?」

「勿論。外部から見た状況がどのようになっているかを把握するために持ってきた」


 学校が占拠され、爆発まであったのだ。外でも相当騒がれているだろう。その予想は当たっており、皆は「おお、ここが映っているぞ」「あ、外に中継車がいるわ」と騒いでいる。

 それを傍目に見ながら、太陽は呟く。


「まあ、ニュースを見た所で、どうせ内部事情の把握は出来ていないだろうし、この時点で出来ることと言えば、中にいる生徒と携帯電話でのインタビューだけだろうさ。あんまり有用じゃないと思ったけど、情報を知りたいと思う、クラスのみんなの欲求は一応満たせそうだし、それはみんなで共有した形のほうがいいだろうしね」

「そういうことなら本題は、拳銃の所持者をどうするかということだったのですね」

「あと、オレが信頼していて、かつ、賢い五島さん達に、あの事実を伝えることもあった」

「それは、あの……犯人の一人が三年三組の生徒だったということですか?」

「うん。その事実から導き出されることは、姫と五島さんには分かったよね」

「ええ。その……」


 未来は少し言い澱んでから、答えを口にする。



「犯人は複数で――この、ということですね?」



「……まだ、可能性が高いという段階ではあるけど、ほぼ間違いなくそうだと思っていい」


 三年三組は、ルールによって廊下に逃げた人まで全員、追い掛けられて殺されている。それを行ったのは、三年三組の人物。つまりは、脱落したクラスの生徒が殺害を行っていた。

 そこから導き出される推察は一つ。


 それぞれのクラスに犯人の一人がおり、脱落した該当クラスの生徒が、同級生の始末を行う。


「オレは疑問に思っていたんだ。脱落クラスが死ぬとは言っても、どのように死ぬのか、って」


「どのように、ですか」

「最初は、生贄をそうすると言っているように、教室に毒ガスを撒くのかと思っていた」

「でも、それならば、教室の外にいる生徒を死亡させることは無理ですよね?」

「だから、生徒一人一人を銃で殺害していったんだろうさ。そうなると、全クラスに犯人がいると考えた方が自然だ。脱落クラスの殺害方法がああだったことからな」

「でも……まだ、可能性があるという話ですよね?」


 不安そうな声で未来が訊ねると、太陽は小さく頷く。


「ああ。たまたま犯人がそのクラスにいただけで、居ないクラスには誰かが殺しに行くのかもしれない。ただ、その可能性は低いとオレは思うけど」

「何故ですか?」

「だって、全員の顔を把握していないと、誰が逃げているのかが判らないじゃないか。だから、犯人はそのクラスの人と普段接している、つまりはクラスメイトになると思う」

「成程。そうなりますよね」

「まあ聞くけど、五島さんではないよね?」

「勿論です。太陽君も違いますよね?」

「当たり前じゃん。オレと姫はこの計画をぶっ壊そうとしているんだ。犯人側にとっては都合の悪い人間で――ッ」


 そこで太陽は、何かに気が付いたかのように眼を見開いた。


「……まずい」

「どうしたのですか?」

「犯人がこの中にいるということは、つまり……」


 視線を冷蔵庫に移す。


「……オレ達が食糧を隠し持っていることがバレている」


「あっ。それは……」

「ああ。犯人側の挑発によって、ここが狙われる可能性がもっと高まってしまう」


 ただでさえ一人少ないことが公言されている一年二組は、真っ先に脱落させるべきクラスなのである。その状況を悟られないために食糧を奪い、それを他のクラスが行ったということにして対象を変更させた。食糧の確保には、そういう側面も含まれていた。その二つの対象が、一つに結びついた時、他のクラスは一致団結して一年二組を襲撃するだろう。


「その点については、大丈夫だと思う」


 そう会話に横槍を入れてきたのは、一姫。どうやら銃の隠し場所についての議論は終わったらしい。久の顔が赤いのが気になるが、今はそれよりも、さらに気になることがある。


「大丈夫の根拠は何だよ、姫?」

「俺はな、このクラスにいる犯人が、それをリークするまでの時間はまだあると考えている」

「どうしてだ?」

「犯人としては、なるべく不審な行動を取ろうとしないだろう。自分で言うのも何だが、何かと察知し易い俺とお前がいるからな。ここで動くのは得策ではないと考えているだろう」

「ここで、ってことは時間の問題ってことか?」

「ああ。俺は五時くらいがリミットだと見ている」

「五時……ってことはあれか」


 太陽は眉を顰める。


「オレ達は、に勝たなくてはいけないのか」


「元々だろ。持久戦に持ち込む作戦だったんだから。その前に終わらせなきゃとは思ったけど」

「……あのー? あたしには話が見えないんだけど、何の話をしているの?」

「一姫君が、リミットが五時だと言った理由です」


 久の質問に未来が答える。


「久ちゃん。ルールの二つ目を覚えていますか?」

「二つ目って……四時間以内に死体が出ないと、ランダムに二クラスを脱落とするってこと?」

「ええ。最初の四時間は千田先生と三年三組の方々が死亡したので問題はないのですが、次の四時間の二時から六時の間には、誰も死なないということも考えなくてはいけません。そういうことになりますと、六時の段階で」

「ランダムで二クラス脱落、か。で、焦らせるってことか。……ん?」


 小首を傾げる久。


「くじ引きとかだったらまずいけど、犯人側の意向だったら、あたしらは安全なんじゃない?」

「お? それは新しい考えだな。どうしてそう思うんだ?」


 一姫の質問に、久は「だってさ」と人差し指を立てて答える。


「あたしらはあと一人で脱落クラスになるんだよ。犯人側の目的は、あたし達に殺し合いをさせることじゃない。それならば、真っ先に狙わせる的が必要になる。つまり二クラスを意図的に選出している場合に関して言えば、あたしらは安全ということになるというわけ」

「成程……一理あるな」


 一姫が唸ると、久は照れ臭そうに頬を掻く。


「あくまでもランダムじゃないっていうことが前提だからさ。あんまり参考にならないよ」

「いや、これは結構奥深いことになると思う」

「奥深い?」

「ああ。犯人側が意図して脱落クラスを選出すると考えれば、次に脱落するクラスも見えてくる。恐らくだが――になるだろう」

「え? どうしてそうなるの?」


 久の問いに、一姫は逆に問い掛ける。


「例えば……赤と黒のボールは八個、白のボールは七個あり、それらが見えない袋に入っていたとする。そこから二つ取り出した時、二つとも白だった。そうなったら次に二つ取り出した時、少なくともどの色が出ると思う?」


「それは当然、残り八個ずつ残っている赤と黒じゃないの」

「そういうことだよ」


 一姫が頷く。


「白は三年、赤と黒が一年と二年と考えると判ると思うけど、そうなると、次は自分のクラスの番かもしれないと考えて、一年生と二年生が焦り始める。仮に最初の白二個が赤黒一個ずつに変化したとしたら、どういう風に思考が変化する?」

「全部同じ数なんだから、どの色も平等な確率で出て……どの学年も、さっきの件よりは焦らないことになると思う」

「うん。実は確率は生き残っているクラスを分母とした際の数値なのだから学年によって変わらないんだけど、でも、学年の区切りとして考えてしまう。一年二年は勿論のこと、少ないはずの三年の方も、白二つが取られた時、今度は五分の一で引き当てられてしまうという方に頭がいくだろう。それがランダムと犯人側が言った理由だ。だからこそ、全員に焦りが生まれる」


 焦りは怖いよ、と一姫は言う。


「焦り人を狂わせる。殺すというためらうべきことも、容易く実行に移してしまうだろう。だから俺は、食糧の確保などの眼に見える形でのアドバンテージを作って、皆に平常でいるようにと行動している」


 だから乱すようなことは言うなよ、と太陽の額を小突く一姫。

 太陽は不服そうに顔を歪める。


「……要するに。最初にオレ達のクラスがランダムで当たることはほとんどねえんだな?」

「犯人側が意図的に選ぼうとすればな。完全なランダムだったら終わりだ」

「何で終わりだよ? 別に選ばれても、犯人を取り押さえればいいじゃないか」


 キョトンとする太陽に、「無茶を言うな」と即座に一姫が否定の言葉を述べる。


「この中の誰が犯人だか、まだ判明していないんだぞ。多分、持ち物検査を行っても道具は巧妙に隠しているだろうから見つからないだろうし、俺達がその事実を知っているということも極限隠さなくてはならない。後で携帯程度は確認するつもりではいたけれど、流石に教室中をひっくり返すのは無理だ。理由がない。そんな状況の中で脱落クラスになったら、多分拳銃を持っているであろうその犯人に、少なくとも確実に一人は殺されるだろう」

「何言っているんだ? 勝ち目はあるだろう?」


 太陽は鼻を鳴らす。


「姫、犯人はまず誰を狙うと思う?」

「それは……適当にか?」

「いいや。多分、心を折りにオレか姫を狙うだろうよ。いや、身体でかいから多分オレだな。ま、どちらにしろ久は狙われないだろうさ」

「……どういうことだよ、太陽?」


 久が険しい顔で太陽を見る。太陽は飄々と答える。


「つまりは、オレが撃たれている内に、久が隠し持っている銃でそいつを撃てばいい」

「えっ?」

「ふざけるなよ太陽」


 久が言葉を失い、一姫が口を挟む。太陽は肩を竦める。


「別に殺せと言っているわけじゃない。ただ足元に向けて撃って、怯ませればいい。久に撃たせるのが嫌なら、お前が持てよ」

「それもそうだが、そのことじゃない」


 一姫は小声だが、怒り声で言った。


「お前、自分を犠牲にしようと考えるなよ?」

「何だよ。さっきのお前と同じだよ。だけど、オレにはお前と違って、きちんと策があるさ」


 にやりと太陽は笑う。


「……信頼出来る策か?」

「失敗してもオレしか被害がない策だからな。お前が信頼する云々はいらねえよ。ま、どっちにしろ、それは脱落クラスに選ばれた時の話だし、もしもの話をするのは終わりにしようぜ」


 それにさ、と太陽は教室の端を指す。


「そろそろ参加しないと、怪しまれるぞ」

「……そうだな」

「ってか、ここがどんな風に報道されているか、オレ、ちょっと興味あったり。見てくる」


 太陽は口早にそう言うと窓際の彼らに声を掛けて、集団に溶け込んでいった。

 その背中を見ながら、そこまでずっと黙っていた未来が、ポツリと言葉を落とす。


「……久ちゃん。銃を私に渡して下さい」

「え?」


 小さく驚きの声を上げる久の横で、一姫が眉を顰める。


「五島、何を考えている?」

「太陽君は自分を犠牲にしようとしていますよね。その前に、私が銃を持っているとみんなに公言しておけば、標的は私になります」

「ちょっと待ちなさい未来。少し落ち着きなさい。そうなることを、あの馬鹿が望むと思う?」


 久が小声だが厳しい声で訊ねる。


「あの馬鹿は、そうなってほしくないから自分を犠牲にしようとしているんじゃないの? あいつのその思いを、あんたは無視するの?」

「でも」

「ストップ」


 反論で声が大きくなりつつある二人に対し、小さいながらも鋭い声で一姫が制止を掛ける。彼は、やっぱりと息を深く吐くと、


「ねえ、五島。実は、俺が君に銃を渡さなかったのは別の理由があるんだけど、判る?」

「……」


 未来は口を真一文字に結んで首を振る。

 そんな彼女に、一姫ははっきりと言う。


「君は太陽のためなら、誰であろうとためらいなく撃つからだ」

「……それのどこが悪いのですか? まさか、一姫君が犯人だということではないですよね?」


 憮然とする彼女に対し、一姫は「どうだろうね」と肩を竦める。


「ただ、犯人であろうがなかろうが……そうだな。例えば久が犯人だとして君が久を撃ったら、間違いなく流れ弾が俺に当たるだろうね」

「ん? まあ、姫君と未来の間にちょうどあたしがいるからそうなるだろうね」


 人差し指と親指を立てて、その人差し指を自分の足元に向ける久。


「ま、あたしのここを狙えば、他の人には当たらないだろうね」

「君はそのようなことを考えたかい、五島?」

「……いいえ」


 未来は小さく首を横に振った。


「そうですね。太陽君が撃たれるということになれば、周りを考えずに銃を撃つでしょうね。もしかすると、それ以上の行動をするかもしれません」

「未来……あんた……」


 久は本気で心配そうな顔をして、未来の肩を叩く。


「……本当に馬鹿ね」

「はい?」


 未来が不思議そうに首を傾げる。久は「あー」と頭をぐるぐる回して、未来の頬を掴む。


「いやさね、あの馬鹿はほっといても大丈夫だし、馬鹿だからあんたの心配を遥かに超えることをやっちゃうんだよ」

「馬鹿ではありません」


 そう言いながら、未来は頬をつねっている久の手をゆっくりと外す。久は腰に手を当てて、やれやれと首を振る。


「っていうか、そもそもさ、前から聞こうと思ってたんだけど、太陽の馬鹿なんかに、どうしてあんたみたいな可愛い子がそこまで惚れ込むのさ? あたしはあんたと太陽がいつの間に知り合ったかは知らんぞ?」


 太陽と一姫が幼馴染であるように、久も二人の幼馴染であった。しかし未来だけは、高校からの付き合いであるため、まだ一年も経っていない。しかし彼女は、久と仲良くなる前から、太陽のことを好いていた。

 そんな彼女は頬を紅潮させて、はにかみながら話す。


「えっとですね……その、入学式の時の話で……」

「ああ。ハンカチを拾ってもらったとか?」

「違うな久。こういう時の王道は、不良に絡まれていた所を助けてもらったのだろう」


「……二人とも、エスパーですか」

「「え、本当だったの?」」


 二人の声が重なる。未来は小さく頷く。


「はい。上級生の方に絡まれていた時に、助けていただいたのです。どうやらハンカチを落としていたようで、それを渡そうと声を掛けてくれたのです」

「で、ハンカチ落として恋に落ちたと」

「上手いことを言うな、久」

「もう、二人とも。いい加減にしてくだ――」


「……何やってるの?」


 そう後ろから声を掛けたのは太陽――ではなかった。


「何だ、洋か。どうした?」


 始まった直後に弱音を吐いていた少年、億里洋は、翳りのない表情で頷く。


「さっきは太陽君もいたけど、君達がずっと何か話しているようだったから気になって……あと、テレビ見ないの、と訊ねに来たんだけど」

「ほう、そうか。じゃあ一つずつ簡単に答えると、前者はこれからについて話していた。みんなには後で言うさ。後者は、新しい情報が入手出来そうもないから、俺は見る気はない。もし、新しい情報があったとしても、みんなが何かしらの反応をするから、その時に聞けばいいし」

「でも太陽君はこっちに来たよ」

「太陽は逃げたんだ。恋の話をしたら」

「え?」


 一姫のさらりとついた嘘に、洋は一瞬だけ呆けた後、じとっとした眼で三人を見る。


「……何で恋の話をしたの?」

「その場の成り行きだ。まず、ハンカチと不良に絡まれるというシチュエーションについて話がたまたまいってな、そこから太陽と五島の出会いの話が始まってな」

「あ、あの、一姫君……そ、その話は……」


「へえ……あ、そういえば、僕が君達と出会ったのも、ハンカチと不良に絡まれるという状況で言えば同じだね。一姫君」


「ん、ああ。確かにそうだったな」

「ちょ、ちょっと億里君? ど、どういうことですか?」


 未来が動揺を見せる。


「落としたハンカチを届けてくれた時に、僕がいじめられているのを見て助けてくれたんだ」

「あ、その話は聞いたことあるな。六組の安田やすだ達を病院送りにしたんだって」


「久、そうしたら俺らは停学だろう。違うさ。ただの話し合いによる解決だよ」


 そう否定しておきながら、一姫は「そういえば」とわざとらしく口にする。


「あいつら、闇討ちにあったとか言ってたな。誰にやられたんだろうな?」

「白々しいよ。まあ、あいつらの変なプライドが事実を覆い隠したんだろうけどな」

「……私は安田君達が怪我したのは、一姫君が言っていた闇討ちだと思っていました」

「うん。でも事実としては、太陽君と一姫君が完膚なきまでに叩きのめしてくれたんだけどね」

「それは洋、お前の妄想だぞ」


 一姫はしらを切り通す。洋はまったく、と微笑む。


「そういうことにしておくよ。でも、二人にはとても感謝しているよ。特に……あの後」

「あの後? 何かあったのですか?」


 未来の質問に「うん」と大きく頷く洋。


「あのね、五島さん。あんまり言いたくはないけど……僕って、お金をかなり持っているんだ」

「ええ。親が資産家だとは聞いています」

「それ以外にも自分で稼いでいるんだけど……それはどうでもいいや。とにかく、お金を持っているということで、いじめられていたんだ。……パシリや恐喝とかね」


 洋は泣きそうな顔になる。が、すぐに顔を明るくさせ、


「でも、二人はそれを解決してくれたんだ。安田達から、恐喝で奪われたお金も取り返してくれるというアフターサービスまでしてくれて……」

「それが、後の感謝ってやつか」

「ううん。それは違うよ」


 久の言葉に洋は首を振る。そして感慨深そうに眼を細める。


「助けてくれたあの後に二人は……僕に肉マンを奢ってくれたんだ」


 そこで彼は少し眼を伏せる。


「僕は今まで、人に奢ったことしかなかった。いじめられる前でも、さっき八木さんが言った字の方の驕っていたのだろうね。たかが千円くらい別にいいよ、なんて日常茶飯事だったんだ」

「うわ……それは嫌な奴だったんだな」

「だね。だから友達なんてものは表面的な作りものだったんだろうね。でも当時の僕はそれで満足……いや、そうしなくてはと思っていたんだよね。形だけでも友達が欲しかったから……」


 そんな僕に、と洋は続ける。


「二人は、奢ってくれた。初めてだったし、とても驚いた。二人も僕がお金持ちだということは知っているはずなのに、割り勘とかではなく、奢ってくれた。……何度も口にしているけど、本当に、ありえないことだったんだ」

「へえ……」


 久と未来は、それぞれの想い人に尊敬の視線を向ける。


「で、僕はたまらず聞いたんだ。『どうして僕に奢ってくれたの? 助けてくれたんだから、僕に奢らせるべき』って。そうしたら、二人はどう答えたと思う?」

「あー……じゃ俺、ちょっと行くよ」


 突然、そこで一姫が逃げるように場を去る。

 その行動の意味を瞬時に理解した女子二人は、にやにやと、好奇心あふれる笑みを浮かべて「何て言ったの?」と洋に続きを促す。洋は嬉しそうに答える。


「太陽君がキョトンとした顔でこう言ってくれたんだ。『金持ちだからって、友達に奢っちゃ駄目なのか?』って。加えて一姫君が『……まあ、お金で買えないものがあるって言うしな』と」

「へえ……」


 同じように息を吐きながら、未来はうっとりした眼を太陽に、久はにやにやと厭らしい笑みを一姫に、それぞれ向ける。


「太陽君……さすがです」

「姫君はキザだなあ。どうせそれ言った後に顔を逸らしただろ?」

「うん。太陽君がそれを思いきりからかって……」


 と、そこで言葉を切って、洋はポツリと言葉を落とす。


「……初めて、本当に友達ができたと思ったよ。その時」

「うん。いい奴だよな、あいつら」

「そうですね」


 三人は太陽と一姫の良さを再認識し、少しいい雰囲気となった。



 ――その時だった。


「こいつか!」


 太陽の怒りが籠った声が、教室に鳴り響く。三人は一瞬だけ驚きに肩を跳ね上げた後、すぐに駆け足で皆の方へと向かう。


「姫君、どうしたの?」

「ああ。テレビを見れば判るさ。……まさか有用な情報が来るとはね」


 三人は視線をテレビ画面に向ける。そこに映っていたのは――



『――私ガ首謀者。被疑者デハナク、最早犯人ト言ウノガ正シイ』



 口元が笑っているように大きく裂けた白い仮面を付け、黒いマントを羽織った者。声はスピーカーから流れてくる声と同じ。映像を見る限りでは性別や身体的特徴は何も判らなかった。


「一姫君、これは一体……」

「これは、マスコミに届いた、犯行声明、だそうだ」

「犯行声明?」

「ああ。さっきまでは三年生のどこかのクラスからの電話インタビューをしていたんだけど、局内にこのテープがあったそうで、さっきいきなり切り替わった」


『コノテープガ流サレル頃ニハ、私ハ校内ニ立テ籠ッテイルダロウ。勿論、地雷ヤ何ヤラ仕掛ケテイルノデ、君達ハ精々、校門ノ前ニ色々トイルダケダロウ』


 白い手袋で隠した拳を口元に持っていき、笑う仕草を見せる仮面の者。


『コウシテ私ガ貴方達ニテープヲ送ッタノハ理由ガアル。一ツ。校内ノ生徒ハ、条件ヲ満タセバキチント解放スル。ダカラ邪魔ヲスルナ』


 トハ言ッテモ、と肩を竦める仮面。


『当然、言ウコトハ聞カナイヨナ。ダカラ、地雷ナドヲ設置シテオイタ。死ニタカッタラ入ッテ来レバイイ。アア、一応、空カラノ対応ニモ対策シテアルカラ、君達ガ生徒ヲ助ケヨウトシテモ無駄ダカラ』


 この言葉は普通の状態で聞いたのなら、戯言だと鼻で飛ばすだろう。だが実際に爆発があった今は、笑う者も、冗談だと思う者も誰もいない。


『二ツ』


 仮面の者は拳をこちら側に向ける形で、人差し指と中指を立てる。


『コノ映像ヲ、キチント全国ノ電波デ流スコト。マア、拒否シテモイイガ、ソノ際ニハ貴局ガ次ノターゲットニナルダケダ』


 その脅しに放送局は従うしかないだろう。実際に、学校に籠るという、常識では考えられない行動を起こしている者だ。局に爆弾を仕掛けるなんてことはやりかねない。


『アア、ソウソウ』


 思い出したかのように、仮面の者は中指を折って続ける。


『今、誰モガ私ノ正体ヲ知リタイト思ッテイルダロウ。ダカラ、ヒントヲ一ツ』


 そこで仮面に右手を掛けて、


『私ハ、コノ学校ニ恨ミヲ持ツ者ダ。マア、調ベテ見レバ、分カルカモシレナイヨ』


 クックックと無機質な笑いが聞こえて、


『デハ、サヨウナラ』


 仮面の画面はそこで一瞬黒くなり、何処かのスタジオであろう画面に切り替わる。



 ――同時に教室が動く。



「久! ノートパソコンあるか!?」

「おう。鞄の中にあるぞ馬鹿太陽」

「一姫君。久ちゃんは具体的に何を検索すればいいのですか?」

「この学校の死亡者や転校していった人を探してくれ。ここ三年間のでいい」

「合点承知」


 久が腕まくりをして、取り出したノートパソコンを机に広げる。

 その横で、太陽が指示を集団に向けて続けて出す。


「みんな、さっきも言ったけど何人か睡眠を取って。だけど何人かはテレビをチェックして新たな情報があったらオレか姫に、いなくて無理なら久や五島さんでもいいから伝えてくれ」

「了解!」

「その時間と割り当ては……そうだ。武と洋。頼んだ」

「え? 僕でいいの?」

「指名されたからには頑張るしかねえよ、洋。泣くんじゃねえぞ」

「う、うん。よろしくね、万屋君」


 二人は頷くと、早速洋が鞄からノートを取り出して広げ、相談し始める。そこに何人かの生徒が傍に寄って口出しをする。

 一方、ノートパソコンのキーボードを物凄い速さで叩いている久は、一姫に問い掛ける。


「姫君。親類はどれくらいまで?」

「両親や兄弟程度でも十分だ。とりあえずは本人だけでいい」

「了解。……完了」

「早いな。よし、そのデータを、俺と太陽と、あと五島の携帯に送ってくれ」

「了解」


 その声と共に、三人は携帯電話を見る。


「あ、結構メールとか来てるな……」

「私もです。サイレントにしていましたから、気が付きませんでした」

「まあ、大方予想通りの相手だな。……あ、そうだ」


 一姫が顔を上げ、皆に向かって告げる。


「兄弟や他クラスに親同士が仲がいい生徒、例えば幼馴染とかがこの学校にいない人は、両親にだけ心配ないと連絡してもいいぞ。俺達が優位だということは親への電話から辿られることはないだろうから、別に口にしていい」

「あー、姫。多分該当する生徒は確かオレだけだと思う」


 太陽が苦笑いをする。


「そうか。太陽には姉がいたか」


 九条くじょう 風美かざみ


 血縁上もきちんとした姉だが、太陽よりも幼く見える女性である。だが、それでも妖艶な雰囲気を纏っており、かつ、弱々しい印象を与える言動なので、男性には人気がある。


「ま、姉貴は多分死なないだろうからな。むしろ、あの姉貴が殺される所が想像つかねえ」

「そうか? お前の姉は虚弱のイメージだけど?」

「何だ? 姫にも色目使ってんのか姉貴」


 太陽は手をひらひらとさせる。


「あの人はオレよりも強えよ。貧弱の方が男受けするからってあの性格だぞ。騙されるなよ。ウチのクラスの奴は」

「もう騙された!」

「おいおい。男に向けた警告だぞ、久」

「カザ姉ちゃん可愛いじゃん。いいじゃん。抱きしめたいじゃん」

「抱きしめてるじゃん。いっつも」


 ともかく、と一つ置いて太陽は言う。


「姉貴の心配はいいから、自分がやるべきことをやってくれ。オレはちょっと外行ってくる」

「姉ちゃんの所に行くのか? だったらあたしも!」

「行かねえよ。他人を見捨てろと言っているオレが真っ先に破ってどうする。ちょっとこれを探ってくるだけだ」


 太陽は自分の携帯電話を突き付ける。


「お前が折角探し当てたんだから、これに該当する生徒がいるかを確認してくる。ついでに、ちょっとした状況の把握もきちんと行ってくるつもりだ」

「そうか。じゃあ俺も――」

「姫はストップ」

「何故だ?」


 太陽の制止に、一姫が疑問の声を上げる。


「だってさ、お前。オレと一緒にいすぎ。ホモを疑われるぞ」

「今はそんなことを言っている場合じゃ……」

「それに」


 教室を見渡す太陽。


「残った方がみんな安心するって。何か不測の事態になったら、誰がこのクラスを守るんだ?」

「……」


 一姫は口を閉じて、少しの間、思考する。


「……分かった。俺は残る。該当する生徒について聞き込みしてこい。ついでに、もうちょっと情報攪乱もさせておけ」

「オッケー」


「その代わり、五島を連れて行け」


「ああ、分かっ……え?」

「俺が行かない代わりに、五島と一緒に行動してもらう。五島、いい?」

「私は大丈夫です」

「ちょっと待て姫様!」

「何だ愚民?」

「どうして五島さんを連れてかなきゃいけないんだ!」

「理由か? ここで敢えて言ってほしいなら言うぞ。さて、どうする?」

「……」


 太陽は未来をちらと見る。未来はその視線に首を傾げる。


「……っ、プリンセス……」

「いくら俺を侮辱した所で、これは決定事項。指示に従え」

「あの、一姫君、どうして私が……」

「まあいいじゃないの」


 久がノートパソコンを閉じて、未来の近くまで歩んで耳元で囁く。


「……この状況下での、姫君からのささやかなプレゼントだよ」

「そういう場合ではないでしょう」


 未来は眉を寄せる。久は「まあまあ」と笑って肩を叩く。


「こういう場合だからこそ、って未来、言ってたじゃない。リラックスリラックス」

「……さっきの私と太陽君の話を聞いていたのですか?」

「んー? 何のことかなあ?」

「お返しってことですか。……後で覚えておいてくださいね、久ちゃん」

「鳥頭のあたしが覚えていたらな」


 久はひらひらと手を振りながら先程の席に戻る。それを見計らって、一姫は太陽に訊ねる。


「どうだ。あっちは話がまとまったようだぞ。さあ、さっさと行け」

「ぐぬぬ……」


 太陽は力の限り一姫を睨みつけ、


「ああ分かったよ! 行こう、五島さん」

「あ、はい」


「おう。頑張れよ」

「色んな意味でな」


 そう言って手を振る一姫と久。それを受けながら、


「ちくしょう! 覚えてろよ、この夫婦!」

「ええ。結婚してしまえばいいのです!」


「残った奴で祝ってやれ!」

「徹底的にお願いします!」


「おめでとうございます」

「おめでとうございます」


 二人はそう嫌味を残して、乱暴に教室の扉を閉めた。

 しん、と静まる教室。


「……あっちの方が夫婦に見えるよ」


 洋がぽつりとそう漏らした言葉に、全員が首を縦に動かした。

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