[揺 籃 篇]

序 章 Wandering Warriors 傭兵狩り

序 章 1 食いっぱぐれの傭兵たち

「いったいどうなってるんだ? どこの宿屋もおれたちを泊めてくれねえ。それどころか、村に入ることすら許されねえっていうのはよ」


 やぶの中のけもの道をたどりながら、薄汚れたいくさ装束の男が愚痴った。

 飾りのツノが片方取れた面頰を、投げやりに斜めにずり上げている。


 日没後に村の門を叩いたところ、のぞき窓からギョロリとにらみつけられ、旅の傭兵だとわかると、「宿はねえ」と短い答えがあったきり、押しても引いても門は開かなかった。

 街道ぞいの旅籠でも同じで、鼻先で扉をバタンと閉じられてしまった。


「それだけならまだましだぜ。軍の斥侯が馬であちこちうろついてて、街道をふつうに通行することさえままならねえし、へたな場所で野宿もできねえ。おかげで、こんな夜中に道なき道を峠越えするはめになっちまった。おまけに雨も降ってきてる。おれたちは、天にまで見放されたんだ」

 すぐ横を歩く別の男が、杖がわりにした槍を腹立ちまぎれに地面に突き立て、雷光に照らされた黒い雨雲をうらめしそうに見上げた。


 おせじにも隊列を組んでいるとはいいがたい、まちまちな軍装の男たちが、彼らの後にさらにぞろぞろとつづいている。

 だれもが疲れきった重い足取りだった。


「隊長」

 列の中ほどで、年かさの男が、肩幅の広いがっしりした体格の男に呼びかけた。

「なんだ」

「だいぶ上まで登ってきた。この先でたぶん木立が切れるはずだ。雨風をしのげる場所はなくなるぞ」

「そうだな。こんなところまで文句を言いにくるやつはいまい。よし、そろそろ適当な岩陰か葉の繁った大木でも見つけて、野宿することにするか」

 隊長と呼ばれた男がため息まじりに言うと、他の者より先にすこしでもいい場所を確保しようと、機械的に運ばれているだけだった男たちの足取りが急にあわただしくなった。


 彼らは傭兵の一群だった。

 隊長という呼び方は、集まった傭兵の中では多少責任感があってまとめ役にふさわしいだろうという理由で、いつのまにかそういう立場に祭り上げられただけのことだった。


 仲間同士というわけでもない証拠に、待ちに待った休憩だというのに、なごやかな雰囲気が生まれそうな気配はまったくなかった。

 黙りこくっててんでんばらばらに場所を取り、すぐに寝入る者もいれば酒や糧食を取り出す者もいる。

 分け合う様子は皆無で、だれかに奪われるのを恐れるように眼をギョロつかせながら急いで呑みこんでしまう。

「火を焚いてもいいよな」と隊長に怒鳴るのはまだましなほうで、勝手にどこかに獲物を狩りに行ったらしい者さえいた。


 雑多な傭兵が意味もなく群れるということはない。

 剛力の戦士、すばしっこい見張り役、弓や飛び道具に心得のある者など、それぞれの役割を分担する者が集まって数人で徒党を組んで行動することはある。

 単独で戦うより戦果を上げられるし、助け合ったほうがいくらかでも安全だからだ。


 しかし、雨の中の一群にはそんなまとまりは感じられず、だいいち決まった目的地もないようだった。

 このあたりは傭兵には居づらそうだということで、とりあえず隣国へ山越えしてしまおうという腹づもりらしい。


 男たちは傭兵という共通点があるだけで、しばらく前までは顔も知らない同士がほとんどだった。

 同類がいつのまにか身を寄せ合うように、自然に集まってきたのである。

 それにはやむにやまれぬ事情があった。


「なんでおれたちが目のかたきにされるんだ?」

 生意気そうな若者が、隊長にその責任があるかのような憤然とした口調でたずねた。


「傭兵狩りがはじまったんだ」

 隊長がぽつりとつぶやいた。

「傭兵狩り?……そいつは何だ。盗賊狩りっていうのならまだわかるけどよ、おれたちはただの傭兵だぜ。なんも悪いことはしちゃいねえ。どうしてけものみたいに狩りたてられなきゃならねえんだよ」

「じゃあ、おまえが夜盗じゃねえっていう証拠はどこにある? ぶかぶかの甲冑を着こんで、いやにご立派な剣を腰に差してるが、そいつはどうやって手に入れた」

 隊長と並んだ年かさの男が、ニヤニヤしながら問い返した。

「や、やましいことはしちゃいねえぞ。甲冑や剣は、戦いで倒した相手から奪ったんだ。戦利品は兵士の正当な権利のはずだぜ」

 むきになって抗弁する若者に、隊長はなだめるように言った。

「おまえがそいつをちゃんと倒したかどうかは怪しいもんだがな……だが、おれが言うのは、これからも傭兵でいられるかどうかってことよ」

「これからだって、もちろん傭兵をやってくさ。夜盗なんかになる気はねえ」

「その心意気は買うがな。いくさがなくなっちまえば傭兵は無用になる」

「やっぱり、もう……戦争は起こらないのか?」

「さあな」

 隊長にもさすがにそこまでの見通しは立っていないらしく、横の年かさの男のほうに顔を向けた。


 年かさの男が代わりに言った。

「国々の領土や都市の境界は以前のまんまのところも多いが、今やその支配者がみんなスピリチュアルに置き換えられちまった。国によってそれぞれ事情はちがっても、スピリチュアル同士がすぐにまた戦争をおっ始めるとは思えねえだろ」

 隊長はうなずいた。

「わかったか。傭兵なんてものは、半年も雇い主にめぐまれなきゃ、すぐに干上がっちまうもんだ。剣を手放せないなら、盗賊になるのがいちばん手っ取り早いってことになる。そんな物騒な連中を世間が野放しにしておくはずがなかろう」


 年かさの男がさらにつけ加える。

「おまえみたいな若造には何のことかわかるまいが、新しい支配者になったスピリチュアルどもは、どこも自分の国の経済の安定と軍の整備に躍起になってる。軍隊には〝徴兵〟とかいう制度をもうけて、一般のフィジカルを民兵という形で徴用する方針らしい。つまり、自分の家族や財産は自分の手で守れというのが、やつらの建前だ。そうなれば、金はせいぜい飯代か足代くらいしか出ねえだろう。いくさで金儲けをしようなんて者の出番はもうねえのさ」


「ほんとかよ……おれは農家の三男坊だ。故郷に帰ったって家には分けてもらえる土地も居場所もねえ。若いうちは傭兵でそこそこ貯めこんで、そのうちどっかの都市にでも職を見つけて住みつけたらって思ってたんだ。それなのに……」

 若者はへたへたと泥の上にすわりこんだ。


 そのとき、林の奥のほうでバサッと大きな音がした。


「うわあっ」

「助けてくれーっ」

 仲間の叫び声に男たちはビクンと敏感に反応し、いっせいに立ち上がった。


 駆けつけてみると、鹿用のワナに足をとられて宙づりになってもがいている。

 松明代わりにかかげたそだの火に浮かび上がったのは、先頭を歩いていた荒くれ者の二人組だった。

 ウサギでもつかまえるつもりだったにちがいない。


「反対にワナにかかったんじゃ世話ねえや」

 追っ手が現れたのでないとわかって、弛緩した馬鹿笑いがドッとわき起こった。

「うるせえ。さっさと降ろせ!」

「わかった、わかった。これは一食分の貸しだからな。後でちゃんと返してもらうぞ」

 笑いながら数人が近づいていった。


「待て。そいつらに手を触れるな!」

 後方から、太い声で怒鳴った者がいた。


 だが、その警告は手遅れだった。

 ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン――

 四方から短く風を切る音がたてつづけに聞こえたと思うと、宙づりの二人を引きずり降ろそうとしていた者たちにむかって何かが飛来した。


「うぎゃっ」

「グワッ」

 鋭く尖らせた細い棒が背中に何本も突き立ち、ワナに手をかけていた四、五人の男たちがばたばたと倒れていった。


「近づくな。これはただのワナじゃねえぞ!」

 隊長が両腕を上げ、後ろの者たちを制した。


 カラン、カラン、カラカラカラカラ……

 いきなり、木片か何かがせわしなく打ち合う高い音が林の中に響きわたった。


 ほかの傭兵たちにも、ようやく事態がのみこめた。

 鹿用のワナにかかったのが獣であれ人間であれ、それを降ろそうとしてうっかり引っぱる者がいると、こんどは二番めのワナが作動し、矢を撃ち出して殺傷する仕組みになっていたのだ。

 しかも、あたり一帯に響きわたるようなやかましい鳴子まで連動したとなると、これは単に密猟を警戒するためのものではありえない。


 周囲を見まわすと、林のあちこちで鬼火のような不気味な青白い火がつぎつぎともりはじめている。


「な、何なんだ? いったい何が起きてんだよ、こりゃあよお……!」

 つぶやいた若者の声が震えている。


 だれもが呆然としてその場に立ちすくんだ。

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