第19話

俺は泣いた。

桜の前で何度も泣いた。

男らしくないけれど。

通行人に見られようが、高校の友達に見られようが、声を出して泣いた。

ただ・・・・咲いてくれと願って。


俺はバカだったんだと思う。

普通に考えればこんな桜、すぐに撤去されて別の桜が植えられる。

わかっていたことなのに。

当たりまえのことなのに。

彼女が好きだった桜が切られるなんて嫌だった。

「やめてください!」

叫んだのは何年ぶりだろうか。

桜の木の前で庇うように両手を広げ目の前の人達を見た。

ツナギを着て機械を持っている。

「やめてください!」

やめてほしい理由なんて言わなかった

ただ目を閉じて自分からこの桜の木を切る機械を見えなくして、涙をボロボロ流しながら、「やめてください!」そう叫んだ。

高校男児が1本の燃えて黒くなってしまった桜の木の前で涙を流しながら手を広げている。

一見情けないそんな姿を、たくさんの野次馬に見られた。

からかわれるかもしれない。

変な目で見られるかもしれない。

それでも「やめてください!」声を止めなかった。

「大切な木なんです! 切らないでください!」

野次馬がザワザワとし始める。

そして予想外のことが起きた。

「大切な木なの!」

「切らないであげて!」

「友達の大切なもん切らせるかよ!」

「切らないで!」

「その子の桜の木を切らないであげて!」

「泣いて訴えてんじゃんか!」

「切るって言うなら俺たちを切ってからにしろ!」

「桜を切るな!」

「木を切るな!」

「切らないで!」


堅く瞑っていた目を開く。

そこには自分と同じように手を広げ「切るな」と訴える友達とこの辺の地域の人達がいた。

「っ! ?・・・・」

毎日この桜を見ていた俺を見ていた人。

朝ギリギリ、放課後はずっと桜の近くにいたのを知っている友達。

俺の前に約三十人の人が手を広げ、周りでは数え切れないほどの野次馬が声をとばす。

ツナギを着た人達はこの数には勝てないとイソイソと車に乗り込み去っていった。

車が去るのを見て野次馬は散り、俺の前で手を広げてくれた人達は俺の方や頭を軽く叩き「よく頑張ったな」と声をかけてくれた。

地域の人はすぐにいなくなり残ったのはまだ手を下ろさない俺と、いつの間にか集まった友達だけだった。

友達に「もう大丈夫だ」と腕を掴まれゆっくり下ろした。

だが頬を伝う涙は流れを止めない。

誰一人声をかけなかった。

その優しさが嬉しくてさらに涙を流した。

友達は俺が泣き止むまでそばにいた。

友達全員がクラスのみんなの呼びかけと署名を手伝ってくれた。

地域の人たちの協力もあり、あの桜の木は切らないでくれることになった。

そんな騒ぎから一年、高校を卒業した。

桜が咲く季節になった。


卒業式の日

俺は信じられないものを見て目を疑った。

「枝が・・・・!」

根元から細い桜の枝が顔を出していた。

一年後にはちっぽけであるが蕾がつきそうだ。

地域の人も友達も喜んだ。

そして大きくなることをみんなで願った。


夏・・・・俺は枝に声をかけた。

大きくなって満開になれと。

秋になれば落ち葉で埋もれないようにしてやった。

冬には雪に埋もれないようにと毎日頑張れ、枯れるなと言った。

冬が終わる二月。

蕾がついた。

まだ堅い蕾に喜びカメラで写真を撮った。

早く咲かないか。

早く色づかないか。

毎日が楽しくなった。


そして迎えた春。

朝の五時あたりからずっと桜のそばに座っていた。

蕾は柔らかくなり先が薄いピンクに色づいている。

太陽が昇り枝に光が射す。

蕾はゆっくり開いた

「桜・・・・咲いた」



「こんにちは、桜・・・・綺麗ですね」


顔を上げたかった。

でもまだ顔を上げなかった。

「桜・・・・綺麗に咲いたよ?」

「えぇ・・・・」

声をかければ帰ってくる。

懐かしいその声。

彼女がそこにいる。

「名前・・・・教えてなかったね」

「俺も・・・・教えていませんでした」

しゃがんでいた俺はゆっくりと立ち上がる。

うつむいたまま俺から先に言うよと言って一呼吸おいた。

「俺の名前は”春道”・・・・この桜通りを由来にされた名前なんだ」

ゆっくり目を開き、顔を上げ、彼女を見た。

彼女は後ろが見えるほど体が透けていた

「私の名前は”桜”・・・・この木よ」

黒なった木を撫でた。

そして彼女は教えてくれた。

「この桜が咲くと力が出て外に出られるの・・・・」

「春道くんのおかげで最後に外に出れたわ・・・・ありがとう」

俺は薄れていた彼女を無言で抱きしめる。

離さないようにギュッと力を入れる。

彼女の肩に顔を埋め・・・・彼女にバレないように涙を流した。

「桜さん・・・・」

「はい」

「桜・・さん」

「はい」

「・・ら・・さん・・」

「はい」

気付いてないふりをして彼女は俺の背中をあやすようにポン・・ポン・・とリズムよく叩いてくれた。

「ありがとう・・・・桜・・さん」

「ありがとう・・・・春道くん」

腕にあった温もりは消え。

背中を叩いていた手も消えた。

フワリ・・・・と。

桜が消えた・・・・。


数年後。

俺は就職し結婚して子供ができた。

あの黒くなった桜の木は、友達の手を借りながら俺自ら切った。

もちろんあの枝はちゃんと残してある。

あの枝は大きくなり、切り株からも新しい枝が伸び始めていた。


子供の入学式の日

「こらー蕾! 走ったら危ないぞ!」

桜通りを走る俺の娘の蕾。

「大丈夫だよ! お父さん!」

あの性格は誰に似たのか・・・・

「全く・・・・」

「・・・・クス」

俺の横で笑う俺の妻。

「春道くん、蕾なら大丈夫だよ」

「あの性格は絶対君に似たんだろうな・・・・」

「あら? 私あんなに無邪気だったかしら?」

「・・・・」

俺の妻はニッコリ微笑んだ

「お父さん! お母さん! こっち来て!」

蕾が呼ぶ先にはあの木があった

「・・・・綺麗ですね」

「・・・・あぁ」

「きれい! きれい!」

三人の目の前には少し黒い切り株がある。

その切り株の一本の枝には沢山の桜の花が咲いていた。

ユラユラ風に揺れていて落っこちそうだった。

見とれていたのも、つかの間。

「あ・・・・時間」

腕時計を確認するとすぐさま顔を見合わせた俺たち三人は入学式に急いだ。

「ほらいくぞ」

「待ってよ~お父さん!」

「ったく、ほら!」

俺はすぐ隣にいた蕾の手を握った。

「あなた〜先に行かないで〜」

「お母さん早く!」

「手出せ!」

「はい!」

彼女も手を伸ばした

俺は手を伸ばして彼女の名前を呼んだ・・・・



「桜さん!」



「はい!」

妻の桜さんと

娘の蕾の手を取り

吹き荒れる桜吹雪の中

桜の木々がザワザワと「いってらっしゃい」と言ってるようだった。

振り返ることもなく三人で桜通りを勢いよく駆けて行った。


おわり。


《異世界からの救いの手》

 

 「めっちゃいいお話じゃん! 私もそういうの書けたらなぁ~」

 トモは目をキラキラさせながらもう一度読み直そうとする。

 「ハルくんはどう思った?」

 「とても面白かったよ! 一年のうちの春にしか会えない桜さんに恋する春道くん。一度は死んでしまった桜を桜さんと会うために街の人の心を動かして守り、最終的には少しだけ復活し、会えた。とても心温まる物語で涙が止まらないよ」

ちーちゃんは二人に絶賛してもらえたのが嬉しかったのか、恥ずかしくなりちゃぶ台の下に隠れてしまった。

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