第28話 飯川宗春

宴が始まる一カ月程前、飯川光誠は計画の全てを畠山義綱に話した。

義綱は最初震えてはいたが、ついに決心し


「光誠たのむ」


といい早速家臣を通じて“連歌の宴”における席を決めさせた。

あとは伸るか反るかの大勝負である。


宴は「川吹屋形」の大広間にて行われた。この大広間は外が開けており、庭の様子が見れるようになっている、少し遠くに目を移すとそこには堅い門と分厚い塀があった。警備の兵は内側に3人だけ配置され残りは外側を警備した。そしてその更に外側の待機所と言われるところに長家の兵も駐留していた。


飯川宗春はこの手の歌会に出なくなって久しい。

かつては七尾で開かれる歌会には必ず参加し、多くの歌人を唸らせたものだが、歳のせいで最近はとんと歌会に行っていなかった。


 「これは宗春殿ではないか?」


 温井紹春が声をかける


 「おおこれは総貞殿久しいですな」


 「今は名を改めましてな、紹春と名乗っておりまする、貴殿と同じで坊主にござるよ、わっはっはっはっは」


 「これはこれは」


紹春と喋る様子をみて周りが次々とこれに気づく


 「おお、あれは宗春殿ではござらんか?」

 「飯川歌人がまたあらわれおった、これは良き日じゃ」


 歌会に列席していたのは皆宗春の顔なじみと呼べる人々が多かった、歌を通じ知り合い、歌を通じ信頼を深めてきたのだ。


(ワシはこの人々を裏切る事になる)


しかし、歌人とはいえ飯川家は武門の家、飯川家はどこまで温井派の仮面を被っていられるか分からず、手をこまねくことは破滅を呼ぶのに等しかった。


(これも乱世のならい、ゆるせ総貞殿)


しかし、ここで計算外の事態が生ずる。

飯川宗春が持参した毒はお茶などに混ぜ飲ませることで効果を発揮する毒だった。

この毒を使うにあたり宗春は光誠からくどいほどレクチャーをうけた・・・のだが。

そのお茶を温井紹春がいっこうに飲まないどころか配られた湯呑すら拒否するのであった、不思議に思い「どうかしたのか?」と聞くと


「う~む~どうも胸のあたりが、なにやら思わしゅうないみたいでの」といい

横につれている小姓に何やら背中をよくさすらせているのである。


「ならば茶を飲んだ方がかえってよくなるのではないか?」

としきりにアピールするも


「いやいや、これが一番じゃ」


と紹春はいい一向に茶を飲まないのである。最早歌どころではない。

どうしたものかと途方にくれていると


不意に紹春が「茶をもってまいれ」と言いだした。

驚いている宗春に紹春が口を開く


「やはり飲まねば喉が渇くでの」


とにかく宗春にとって千載一遇の機会がやってきた、配られた湯呑に茶が入っており幸運にもその湯呑は紹春の右前のあたりに置かれた、右隣に座る宗春にとってまさしく天がほほ笑んだ瞬間であった。そして紹春が左隣の歌人と喋っている刹那、老人とは思えぬ素早さで湯呑に毒を入れたのだった。


(良し!良し!)


 そして紹春がその湯呑を手にした


(飲め!飲め!)



「うむ~やはりまだ良うない感じがするのう、その方、飲め」



飯川宗春はこの時、一瞬言葉の意味が理解できなかった。

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