第22話 軍才

この戦を始めるにあたり、まず温井紹春がしたことは畠山義綱をたて、この戦を【正統な守護、畠山義綱】と【逆心に及んだ奸臣遊佐続光】という政治的な形にしたことだ。こうすることにより遊佐に味方しようとする武士団にプレッシャーを与えたのだ。そして畠山を上に頂いた戦という事は必然的に温井派だけで戦うわけではなく、畠山氏の戦として能登中の武士の兵権をもつことを意味する。


集まった数およそ6000人。この数は能登国における最大動員と考えてよいだろう。



遊佐続光の動向を見ていく。


遊佐軍はまず加賀より現在の羽咋あたりに進軍し、その海辺で畠山将監率いる別働隊800人と戦う。これを続光は撃破し、現在の羽咋市、志賀町あたりを通り七尾西湾付近の田鶴浜というところに布陣した。

ここより東に行けば七尾東湾に入る。七尾東湾より南下すればそこには七尾城がある。

進軍ルートを見ると続光が山道を避けたのが分かる。恐らく大軍が通れる道を選んでの進軍になるからだろう、この時代の軍の兵糧は現地調達であることが多い、つまり街がある場所を選びながら進軍したというのが正しいだろう。



その後、続光が布陣した田鶴浜では議論が紛糾していた。

それはいったいどのルートを通り進軍して行けばいいのかという話である。


一つ目は七尾東湾に入りその後南下し七尾城を攻めるルート


二つ目はそのまま南下し大槻に入りその後、山沿いに東へ行き七尾城を攻めるルート


続光はこの議論に加わっていない、皆と少し考えが違うのである。


(七尾城・・・か・・・)


前回、七尾城を早めに包囲したばっかりに長続連率いる部隊に散々に蹴散らされる事になった、続光の思考ではあれ以上の痛手はないと考えている。つまり別働隊に背後をつかれる事だけは避けたいのだ、ゆえに相手が一か所に集まってから叩こうと思っていた。


だが議論を紛糾させている人々はいち早く七尾城につきたい様子。




(今、七尾に入って行ったら逆に包囲されて終わる)



逆に続光が敏感になっていたのは兵糧の確保だ。田鶴浜には5000人をまかなえるだけの十分な兵糧が存在する・・・が、ここ以外のあてとなるともうそれは七尾くらいしかなく、七尾に布陣してしまえば城から出てくる軍と背後をつく軍から挟み撃ちになるのは間違いなかった。



(相手の全ての軍の動向が見えるまでワシは動かんぞ!)



こうして、遊佐軍は一週間ほど相手の動向を探るために田鶴浜での布陣を続けることになった、これこそが遊佐続光最大の失敗となる。




=戦力の逐次投入は愚策=



別に軍人ではなかったとしても、この言葉を知っている人は多いと思う。

この意味するところは何か、つまるところ数の論理の話である


100人の軍隊Aと200人の軍隊Bが居たとする。軍隊Bは軍隊Aと戦うにあたり50人の部隊を4回に分け攻めたとする。軍隊Aは最初から100人で戦う。そうするとずっと100人対50人の戦いが4回続くことになり、軍隊Bはずっと不利な戦いを強いられる事になる。



つまりもしも200人の兵力が存在したなら200人を一気に使った方が良い、小分けにして使っても損害が増えるだけだ。という話だ。



冒頭で畠山家の集めた軍隊は6000人と言ったが、別にすぐに集まってきたわけではない、能登と言っても広大だし戦仕度もある、簡単に6000人が集まったわけではない、現に畠山将監は七尾城に集結する前にやられてしまっている。畠山軍の主な将軍の持つ領地は地域においてバラバラに分かれており、温井家は輪島、長家は穴水と遊佐軍が能登に侵入した時点で各地にバラバラに散って軍を編成したものと考えられる。遊佐軍はそこを各個撃破していけばいいだけであったのだ。



しかし、続光は前回の失敗を過剰に気にし「背後をとられるまい」として慎重に行動してしまった。結果、畠山軍に集結の機会を与えたのであった。畠山将監がすでに敗れ去ったこともあり数の上では同数であったが、遊佐軍が最大の勝機を逃した事に代わりはなかった




おかげで続光は5000人対5000人の正面対決をするハメになるのである。

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