村の惨劇

時は十四年前、西暦にして二〇〇〇年の大晦日。二十世紀から二十一世紀に変わろうとゆうその日に事件は起こった。

もう少しで年が明ける。そんなことを誰もがしみじみと感じ始める午後十時。そんなしみじみとした気分を打ち崩すような電話が村から最も近くの警察署へと鳴り響いた。手に取った警官が聞いたのはたった一言。

「たすけて」

ただその一言だけを残して電話は切れた。

イタズラかもしれない、そう疑った警官だったがその声に妙な生々しさを覚え、その履歴から発信元を割り出た。それは不老の民と呼ばれる人々が住む村からのものだった。警官はさらに疑念を抱く。なぜならその不老の民と呼ばれる人々は仲間意識が強く、独自ともとれる文化、世界を形成していた。その為、彼ら以外の人間、とりわけ警察に頼ることなどほとんどなかったからだ。

そんな彼らからの「たすけて」の電話。警官は車を使い、急ぎ数十キロ離れた村へと向かった。

そして村に辿り着いた彼の目に入ってきたのは……


無惨な村の姿だった。


無数に地面に横たわる人々。彼らは皆、一応に血だらけで、息をしていなかった。外だけじゃない。家の中にいる人も一応に血だらけで倒れ、息をしていなかった。電話の発信元と思われる家に行ってもそれは同じだった。だがそんな家の中で声がする。警官が声がする方へ向かうとそこには壁に横たわりながら絶命している女性。そしてその女性に抱えられるようにして泣いている小さな女の子だった。



「結局生きていたのはその女の子だけ。その後の調査でその子以外の全ての村民の死亡が確認されたわ」

「みんな……」

隣のおじさんも、学校の先生もみんな……

「検死の結果、死因は脳挫傷や失血死など様々だったけど、一応に共通していることがあった。それは、彼らが皆、外的要因によって死亡していたということ」

「外的要因って……それって!」

「ええ、そうよ。彼らは全員何者かによって殺された」

「っ!?」

俺は机をバンッと大きく叩いて立ち上がり、先生を見る。

恐らく物凄い剣幕をしていたことだろう。自分の顔は見えないけどそれだけはわかる。それほどに俺の感情は憤っていた。

「落ち着いて、さっきそう言ったはずよ」

「そんなこと、出来るわけ……っ!?」

悲しみでも怒りでもない、ただしっかりと意思を持った目で見つめている先生を見て、俺は唇を強く噛みしめながら腰を下ろした。

「ありがとう。わかってくれて」

先生のその言葉に俺はただ頷くことで答えた。胸の中に強い怒りを抱えながら。

「……それで、犯人は?」

「残念だけど、未だに犯人は捕まっていないわ。それどころか手掛かりすら掴めていない、そんな話もあるそうよ」

「そんな……」

村の皆が殺されて、しかも犯人がまだ捕まっていないなんて、そんなこと……

「っ!  さっき女の子を抱えるようにして死んでいた人がいたって言ってましたけど、それって……」

「ええ、そうよ。その女性こそこの子の母親、雪菜さん。そして抱えられていた唯一の生き残りの女の子こそそこにいる雪歩なの」

「っ!?」

やっぱり……村の皆が殺されたって聞いた時から自覚はしていた。でもそうであって欲しくない。せめて雪菜だけは生きていてほしい。そう心のどこかで思っていた。だがその思いは無惨にも打ち砕かれた。最悪の結果で。

「……ショックなのはわかるわ。でもあなたは知っておかなければいけない。いえ、知っておくべきだからこそ話したの。不老の民の生き残りであるあなただからこそ」

「……生き残り、か」

そうか、もうそう言わなくちゃならないくらい数になってしまったんだな。

「もう二人しかいなくなっちまったんだもんな」

そう言って俺は雪歩、雪菜の娘の姿を見る。やはり見れば見るほど雪菜にそっくりだ。

「あ、あの……気を落とさないで下さい」

彼女はそんな俺を見て優しく慰めようとしてくれる。彼女自身だって辛い思いをしたのに……

「ありがとう。もう、大丈夫だから」

俺は拳をギュッと握り、自分の中にある憤りを胸の奥へとしまい込む。

「それよりも。本当に君は雪菜の子どもなんだな」

「そうですよ。というかまだ信じてなかったんですか?」

「いや、そういうわけじゃないけど……」

最初から聞かれてされていたことではあるけれどもどうしても信じ切ることが出来なかった。だが今の先生の話を聞いてしまっては信じるしかない。仮にも医師が嘘をつくとは思えないし。それに証拠というには十分過ぎるものが最初からあるんだから。雪菜そっくりな彼女の容姿という証拠が。

「とにかく、もう信じるよ。疑って悪かった」

俺はそう言って彼女に頭を下げる。

「え?  いや、別にそこまで……謝ってほしいわけじゃないですし」

謝る俺の姿を見て、慌ててる彼女。そんな慌てている姿もどこか雪菜に似ていて、少し懐かしさを覚える。

「はいはい。そういう初々しいカップルみたいなやり取りはよそでやってくれない?」

「カップル……って、先生!  変なこと言わないでください!」

「あははっ、ごめんごめん。さてと、じゃあ話すことも話したし、これからのことを話しましょうか」

「これからの、こと?」

「そうよ。今の君は身寄りのない状態。そんな君がこれからどうやって生活していくかについて」

「あっ……」

そうか。今の俺には寝泊まりする場所すらないんだ。

「ちなみにだけど、君に親戚は?」

「いることにはいますけど、村の外となるとかなりの遠縁で、会ったこともないです」

なんせ大体の親戚は村の中にいたからな。ウチの村の住民はよっぽど村のことが好きなのか、都会に出ていこうとする人はほとんどいなかったし、結婚も村の近所で済ませる人がほとんどだった。今になって考えるとほんと、なんで皆村にいたがってたのか……

「そう。困ったわね。ウチに泊めてあげたいのは山々なのだけど、なにせこの狭い診療所だから布団は一式しかないし、ベッドもあるけど急患が来た時用に空けておかないといけないのよね」

「そうですか」

悩ましげな顔で唸る先生を見て、俺も渋い顔をする。うーん、マズいな。このままじゃ十五にして路頭に迷うことになってしまう。

「もし良かったら、ウチに来ます?」

と、俺たちが悩んでいるとそれを見ていた彼女から救いの言葉が。

「君の家って、大丈夫なのか?」

「はい。理由を説明さえすれば春香さんもわかってもらえると思います。それに、今の彼はわたしたちと同じようなものですから」

そう言って彼女は笑う。でも俺はそんな彼女の顔が一瞬複雑な表情をしているように見えた。期待と不安が入り交じった、そんな顔を。

「……わかったわ。彼女には私からも連絡を入れておくわ」

「ありがとうございます」

先生の言葉を聞いて彼女は笑顔のまま大きく頭を下げる。

「じゃあ行きましようか。外が暗くなってからじゃ危ないですし」

「お、おう」

そう言う彼女に促されるような形で立ち上がる。

「あっ、そうだ。また近いうちに検査させてもらえない?  出来ればもっと詳しく」

「え?  別にいいですけど」

俺はコクっと頷く。

「ありがとう。じゃあ日程などは追って連絡するわ」

そんな先生の言葉を聞いてから俺たちは診療所を後にした。

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