Dolls & Demons
氷ロ雪
人形
その街には腕のいい人形職人のおじいさんがいました。
おじいさんのつくる様々な人形達は評判でわざわざ遠くの街から買いにくる人も少なくはありません。
今日もおじいさんは人形をつくります。
人形を造る事はおじいさんの仕事でもありましたが、何よりおじいさんは孫娘が喜ぶ顔がみたいと思う一心で作っていました。
明日は丁度その孫娘が家族と共に隣の町から遊びにくる日です。それに合わせておじいさんは孫の為、1体の人形を仕上げます。その小さな人形は白い羽が背中についた天使のお人形です。おじいさんは娘の喜ぶ顔が見たくて仕方ありません。丁寧にプレゼント用の箱に包みと、大きなリボンをかけて準備をします。
おじいさんは仕事でどんなに疲れていても孫の顔さえ見られれば元気がでてきます。わくわくしながらその日は眠りにつきました。
けれども翌日になってもその孫はおじいさんの元を訪れませんでした。
おじいさんは少し心配になりましたが、きっと忙しくてこちらに来れなかったのだろうと思い、特に気にせず再び仕事に取りかかる事にしました。
その日は人形の材料を街に買い出しに行った後、貴族の女の子から頼まれていたお姫様の人形を造って1日を過ごしました。
その人形が完成する頃、1通の手紙がおじいさんのもとに届きます。おじいさんはまた仕事の依頼だろうと何気ない気持ちで確認すると、それは家族からおじいさんに宛てられた手紙でした。
そこには孫が流行病で亡くなった事が書かれていました。
おじいさんはショックのあまり、手紙の内容をろくに確認もしないまま投げだすと居ても立ってもいられず、孫が住む街へと慌てて出かけます。
数日かけておじいさんは孫の家にたどり着きます。
そこには悲しみに明け暮れる家族の姿がありました。
主の居なくなった孫の部屋を覗くと、おじいさんからプレゼントされた人形達が丁寧に飾られていました。家族の話では女の子はおじいさんからの人形を一番の宝物にしていて、よく友達にも自慢していたそうです。ベッドの上で最後を迎えた時も小さな人形をその腕に抱えていたそうです。家族からおじいさんにそのお人形を渡されます。
そのボロボロになった人形は、おじいさんが人形職人になる前に初めて作った不細工で粗末な人形でした。
おじいさんは不思議に思いました。
この人形の事は確かに孫に話しましたがプレゼントした記憶はありませんでした。
未熟な腕で造られたこの人形は売る事も出来ないので、捨てる為に家の軒先にゴミと一緒に置いていたものでした。
言われてみれば確かに置いていた場所から無くなっていましたが、捨てるものだったので気にもとめていませんでした。
家族に詳しくこの人形の事を聞くと、家の外に捨てられていた粗末な人形をこっそり女の子が持ち帰ったそうです。おじいさんにはこの不格好な人形をどうして孫が持ち帰ったのかは解りませんでした。
帰り道、悲しみに暮れるおじいさんの足は自然と女の子が眠る墓地へと向かいます。
そして孫の名前が刻まれたお墓を見つけるとおじいさんの目から涙が溢れてきます。もう彼女の喜ぶ顔が見れないのだとそこで初めて解ったからです。
おじいさんは悲しみのあまりその場所を動くことが出来ません。
悲しみに暮れるおじいさんが孫の墓標の前で3回目の夜を迎えた頃、家族から手渡されたあの不格好な人形から声がしました。
おじいさんはその場所に3日間も動かずに居たので意識が朦朧としている性だと思いました。
話を聞かないおじいさんに腹を立てたのか、ポケットの中に収められていた人形はもぞもぞと動き出すと、目の前まで出てきました。おじいさんは目を擦りながら驚いた表情でその人形を見つめます。
人形はおじいさんに語りかけます。
「こんにちは、おじいさん。
ボクはこの街に住む悪魔カロン」
粗末で不格好な人形にどうやら悪魔がとりついたようでした。
もうここで死んでしまおうと内心思っていたおじいさんは、自分の命を差し出す代りに、その人形からは出ていってくれと頼みます。粗末な人形は腕組みをしながらしばらく考え事をすると、ひとつの提案をもちかけます。
「その子に会いたいなら会わせてあげるよ」
その悪魔はなんと孫を生き返らせる事を提案してきたのです。その悪魔が言うには、死者を蘇らせるには3つの条件が必要なようです。
1つめは、肉体があること。
生き返っても目に見えなければ意味が無いからです。
2つめは、魂があること。
肉体だけが蘇っても、魂が無ければ動くことは出来ません。
3つめは、記憶があることです。
例え肉体と魂が蘇ったとしても、肝心のおじいさんの事を覚えていなければ意味が無いからです。また、記憶は理性を司り、それは人が人として生きる上で最も大切なものでもあります。記憶と理性無くして蘇ったとしてもそれはただの生ける屍、最悪化物と呼ばれる存在に成り下がるでしょう。
悪魔は自らの立っている墓標の下を向くと、悪気も無くおじいさんに墓を掘り返すように指示します。
そんな事、とてもじゃないが出来ないと断るおじいさんですが、それなら生きた人間の体を用意出来るかい?という悪魔の言葉に反論出来ません。仕方なく孫のお墓を掘り返す事にしました。
近くにあった墓守の小屋からスコップとロープを持ってくると一晩かかって孫の棺を地中から掘り起こします。体力の限界を迎えていたおじいさんですが、孫のためにも頑張ります。
おじいさんが自分の家に戻ってくる頃には明け方になっていました。粗末な人形に乗り移っている悪魔は満足そうに声をあげます。
「これで条件のひとつは揃った、あと二つだね」
おじいさんは孫の為とはいえ墓を掘り返すなど死者を冒涜する行為だと恥じていましたが、悪魔がとり憑いた粗末な人形は平気な顔をしています。
次に悪魔は棺から孫の遺体を取り出すように指示します。おじいさんは罪悪感で胸が締め付けられましたが、孫の為に棺の蓋を開きます。
不思議な事に、そこには生前と変わらない孫の姿がありました。その白い顔はお人形の様に綺麗です。棺の中には様々なものが遺族によって入れられていました。その中にはおじいさんの人形もいくつか入れられていました。
おじいさんは孫が愛しくなって優しく頭を撫でます。
生前と変わらないその顔を眺めていると死んでいる事が嘘の様に思えてきます。けれども幾ら呼びかけようとも孫は返事をしません。落胆するおじいさんに悪魔は声をかけます。
「まだだよ、まだ会えない。条件はあと2つ。」
指示に従い女の子を部屋の隅に座らせると、悪魔は何か呪文の様なものを唱えながら床になにやら魔法陣の様なものを悪魔は描いていきます。
人間を生き返らせる為の2つめの条件、死者のさまよう魂を呼び寄せる儀式なのだそうです。魔法円の周りに蝋燭を置き、火をつける様におじいさんに指示すると悪魔は再び、何かしらの言葉にならない呪文を唱えながら自らの魔力を孫の遺体に注ぎ込みます。
しばらくして悪魔の儀式が終わると粗末な人形はおじいさんの方を振り返ります。どうやら2つめの条件は達成出来たようでした。
にわかに信じられないおじいさんは悪魔をあまり信じていません。
ところが、しばらくすると魔法円の中に座っていた孫の瞼が微かに開いていたのです。
おじいさんは驚くと共に喜びで一杯になりました。すぐに孫を抱きしめようとするおじいさんを人形は引き留めます。最初は半信半疑だったおじいさんも、孫の微かに動いた瞼を目の辺りにすると居ても立ってもいられませんでした。
「マダ早いよ。次は3つめの条件、記憶が必要なんだ」
しかし、そういう粗末な人形の顔は優れないように見えました。その理由をおじいさんは訪ねます。
3つめの記憶を集める作業に対して悪魔が乗り気では無いのは彼女自身の記憶自体が遙か遠い場所、天使達が記憶を管理しているからです。当然悪魔であるその人形では手が出せないのです。そこで悪魔は、本人の記憶の代わりに孫の事を知っている人達から記憶を譲り受ける事をおじいさんに提案します。
その提案を迷い無く受け入れたおじいさんは街中の孫を知る人達から記憶を集めようとします。
記憶の集め方はこうです。
おじいさんが孫の写真一枚を頼りに町の人1人1人に孫のことを尋ねていきます。そしてもし、知っている人を見つけたら
粗末な人形にとり憑いている悪魔が姿を現してその人の記憶から孫娘に関する情報だけを取り出してしまうというものです。上手く行くかどうか心配しているおじいさんを余所に悪魔は強引に街に連れ出すと早速聞き込みを開始する様に指示します。
聞き込みの目標はおじいさんが住むこの街の住人全員です。1ヶ月が経ち、なんとかおじいさんは街の人全員に孫娘の事を聞いて回る事が出来ました。
しかし、悪魔が言うには記憶の量はまだ足りないそうなのです。おじいさんは疲れていましたが、記憶の量が足りないのでは仕方無いと家族が住む隣街まで出掛ける事を決めます。
数日かけて辿りついた隣街はおじいさんが居た街とは比べ物にならない広さを誇っていました。他国との貿易が盛んな都会である為、そこを行き来する人間も膨大な数を誇ります。おじいさんはなかなか思う様に進まない聞き込みに何度も途中で投げ出そうとしますが、悪魔に元気づけられて何とか聞き込みを続けます。
孫の記憶を探し求めて更に数ヶ月以上が経過したある日、最後の最後におじいさんの家族が住む家にやってきました。
悪魔が言うには、孫の記憶を1番多く持っている家族から譲り受けるのが一番良いらしいのです。
おじいさんは少し悩んだ末に自分の記憶はどうかと悪魔に聞きますが、それでは約束の意味がないとそれを拒みます。おじいさんは悪魔の言っている事がよくわかりませんでしたが、家族が未だに深い傷を心に抱えている事を知っていました。
孫が蘇れば家族もきっと喜ぶと考えたおじいさんは悪魔に家族の記憶も差し出します。
これで3つの条件が揃いました。
嬉しくなったおじいさんは居ても立ってもいられずにすぐに自分の家に引き返しますりおじいさんは女の子が待っている部屋の扉を急いで開きます。
しかし、そこでおじいさんが見たものは元気な孫娘の姿では無く、そこにあったのは彼女の変わり果てた姿でした。
おじいさんが孫の記憶を求めて費やした時間の中で女の子の体は朽ちてしまっていたのです。
骨と衣服だけになった彼女からは強い死の匂いが漂っていました。訳がわからなくなったおじいさんは、事情を悪魔から聞こうと粗末な人形に話しかけます。
しかし、何度話しかけても人形からは返事がありません。そうです、もうそこに悪魔はいませんでした。おじいさんは悪魔に騙されたのです。
死んだ人間は生き返らない。
悪魔は最初からおじいさんを利用していました。自分の力を大きくする為に人間の記憶が必要だったのです。
孫に会える。
その一心で頑張ってきたおじいさんは、孫が亡くなった時以上に落胆してしまいました。そしてその悪魔はそれきり二度とおじいさんの前に現れる事はありませんでした。
孫の亡骸を再び棺桶に戻すと、おじいさんは街に出掛けます。向かった先は長らく顔を出していなかった酒場でした。酒場で孫の写真を眺めながら思い出に浸り、お酒を何杯も飲み続けます。
酔いがまわってきた頃、声をかけてくる他の客が1人いました。おじいさんがその手にしている女の子の写真を覗きこむとその写真は誰のものかと聞かれました。
おじいさんはお酒の性で意識は朦朧としていましたが、何か違和感を感じます。よくよく声をかけてきた人物の顔を見てみるとおじいさんの家の近くに住む友人でした。当然、孫娘とも知り合いで一緒に話もした事があります。おじいさんは嫌な予感がしました。大急ぎで隣の街にある家族の元を訪れます。
おじいさんの予想は的中します。血の繋がっている家族の誰1人として、女の子の事を覚えてはいなかったのです。
おじいさんは必死に手に握られている写真を家族や街行く人に押しつけて写真に写っている子が誰なのかを問い詰めます。何人もの人に同じ質問をしますが、返ってくる答えはみんな一緒です。
そんな女の子知らないよ?
おじいさんと悪魔が費やした時間はひたすら孫娘が生きた足跡を消すだけのものでした。孫の事を覚えているのはもうこの世ではおじいさんだけです。
罪の意識に苛まれ後悔にくれるおじいさんは生きる気力すら失ってしまいます。
心身ともに弱りきった体で家に帰ると、おじいさんは孫の棺の隣に座りました。もう何もする気が起りません。ただひたすら、手元にある孫の写真をみつめていました。
それから数日が経過し段々とおじいさんの意識は薄れていきます。
これでようやく孫の元へといける、そんな心持ちでおじいさんは静かに目を閉じます。
するとそれまでは気付かなかった誰かの小さな囁き声がどこからか聞こえてきました。最初は外で話す人の声かと思いましたが、その声はすぐ近くで聞こえました。耳を澄ましてみるとその囁きは棺から聞こえてきます。
幻聴かとも思いましたが、その囁きは紛れも無く女の子のものでした。
そしておじいさんは確信します、
変わり果てた姿となってもそこに孫の魂はしっかりと宿っているのだと。
おじいさんの前から姿を消したあの悪魔は
しっかりと約束は守ってくれていたのです。
おじいさんは自分の中にある何かが脈打つのを心に感じました。意識がはっきりとしてきたおじいさんの視界の隅に何かの包みが見えました。孫にプレゼントするはずだった天使の人形が中に入った包みです。
そこに玄関の扉をノックする音が聞こえてきました。仕事を休んでいたおじいさんは不思議に思います。訪ねてくる人間などもう誰もいないはずだったからです。
玄関の扉を開けて顔を出すとそこには数人の子供が集まっていました。彼らは孫同様におじいさんの人形を楽しみにしていた近所の子供達でした。
「ねぇねぇ、人形おじさん、もう人形は造らないの?」
「また僕等にみせてよ!」
「僕ね、次はかっこいいドラゴンの人形がみたい!」
「私はネコのぬいぐるみがほしいの!」
おじいさんの心に沸き上がってくる何かが更に強くなります。それは生きる力です。子供達にお礼を言うとおじいさんは作業部屋に戻ります。
子供達は自分達が何故お礼を言われたのか解らないまま、ずっと不思議な顔をして、互いに顔を見合わせていました。
おじいさんが作業部屋に向かう途中、床に落ちてそのままになっていた家族からの手紙を何気なく拾い上げるおじいさん。
その手紙の間から一枚の紙切れが落ちました。その紙切れには一言、震える字でこう書かれていました。
”おじいちゃんのお人形は世界一の宝物です。今はお病気で今月はそっちに行けないけど、良くなったらまた新しい人形を見せてほしいな。”
その乱れた線で書かれた字は彼女が死の間際に精一杯の力で書かれたものでした。
あの子は死ぬつもりなんかはなかった。
最後まで生きる事を諦めていなかった。
おじいさんの目から枯れたはずの涙が次々と流れてきます。けれどもその涙は悲しみからくるものだけではありません。おじいさんの目に再び生気が宿ります。
そこに女の子の魂はあるが、肉体は朽ちて使えない。なら代りになる何かを新しく造ってやればいい。決して朽ちる事の無い病気なんかに絶対負ける事の無い
永遠に存在し続ける体を創ってやろう。
その日からおじいさんは、孫娘そっくりの人形を創り始めました。
おじいさんは全財産を費やして最高級の土や材料を買いあさり、人形の瞳には女の子と同じ色をした宝石を綺麗に磨き込みはめ込みます。生前の女の子と寸分狂う事無くおじいさんは孫の記憶を辿りながら、何回失敗しても諦めずに試行錯誤を繰り返し、創り続けます。
今日もおじいさんは人形を創り続けます。
悪魔との約束を信じて。
それから数年は経ちました。思考錯誤を重ねて99体目の人形を作成した暁についに女の子の姿を完全に再現した人形を完成させます。まさに生き写しといってもいいその出来栄えは人間と大差ありません。作業部屋やおじいさんの家の中には何体もの別の人形が並んでいます。それはおじいさんと女の子の果たされる事の無かった約束でもあります。
家にこもりきりでろくに食事も、睡眠もとらずに人形作りに没頭するおじいさんはついに体が限界をむかえてしまいます。その日、ベッドに入るとそれきり動けなくなってしまいました。
最近ではすっかりおじいさんの事を変人扱いする街の人は、気味悪がっておじいさんの家には子供以外は誰も近づこうとはしません。
子供達だけは軒先に静かに並べられた人形を手にとり喜んでいました。おじいさんはもう声すら出せなくなっていましたが、喜ぶ子供達の声を僅かに聞きとると納得したように微笑むと目を閉じました。
綺麗な月が輝くその夜、流星がその街に流れたと言います。その輝きは太陽の輝きを放ちながら、おじいさんの家に流れ落ちたそうです。
その輝きの中、おじいさんは息を引き取りました。
不思議な事に、星が流れ落ちたその日を境に、あれだけたくさんあったおじいさんの人形達は消えていました。
おじいさんの孫そっくりの人形も見当たりません。
ただ、おじいさんの腕の中には、あの無くなったはずのあのちっぽけで粗末な人形一体がボロボロの体で優しくおじいさんのその手に包まれていました。
今夜も星は平等に私達を見つめ続けてくれています。
人であろうが、悪魔であろうが……そして人形であろうが。
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