第2話 友人からの相談

 パソコンのゲーム画面上では一人の、頭にピンク色の大きなリボンを付けた髪の長い少女がプレイヤーの操作に従って洋風の、彼女の家でもある屋敷内を探索していた。屋敷内を徘徊する、少女の狂った父親の人体実験の犠牲者で、呪いの力によって復活したダメージ判定があるゾンビを避けたり、一部のゾンビの願いを叶えていくサブイベントをこなしたり、屋敷内の様々な仕掛けを解き、鍵等を手に入れ屋敷の奥へと探索していくことによってストーリーを進めていく探索型フリーホラーゲーム。

 手に入れたアイテム、イベントの回収具合及び選択肢に応じてエンディングが変わるマルチエンディング方式でもある、十二歳の少女を主人公としたこのゲームを、赤井達也(あかいたつや)は矢印キー等パソコンのキーボードを使い操作し、朝からプレイしていた。

 マップを移動すると泣き声がゲーム上からしてきた。左の方の扉が閉まった部屋の中に、金髪のおさげの少女がいるのが確認できた。扉を開こうとキー操作をすると、何も見えないとの嘆きと共に目がくり抜かれた少女の立ち絵が出て、その後に内側から鍵が掛かっているとの状況説明がテキスト表示された。

 鍵が掛かっている部屋にいるめくらの少女を泣きやませるには彼女の目を、先に進み探す必要がある。しかもただ少女の目を見つければいいわけではなく、その目を彼女に渡さなければならない。しかし少女がいる部屋には鍵が掛かっているため、プレイヤーは彼女の元へはいけない。それをどうにか打開することが少女を泣き止ませるのに、そしてゲームを進めるためには求められる。

 周回プレイをしている達也にはどうすればいいのかもうわかっていたが、暗号を解く他に、こういった探索をしフィールドを上手く活用する必要のある捻りの利いた謎解きがあるのがこのフリーホラーゲームの良さの一つだと達也は思っていた。さらに周回プレイをすることにより、狂っているのは主人公の父親だけではないというさらなる真実、ストーリーの裏の裏が見えてくる点も達也は気に入っており、現在それを追っている途中でもあった。

 達也は再び主人公を移動させようと矢印キーにおいた指に力を入れたが、彼がいる自室のドアが開く音がしたので、手を止めそちらへと振り返った。

「やあ。今日もフリーホラーゲームをプレイしているのかい?」

「見りゃわかるだろう。そういうリア充様は今日は何しに来たんだよ」

 達也は小・中・高と同じ学校で腐れ縁と化している、友人にして周囲から好かれていて人気者な遠野久志に向かって言った。

「ちょっと相談したいことがあってね。達也は勘が鋭いから今回もきっと解決してくれるんじゃないかって」

 冬休みが始まったこともあって、ファッション雑誌にでも載っていそうな洒落た私服を着こなしやって来た久志は、漫画にゲーム、プラモデル、さらに水色のツインテールの電子の歌姫のポスターが貼られたポスターが壁に貼ってある等、オタク色に染まった達也の部屋を訪ねてくるのにおよそふさわしくないような人間だった。お洒落で頭が良くてスポーツも人並み以上にでき、おまけに顔立ちもものすごく整っている。柔和な雰囲気とミステリアスさを持つ美少年顔。ほとんどの人間が久志のことをかっこいいと言うだろうし、達也自身も不本意ながらそう思っていた。事実彼は女子から引く手あまたで、人当たりの良さから同性からの評価も非常に高い。

「あんまり俺を高く評価するなよ。俺に相談したからといってお前の相談事が絶対に解決できると思うなよ」

「別に解決できなかったとしても文句は言わないよ。でも君は少し自分を過小評価し過ぎな気もするけど。一色殺しの犯人を当てたのも君だったし、あの殺人事件の裏の裏まで暴いたのも達也――君だったじゃないか。他にも君は僕が相談してきた様々な問題を今まで解決してくれた。それに感情豊かで根がまっすぐな君と話すのはなんだかんだで僕にとってはとても有意義なんだ」

「俺を褒めたって何も出てこないぞ。一色の時は手掛かりを集められたからこそわかっただけだ。お前のつてと情報提供の方が大きかったさ」

 久志が言う通り、達也はこれまで彼から持ちかけられた様々な相談事に乗り、ちょっとした推理で解決してきたことがある。久志の去年のクラスメイトであった一色司が殺された時も犯人捜しを頼まれて、久志の人脈を頼りながら二人で捜査して最終的に犯人と真実を導き出した。しかし、ゲームと現実違い身近な人間の死は犯人や真実も含めて形容しがたい後味の悪さを達也の中に残した。大きな事件には出くわしたくない、ただの、特にフリーホラーゲームと電子の歌姫の曲が好きなオタクでありたいと達也は思っていた。

「それで、お前の相談事ってのは何だ? また知り合いが殺されたとか言うなよ」

「言わないよ。大丈夫、誰も死んだりはしていない。僕はどこぞの死神と形容される探偵とは違うんだから」

「死んだり“は”していないってどういうことだ?」

 含みのある久志の言い方に達也はすかさず突っ込む。

「失踪したんだよ。僕の今の彼女が。もう二日。いや今日で三日目かな? ずっと家に帰ってきてないみたいなんだ」

 久志は淡々と、まるで何事もないかのように平然と、しかし衝撃的なことを口にした。

「はぁ!? それってヤバくないか!? ……その前に今のお前の彼女って八代で合ってるか?」

 驚きで素っ頓狂な声を上げてしまいつつも達也は久志にそう訊いた。久志は色々な女子と付き合っているが、どの子とも長続きしておらず、一ヶ月以内に別れていることも珍しくないからだ。達也の知らぬ間に付き合っている女子が変わっていることもよくある話だった。

「姫子で合ってるよ。今回は九月の文化祭後からだからそこそこ続いているんだけどね。昨日、彼女の母親から電話が掛かってきて一昨日からずっと家に帰ってきてないし、なおかつ連絡がつかないんだけど、僕と一緒にいたりはしないかって言われたんだよね。一昨日と昨日はクリスマスイブ、クリスマスってイベント続きだったしね」

「折角の聖夜ならぬ性夜と名高いリア充いちゃこらデーだったのに彼女と過ごさなかったのかよ、お前は」

「確かに聖夜ってことで恋人と過ごす人も多いけど、必ずカップルで過ごさなければならない日でもないだろう。一昨日と昨日はそれぞれ別の友人達とクリスマスパーティーを開いたりして遊んでたんだ」

「八代はそれで良かったのかよ。女子ってのはそういうロマンチックなイベント事にうるさいもんじゃないのか? 一緒に過ごせとかさ。案外、お前がつれなさ過ぎてへそ曲げてるんじゃないか?」

「う~ん、そうなのかな? 僕の経験を含めても、確かに君の言う通り女の子はそういうイベントを重要視するところがあるけど、姫子はあまりそういうのにうるさいタイプではなかったんだけどな。すごくものわかりが良くて、付き合い始めてからも適度な距離感は保ってくれたし。クリスマスについても特に何も言ってこなかったよ。でも僕に対する当てつけだったとしてもちょっとやり過ぎじゃないかな? 一応、次会った時にクリスマスプレゼントは渡そうと思って用意はしてあるんだけど」

 久志は腑に落ちなさそうな顔はするものの、普段と変わらずにこやかだった。

「そりゃあそうだけどな。お前に対する当てつけだったら直接嫌味を言うなりシカトしたりすればいい話だしな。わざわざ姿を消す必要はないだろうよ。けどお前は折角のクリスマス、八代と過ごしたいとかは思わなかったのかよ。俺には縁遠くて毎年クリスマスツリーを切り倒せって歌いたくなるんだが、リア充にとって重大イベントの一つだろう?」

「デートは頻繁にしてるし、学校からもよく一緒に帰ってるし、二人で過ごそうと思えばいつでも会って過ごせるし、クリスマスに特にこだわりはないよ。恋人とわざわざ過ごしてみても、アルバイトもしていない進学校の高校生二人でできることなんてたかがしれてる。実際に去年、当時付き合ってた子と一緒に過ごしてみてそれは痛感したよ。みんなでパーティーでも開いて大騒ぎした方が豪勢に楽しめる。それにわざわざカップルでクリスマスを過ごしても、僕には特別な感情も何も抱けなかったから。普段と何一つ感じ方が変わることなんて僕にはなかったからね」

「そうかよ。まあ俺には縁がない話だから何も突っ込めることはないがな。それで、お前はいなくなった彼女である八代がどこにいるのか捜したいってわけか」

 久志の引っ掛かる物言いにはあえて何も指摘せず、達也は彼が言わんとすることを先に告げた。

「君は話が早いから助かる。君の言う通り僕は彼女というか恋人である八代姫子の行方が知りたいし、彼女自身を捜し出したい」

「俺だけじゃなくて誰でもここまで聞かされたらそう思うわ」

「いや、他の人だったら警察に任せようでジ・エンドだよ。君は違うだろう?」

 にこやかに久志は問い掛けてきた。人懐こさを醸し出しつつ、いたずらっぽく試すような眼差しを達也に向けながら。

「……どうして八代を捜したいんだ?」

 達也は問い返す。

「それはもちろん、恋人である彼女のことが心配だからに決まっているだろう。僕は姫子の彼氏だよ」

 久志は答えた。確かに恋人が失踪すればその居所と安否が気になるのは至極当然の話である。しかし達也はなおも問いを重ねる。

「お前は本当にそう思っているのか?」

 達也は真顔でまっすぐ久志を見つめた。久志はきょとんとした後クスリと一度笑い、その顔から表情を消した。

「……思ってないよ。君には正直に答える。本当は姫子がどこで何をしていようがどうでもいいんだ。僕に何の損害もないからね。不安になるとか心配だとか、彼女の安否が気になってしょうがないとかそういう感情が僕には相変わらず芽生えていない。姫子は僕の彼女で大切な人であるはずなのにも関わらずにね」

 久志は無表情に、冷たいとすら感じるぐらい平坦な口調で言った。彼の本心を。

「でも僕は姫子を捜し出したいんだ。僕のような彼氏という立場の人間なら普通はそうしようとするはずだから。心が伴ってなくとも行動することに意味がある。普通の人と同じ行動を取ることによっていつか僕の中にも、普通の人と同じような感情を覚えられるようになるかもしれない。中学で、学校によっては高校もだけど、無駄に厳しい校則で縛るのは生徒に規律を守る習慣を自然と身につけさせるためで、内心、不平不満はあれ、実際に僕達生徒は自然にそれらを身につけてきた。形から入るとも言えるのかな? とにかく形ばかりでも、その心がなくとも、普通の人と同じ行動をすることに意味があると僕は思っている。それに普通の人がするであろうアクションを履行すれば、僕も常人だと認識してもらえる」

「……お前は相変わらずなんだな」

「そうだね」

 久志は苦笑いした。自嘲気味かつどこか哀しさを感じさせる表情が、その整った顔に浮かんでいた。

 遠野久志は昔から人よりも、特に他者に対する共感性が乏しく、欠如しているともいえるところがあった。今のように恋人という身近かつ大切な存在が失踪していても、なんの痛手にも感じていない。久志自身が話していたように、通常安否を心配したり、無事を祈ったり何か行動を起こそうと思うのだが、彼は上記のようには一ミリも思考が至らない。

 そのため達也と出会った頃――小学五年生の時の久志は、周囲から浮いていて冷淡な人間だと思われていた。きっかけは小学校の飼育小屋で飼っていたうさぎのうさ次郎が病死してしまった時に、一人だけ悲しむ素振りすら見せず「代わりのうさぎなんてまだたくさんいるだろう」という暴言まで吐いたせいだったそうだ。他にも色々積み重なっていった結果だろうが、それから六年生になるまでずっと無視されたり陰口を叩かれたり責め立てられたりとイジメまがいなことをされたと、過去に久志はにこにこと笑顔を顔に貼り付け、軽い調子で話してきたことがあった。

そんな久志はもう二度と小五の時のようにならないために過剰に他人に優しく気を利かせ、彼の容姿も相まって人当たりの良い好少年を達也以外の前で演じるようになった。そして普通の人間と同じような感性を持つことに固執し、それが得られるようにと願い常に行動していた。

他人に対する共感性が低くともそれを盾に平然と傷つけるような真似はせず、むしろ理解しようとしているからこそ達也は久志とこれまで友達として付き合い続けてきたのだった。

「とりあえず、もう一度確認するぞ。お前の彼女である八代姫子が三日前のクリスマスイブから失踪している。家族とも連絡を取っていないし、もちろんお前も八代の行方を知らない。これで合ってるな」

「うん、その通りだよ。そして僕に彼女の母親から連絡されたのが昨日だ」

「八代の母親はお前の他にも誰か、八代の友達とかクラスメイトに八代の行方を知らないか尋ねてたりしてる様子だったか?」

「姫子自身に電話やメールを続けるのはもちろんのこと、一応姫子が親しくしている友達に連絡はしたみたいだったよ。僕からも彼女が親しくしていた友達やクラスメイトに尋ねてみましょうか? って訊いたら、あまり事を荒立てたくないから姫子が本当に懇意にしている子達だけでいいって言われたよ」

「それでそいつらに八代の行方を尋ねたのか?」

「うん。姫子の仲良しグループにLINEを回したり、個別にLINEしたりして訊いたけど、みんな知らないって言って姫子の母親からも電話で同じことを訊かれたって心配し出していたよ。姫子の母親に事を荒立てたくないって言われたから、二年五組全体のグループには回さなかったけど。もちろん僕自身からも姫子に電話とメールをしてみたけど、出なかったし返信もなかったよ」

「……なあ、一つ疑問なんだが、どうしてメールじゃなくてわざわざLINEするんだ?」

 スマートフォン自体に通話機能もメール機能もあるにも関わらず、さらに外部のアプリケーションを使う人間の気持ちが達也にはわからなかった。

「相手が僕が送った文面を読んだか読んでいないかがわかるから。あとグループ内で送れば、個別に送信しなくてもチャットみたいにメンバー全員が目にするし、返信だって一気に見ることができるから。今回僕がLINEを利用した理由はね。一般的な理由を上げるならばメール、通話共に無料で、流行ってる。さらに基本無料のゲームができるだとかスタンプが可愛い、面白いだとかそういった理由もある。もちろん僕と同じように相手が未読か既読がわかるだとかグループでチャットのような共有した状態のやり取りが複数人でできるからってのも大きいと思うけどね。まあ自由人な君はこういうのを嫌いそうだけど」

「察しがいいな。未読か既読か相手にわかるとか煩わしいし、誰がどんな方法で見てるかわからないネット上に個人情報を無闇やたらひけらかすなんて危ないこと、俺は絶対したくないからな。四六時中煩わしい人間関係とやらに振り回されるのはごめんだ。だから俺はインストールすらしていない」

「君の言う通り煩わしく感じることも多々あるけど、なんだかんだで便利だし集団に属する上では欠かせない手段になっている。中々君のようにはいかないさ。みんな大多数から逸脱する度胸も、それでコミュニケーションが成立するような友人にも恵まれていない。僕も含めてね」

 苦笑しつつ久志はそう自嘲した。

「……ご解説、どうも。それで結局八代の行方は誰も知らなかったんだな」

 特に何も言及せず、達也は久志に確認する。

「僕が訊いた範囲ではね。一応あまり騒ぎ立てないようにって釘を刺してから、他にも誰か姫子と親しくしてた知り合いがいたら彼女の行方を知らないか尋ねておいて欲しいとは頼んどいたけど、今のところ誰からも有益な情報は手に入れてないね」

「そうか。ならあとは実際に八代の家に行ってみるしかないな。今のままじゃ情報が少なすぎるし、そうするしか俺達には情報を得る手段がない」

「やっぱり、それしかないか」

「なんだよ。その嫌そうな言い方は」

「別に嫌な訳じゃないよ。ただ顔を覚えられて、心象を悪くしたくないだけ。もし姫子と別れたりした場合にね」

「なんで別れる前提なんだよ! お前はまず続けることを考えろ」

 達也は思わずツッコミを入れた。

「そりゃできることならこのまま長く付き合い続けたいよ。でも中高校生の恋愛なんて大体そのうち終わるものだよ。特に僕は今まで全然続かなかったし」

 弁解めいたことを口にすると、久志はスマートフォンを彼が肩に掛けてきたバッグから取り出した。

「とりあえず、姫子の家に行ってもいいか彼女の母親に電話で訊いてみるよ」

「えらく潔いな」

「だから別に嫌な訳じゃないんだ。それにやっぱりそうするしかないと思ってた。だから午前中に君の家に来たんだし」

 久志はそう言いながらスマートフォンの画面をタップしていき、機器を耳にあてた。











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