死んだ猫のルビー(第八回にごたん)

【パラダイス・ロスト】【二度目のキセキ】【NGシーン】【紋切型】

「おう猫のルビーちゃんよ。死んでしまうとは情けない」

「お前は某RPGの王様かよ」

俺は目の前にいる馬鹿でかいおっさんを見上げるように睨み、毛を逆立て威嚇する。


「ここに来た奴には必ずやってるお約束のギャグじゃよ」

かっかっかと地響きするんじゃねぇかって声で馬鹿でかいおっさんの魔王、もとい閻魔大王は笑いやがる。お察しの通り、ここはあの世。死んでしまった者は皆ここに来てこの閻魔大王に生前の行いから天国にいくか地獄に行くかが決められるのだ。


「まあ雑談はさておき、さっそく天国行きか地獄行きか決めようかの。ルビーちゃん」

「それはいいけど閻魔様。その『ルビーちゃん』って呼ぶのやめてくれ。お前とか貴様とかでいいから」

あからさまなうんざりとした顔を浮かべると、一方的閻魔様は小首をかしげながらきょとん顔をこちらに見せて来た。


「飼い主に好きなように名前を付けられるのはペットであるお前のような猫や犬の宿命じゃろうて」

「まったくよぉ。人間は俺らが意味が分かんねぇだろうからって好き勝手に名前をつけやがって」

怒りを力に変え、思い切り尻尾で地面を叩く俺を閻魔は両手でどうどうと宥める。


「お前のなどまだましだぞ。チョコちゃんとか食べ物の名前の奴もおるからの。最近ではミニブタもペットとして人気なんじゃな。この前チャーシュー君なんてのが来たぞ」

その時のことを思い出したのか口を押えてぷぷぷと閻魔は笑う。

「飼い主は鬼か何かか!?」

鬼という言葉に周りの獄卒がぴくんと反応したが何事も無かったのように各々の業務を続けた。


「あまりにかわいそうじゃったから情状酌量で天国行きにしてしまった。地獄じゃ何をしても調理してるような気分になるからの」

俺は地獄に香ばしい焼き肉の香りが漂うのを思い浮かべた。思わず舌なめずりをするが、頭を振って理性を取り戻す。


「とりあえず『お前』って呼んでくれ。死んでまであの名前で呼ばれるのはごめんだ」

俺の必死の訴えに、閻魔は指で耳栓をしながら聞いてた。


「にゃーにゃーとうるさい猫じゃのう。さかってるのかお前」

「別に発情期来てねぇから!!猫パンチ喰らわすぞ」

全く仕事を始めそうにそうにない閻魔大王にイラつきながら言い返す。


「そっか。お前、たしか一歳くらいの時に去勢されてるんじゃったの。閻魔帳に書いてあったわい」

閻魔大王は机に片肘を突き、閻魔帳をめくっているとおもむろにその手を止め固まった。

「ど、どうしたんだよ…」


なにか地獄行きに関わる重大な悪事でも見つかったのかと、内心ドキドキしながら聞く。俺は必死に自分の記憶を呼び起こしていた。エサの袋を飼い主がいない隙に破って中身を食ったのがだめだったのか。それとも、箪笥の上に登ったときに大事な置物をひっくり返したのがまずかったのか?過去の失敗した場面があるカンフー映画のエンドロールよろしく流れてくる。


「去勢した奴が虚勢を張ってる」

「それが言いたかっただけかよ!!仕事しろ」


へいへいと力ない返事をしながら閻魔大王は座り直し、また閻魔帳をめくっていく閻魔大王。


「いつの時代も死人が多くてのー。しかも高齢化社会じゃろ?大往生するのは構わんが、それだけ人生長いと閻魔帳も長くなってツラいんじゃよ。また人生50年の時代に戻らんかのう」

俺は閻魔の愚痴を前足で顔を洗いながら聞き流してると、次は閻魔が文字通り頭を抱えていた。


「なんてことじゃ…善行と悪行が半々になっておるじゃないかルビーちゃん」

「ルビーちゃんやめろ。それで…そんなときどうなんの?」


閻魔様は豊かにたくわえた髭を撫でながら考え込むと、平手をポンと打った。そして、なにやら獄卒に耳打ちをするとにんまりと笑みを俺の方に向けて来た。


「お前おもしろいから特別サービスで生き返らせてやるわ」

「ほんとか!?」

閻魔大王は机からなにやらごそごそと探し出すと俺の前に油染みが所々に目立つ紙を見せて来た。そこには『転生申し込み書』と書かれていた。


「お主は字は書けないじゃろうからワシが書いとくから、印鑑代わりに肉球スタンプでも押してくれ」

「そんなんでいいのか」

「まぁまた猫に転生することになるけど構わんか?」

「全然オッケー!!猫万歳。人間になるのはごめんだ。アイツらいつも忙しそうだしな」


俺は機嫌よく朱肉に自分の前足を乗せ、書類に捺印する。


「生きることは素晴らしいからの。まあ人生…じゃなかった猫生を十分に謳歌せいよ?あ、あまり長生きされてもワシの仕事が増えて困るからほどほどにな」

「うっせーな。存分に長生きして化け猫になってやるわ」


そんな軽口をたたき俺はあの世を後にしてまた生き返ることとなった。また飼い猫にでもなるかな。食いっぱぐれることはないし、寒くないし熱くないしな。次はちゃんとした名前を付けてくれる飼い主に行かないとな。


どんな名前がいいかなー。普通にタマとかでもいいけどな。どうせならカッコいい名前がいいなぁ。





—数年後。


「おう猫のサファイアちゃんよ。死んでしまうとは情けない」


こうして俺は二度目のキセキに入った。

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