彼女は少しズレている(にごたん第6回)

お題【君の瞳に乾杯】【ステンドグラスの聖女】【暴走車】

「『君の瞳に乾杯』ってセリフってさ、あまりにもクサすぎるよね」

俺は隣にいる後輩に話しかけた。


俺たちは、図書委員の受付のカウンターに座っていた。しかし、うちの学校は放課後になって本を借りるような物好きが少ない。したがって、放課後は読書か雑談が日常となっていた。

そんな感じで図書館では俺とちょっとズレた女子の後輩の二人っきりである。正直、後輩のことが気になっている俺としては有り難いことだ。まあ俺はヘタレだから、特に何かアクションは起こさない。このように話しているだけで十分だから。


「せっかくクライマックスだったのに、いきなりなんですか?」

本の世界から引き戻された後輩は、不機嫌そうに百科事典を閉じた。その本のどこで盛り上がりがあるのか是非聞きたいところである。

彼女は少しズレている。しかし、それはいつものことである。


「いや、この前観たドラマでそんなセリフあってさ。なんとなく」

「そうですね。実際に言う人なんていないですよね。君の瞳の美しさに私はイチコロだよってことですよね?」

どこか噛みあわない後輩の言葉にしばし考え込み、やっと気づいた俺は彼女にツッコミを入れた。


「それ『乾杯』じゃなくて、『完敗』じゃない?」

「なるほど、そっちでしたか。目にグラスを入れるなんて中々ハードですよね」

彼女は少しズレている。しかし、それはいつものことである。


「グラスと言えば…先輩、思わずへぇって言う怪談話考えたんですけど聞きます?」

「なにそれ?」

「ほら、うちの学校の昇降口の天窓のステンドグラスに聖母マリアの姿がはめ込まれているじゃないですか?」

「そうだな」

うちの高校はキリスト教系だから、宗教的なステンドグラスが多々ある。しかしここの生徒の9割以上が無宗教だ。正直キリストやらマリアやらどうでもいいので、気にかけたことはなかった。


「夜な夜なその天窓に月光が差し込むとマリアの顔を涙が伝っているという話です」

「いたってベタだな」

「ちなみにガラスってアモルファス状態といって液体の性質がある固体ですから、マリアの目の部分から徐々にガラスが流れてるってオチなんですけど」

「…へぇ」

彼女は少しズレている。しかし、それはいつものことである。


「そういえば先輩って、別に図書委員でもないのによく図書室にいますよね」

「そうだな。まあ他に行くとこないし、ぼっちだからな」

もちろん嘘だ。友達の遊びの誘いとか断ってきている。

「しかも、私が当番の時は必ずいますよね?」

「…そうだな。お前一人だと大変そうだからな。ボランティア精神だ」

もちろん嘘だ。ボランティア精神とはかけ離れた下心で手伝っている。


「もしかして先輩は…」

彼女はすこしズレている。しかし、流石にばれてしまったようだ。やはり後輩が当番している、月・水・金曜日は欠かさず来るのは不自然だったか。特に本は興味ないから、ジャンルとか構わず借りたのも不自然だったか。


よく友達にはお前は恋愛に関しては暴走した車のようだと言われていたの。なりふり構わず真っすぐに、そしてぶち当たって玉砕、クラッシュする。今までそうやって失敗してきた。おそらく今回もそうだ。


「先輩は本のことが大好きなんですね!!」

やはり彼女は少しズレている。お陰でクラッシュすることは免れたようだ。

「先輩、そろそろ閉める時間です」

後輩は立ち上がって図鑑を元の位置に戻しに行った。もうそんな時間か。俺も興味はないが借りて読んでるふりをしていた本をリュックの中に入れた。


「先輩」

「なんだ?」

声に反射的に後輩がいた方を向く。すると、彼女の顔が衝突寸前のところまで来ていた。彼女のキラキラとした目に俺は吸い込まれていた。


そして、はっと気づいた俺は赤面したことをばれないように顔を背けた。

「びっくりしました?」

彼女は少しズレている。しかし、それはいつものことだ。

「…君の瞳に完敗」




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