メロンパン作戦!

夏鎖芽羽

メロンパン作戦!

 青春は全力疾走に尽きると思う。


 これは僕の自論かもしれない。だけど、男が何かを一生懸命求めて走る姿は誰が何と言おうと青春なのだ。


 だから、高校一年生の僕らが恥ずかしげもなく虫取り網を片手に街中を走り回っているからといっても、それが全力疾走であれば青春なのである。


「おいっ! おいっ! 前見ろ青田!」


 主婦、学生、子供づれ、サラリーマン、様々な人々が行きかう夕方の商店街は前をしっかりと見ていないと危険だ。しかし、僕の友人の青田は前ではなく、空を飛ぶ標的をしっかりと見据えている。


「そんなこと言ってる場合じゃないだろ春野! あいつ逃げちまうぞ!」


「だからって人にぶつかって転びでもしたら元も子もないじゃないか!」


 言い返しながらも走る速度は決して緩めない。空を飛ぶあいつのスピードは高校生男子の全力とほぼ同じ。一瞬でも気を抜けばたちまち距離が開いてしまう。


「あっ! おい、曲がったぞ!」


「馬鹿! いくらなんでも曲がる前は安全確認くらい――」


 しかし、僕の言葉が青田に届くのは僅かに遅かった。彼はちょうど曲がり角から出てきた強面のおじさんとぶつかり派手に転んだ。


「馬鹿野郎! 気をつけろ!」


 おじさんは鼠くらいなら睨み殺せそうな視線を無様に転がる青田に浴びせてから、悠然と去って行った。僕はしばらく唖然としてその光景を眺めていたが、よろよろと立ち上がる青田を見て我に返り慌てて彼に駆け寄る。 「だ、大丈夫か?」


「痛ッ~……ったく、あのおっさんどんだけガタイいいんだよ……ぶつかったこっちが飛ばされるとか……」


「立てるか?」


「あぁ」


 僕が差し出した手を、彼は仏頂面をしながら握り軽くひいて立ち上がった。


「やつは?」


「えっ? あ、あぁ……逃げたみたい……」


 僕は先ほどまであいつが飛んでいた空を眺めたが、元々たいして大きくもないあいつの姿は橙に染まった空の果てを探しても見つけることは出来なかった。


「ちっくしょー……捕まえられると思ったのに……」


「しかたないよ、あいつはここらじゃ一番高級な奴だし、初見じゃとても……」


「それはそうかもしれないけど……あいつを捕まえなくちゃどうにもならないだろ?」


「それは……わかってるんだけど……」


 僕は手に持つ虫取り網を指先でいじくりまわしながら返事をする。


「煮え切らないなー……そんなことじゃ数量限定夕張メロンのメロンパンを捕まえて、美山に渡して告白なんてできないだろ」


「……わかってる」


「とにかく次だな。あの作戦で何としてもメロンパンを捕まえよう」


「あぁ。絶対に捕まえよう」


 自分に言い聞かせるように僕は呟く。そうなのだ。僕はなんとしてもあの空飛ぶメロンパンを捕まえて美山に渡して、告白しなければならないのだ。長年の悲願のために。



 僕が美山愛のことを好きになったのとメロンパンが空を飛び始めたのはほぼ同じ時期だったと思う。なぜ、メロンパンが空を飛ぶようになったのか、どうして僕が美山のことを好きになったのか、どちらもたいした理由などない。ただ、美山は中学生の頃から誰もが認める学校一のアイドルで一番かわいかった、メロンパンは安価に大量生産されることに怒って空に飛び出した、それだけだ。


 たったそれだけの理由かと他の人は笑うかもしれない。


 でも、それだけのために僕は青春の全てを賭けているのだ。この思いだけは誰にも負けない。


 


 そもそもどうして美山にメロンパンをプレゼントしようと思ったかというと、美山を含む女子何人かが昼休みの教室で仲良くガールズトークをしていた時、小耳に挟んだのだ。


 彼女がメロンパンをこよなく愛しているということを。


「ねぇねぇ愛は誰が好きなの?」


 おそらくこの時クラスの中にいた男子は全員、この答えを聴くべく耳を澄まし、ありとあらゆる雑音を消したと思う。そうでなければいつもはあんなにうるさい教室がここまで静まり返ることはないのだから。


「好きな人は……いないけど……」 「えぇ~いないの? 愛、こんなにかわいいのに~」


「私、そんなにかわいくないよ?」


 これを見れば世界中の人が戦争を止めて笑顔になるのではないかというほど、かわいい笑顔で首を傾げた美山に男子達は全員心を洗われた。


「あっ、でもメロンパンは好きだよ?」


「メロンパン? 何年か前から空飛ぶようになって値段が跳ね上がった高級品?」


「うん。外はカリカリしてて、中はフワフワで、甘くておししくて、とにかくすごく好き!」


 すごく好き! それが自分に向けられたものならどれだけ幸せだろう。男子達がそんな妄想に浸っている間に僕は考えた。


 そうだ、メロンパンを、それもとびきり高級なものをプレゼントして告白するんだ!



 先ほどはメロンパンを安直にただ全力で追いかけていた僕らだが、正直に言ってあれではとても捕まえられる気がしなかったので、前日から「完全メロンパン読本」を読み、練りに練っていた作戦を決行することにした。


「しかし、こんなもので本当にメロンパンが捕まえられるのか?」


「しかたないよ、メロ読によればこの習性は確かみたいだし……」


 僕たちは商店街に連なるとあるお店の袋を両手に提げながら、作戦について話していた。ちなみに「メロ読」とは「完全メロンパン読本」の略称である。


「とにかく夕方になる前に始めよう。僕はここからここ、青田はここからここを頼む」


「わかった」


 手にしていた地図で青田に指示をして、僕らは夕張メロンのメロンパンを捕まえるために動き出した。


 手にしている袋の中身を取り出し、商店街のアーケード内にある街灯に紐でそれをくくりつけていく。街の人々は馬鹿な高校生が何かやっている程度にしか見ていないだろうが、僕にとってこれは一世一代の告白をかけたメロンパン捕獲作戦なのだ。なりふりかまってはいられない。



 約二時間後、袋の中身を全て設置し終えた僕らはメロンパンが僕らの作った包囲網に誘導されて捕獲場所に来るのを待った。周囲を行きかう人々の向ける奇怪な視線は徐々に少なくなり、街灯の明かりも夜に反射して煌々と輝き始めた。


 そして、その時はやってきた。


「おい! 春野! 来たぞ!」


 青田が指差した方を見つめる。商店街を歩く人々より少し高い位置で飛ぶあの丸いフォルムと普通のメロンパンより橙に近い色。


 あれは、間違いなく夕張メロンのメロンパンだ。


 メロンパンは僕たちの仕掛けた罠に怯えるようにしてこちらへ向かってくる。


「行こう青田!」


「おう!」


 僕たちはメロンパンに向けて駆けだした。メロンパンは虫取り網を掲げて走り寄る僕らに気付いたのか慌てて逃げ出す。しかし、すっかり罠に囲まれているメロンパンは後ろに逃げることもできずに、上へと飛行高度をあげた。


「マジかよ!」


「嘘!」


 驚きの声をあげる僕らをよそに、メロンパンは網が届かない位置で僕らが去るのをいつかいつかと冷や汗を垂らしながら待っている。この分では、こちらがこの場から去らない限りは向こうも動き出すことはない。


「くそ、こうなったら……春野! 俺があいつに特攻しかけるからお前は下で捕まえろ!」


「特攻って? ちょっと青田!」


 僕にかまう素振りも見せずに、青田は袋の中からメロンパンの弱点――カレーパンを取り出し、左手に虫取り網、右手にカレーパンを装備して近くの街灯によじ登り始めた。


「青田! それはさすがに危ないよ!」 「そんなこと言ってる場合か! お前の告白がかかっているんだぞ! お前は下でメロンパンを逃がさないようにしてくれ!」


 青田は叫びながらも街灯を身軽に上っていく。僕はそんな捨て身の彼の姿に思わず泣きそうになった。


「行くぞ!」


 街灯を上りきった青田はカレーパンを片手に空に浮かぶメロンパンに向かって飛び出す。


「来い!」


 メロンパンは突如空中から迫ってきたカレーパンに驚き、一気に降下して一目散に僕の方へ逃げだした。僕は、メロンパンに向かって走り出す。そして、網を前に突き出し――


「よっしゃ!」


 メロンパンは吸い込まれるように僕の網の中へ入り、力を失って元のパンと同じように空を飛ばないものとなった。


「やったな春野!」


 尻から落下したのか、臀部をさすりながら青田は僕のもとへやってきた。 「こ、これが……夕張メロンのメロンパン……」


「おいおい泣くなよ。告白はこれからだぞ」


「う、うん」


 涙ぐみそうになった僕の背中を青田は優しく叩いた。


「しかし、どうしてメロンパンはカレーパンが苦手なんだか……謎だな」


 僕もそう思うが、真相は分からない。「メロ読」の仮説には外側の触感で勝負するメロンパンは中身のカレーで勝負するカレーパンとは正反対で、自分がそうなるのが怖いからだろう、とか適当なことが書いてあった。


「とにかくこれで告白できるな。頑張れよ!」


「うん! 明日にも告白するよ!」


 僕は意気揚々とメロンパンを頭の上に掲げた。



 しかし翌日、放課後に美山を呼びだした僕は思いもよらない振られ方をすることになる。


「ごめんなさい! 気持ちは嬉しいけど……」


 美山は大好きなメロンパンと僕を交互に見つめながら申し訳そうに俯いた。


「そ、そんな……どうして? 僕、美山のために頑張ってメロンパン捕まえてきたのに」


「ご、ごめんなさい……私ね、春野君のこと嫌いじゃないけど、メロンパンの方が好きなの」


「……えっ?」


「私にとって恋人はメロンパンなの。だからごめんなさい! 浮気するわけにはいかないの!」


「えぇえええええ!」


 恋人はメロンパン。その言葉に、僕は完全に打ちひしがれた。


「そ、そんなに落ち込まないで……またメロンパンとってきてくれたらと、友達くらいには……」


「ほ、本当に?」


 絶望に光りが刺した。


「う、うん。だから――」


「ありがとう! そう言ってくれるならいくらでもメロンパンとってくるよ!」


「えっ、あ、あの春野君?」


 僕は走り出した。まだ、終わっていない。夕張メロンのメロンパンよりもおいしいものを捕まえてくれば――美山を振り向かせられるかもしれない。



 青春は全力疾走ではない。メロンパンだ。



〈了〉


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