第9話;トレーディングカード

 瞬く間に時間が過ぎ去り、体育祭の準備で賑わしくなった。その間も橋本から超能力の講習、訓練を受け、週末には小百合ちゃんとの勉強会と冒険を行った。

 この頃から山に向かう事が少なくなった。妖精の挨拶が、めっきり減ったと言うのだ。既に1ヶ月以上行われていない。深川さん曰く、それくらい挨拶がない時もあるらしいけど…少し気になる。ただ勉強会は続いたし、冒険も妖怪…そして最近では、小人探しを目的にして続いた。小百合ちゃんは小人を探しに行くだけではなく、退治もするの事だ。彼らは人に悪戯をするので、印象が良くなかった。『どうやって退治するの?』と聞くと、『もう悪い事はしない。って約束させる!』と息巻いた。言葉の割には、暴力的な手段は望まないようだ。


 とある週末、僕らは駅前の繁華へ出向いていた。妖精は人気がない場所にいるのに対し、小人は人が集まる場所に現れるらしい。倒れている自転車を見つけたら、小人はいないかと周りを見渡した。小人が倒したと言うのだ。割れたガラス窓、落書きされた壁、破られて中身が散らかったゴミ袋…。そう言ったもの全てが、彼女には小人の悪戯に見えた。僕は時として笑い、時として心配になった。彼女は見た目が幼いものの、もう小学5年生なのだ。しかも女の子だ。男子なら、まだ夢見がちな性格だったとしても理解は出来る。僕にもあった経験かも知れない。だけど女の子はもう、お化粧や服装に関心を持ち、テレビの向こうのアイドルが気になり始め、同い年の男子を幼稚と見下す年頃なのだ。


「小人さ~ん!何処にいるの~!?怒らないから出ておいで~!!」

「………。」


 人混みが多い通りで、彼女が大声を上げる。不安を覚えざるを得ない。恥かしくもある。




「さぁ、帰ろうか?今日はもう遅いよ。」


 今日も冒険の終わりを僕が告げる。勿論、成果は1つとしてない。それでも、小百合ちゃんが変わったのは残念な顔をしなくなった事だ。勉強会で満足出来ているのか、妖精以外にも出会える対象が増えたせいなのか、彼女は昔のように寂しい表情はしなくなった。


 繁華を抜け、人気が少なくなった道を、僕らは手を繋いで歩いていた。この時ばかりは僕の勝手で、彼女を小学校低学年として見ていた。彼女には、これ以上年を取って欲しくない。いつまでも、幼い妹のままでいて欲しかった。

 家の近くまで戻って来た時、最近は足を運んでいない山が見えてきた。いつも部屋から眺めているから懐かしさはないけど、今日は何故か山から、いつもとは違う雰囲気を感じた。



「また、一緒に冒険しようね?」


 彼女を家まで見送り、自宅へと足を運ぶ。家に戻ると、一番下の弟が応接間でテレビを見ていた。珍しい光景だ。引越しを機会に新しいテレビを買ったので、弟はお下がりを部屋に持ち込んだ。それ以来、食事とトイレ、お風呂と登下校以外では部屋から出て来なくなった。テレビゲームに夢中なのだ。しかし残念ながら応接間は皆の空間で、ここでテレビゲームは出来ない。


「珍しいな?お前が部屋から出て来るなんて。」


 下手すると、数日振りの会話だった。だけど返事が返って来ない。『何をしているのか?』と尋ねると、『テレビを見ている』と答える。全く、愛想もクソもない弟だ。


「今日はお父さんもお母さんも遅くなるから、出前でも取れだって。」


 弟はテレビに顔を向けたまま、指先だけをテーブルに向けた。その上には手紙とお金があった。察するに、そろそろ出前が来る時間なのでここで待っているだけのようだ。


『ピンポーン!』


 早速チャイムが鳴り、弟が玄関に向かった。そして3人分はある大きさのピザを持ち込み、それを1人で食べながらまたテレビに顔を向ける。僕は椅子に座り、その一部始終を眺めていた。


「そんなに食うの?」


 尋ねると、『食べたいだけ食べて、残りは夜食にするか捨てる』と言う。弟は小学5年生。つまり小百合ちゃんと同級生だ。しかし全く違う人間に見える。だけど今時の小学生を考えると、弟の姿の方が正解なのだろう。


「小百合ちゃんって子、知ってる?」


(!しまった!)


 家族には黙っておこうと決めていた彼女の事を、思わず口にしてしまった。


「下の階に住んでる奴だろ?知ってるよ。隣のクラスの女子だから。」


 焦る僕を気にも留めず、いや目にも入れず弟は淡々と答える。2Dが好きだから友達は少ないと思っていたけど、隣のクラスの彼女を知っていたようだ。


「何か…変な奴だって聞いてる。」


 淡々と、素っ気ない口調で話す弟の言葉に耳が尖った。顔は、まだテレビの方を向いている。


「変って…何?」


 僕は尋ねた。平静を装っていたけど、心臓はバクバクと音を鳴らし始めていた。


「兄ちゃんが知ってるんじゃないの?一緒に遊んでるじゃん?」

「!?」


 その言葉に大きく動揺する。心臓は激しく動き過ぎて、止まったかと思った。彼女と遊んでいる事を知っているのだ。冷静に考えると無理もない。勉強会は彼女の家で、妖精探しは山で行っているけど、最近始まった妖怪探しや小人探しは、時としてマンションの敷地で行われているのだ。見られていたのだ。

 また弟曰く、家に深川さんが遊びに来た事があって、母親に小百合ちゃんの話をしていたのを、通りすがりに聞いたらしい。いつも部屋で閉じこもっているのにタイミングが良過ぎだ。


「………あっ、いや…。その…。」


 僕はまだ、平然を装っているつもりだ。


「いや…さっ、最近、相手してあげるんだ。彼女が遊ぼって言うもんだから…。でっ、でもあの子が、お前と同い年ってのは知らなかったな…。妖精や妖怪を信じているんだ?…あの子…。」


 彼女が、実際の年齢よりも幼く見える事を利用した。いや、悪用した。


「あいつも5年生だよ。」


 心配を他所に、弟の返事は依然としてシンプルだ。それでも僕はアピールを続けた。


「お前と同い年なら、やっぱりあの子、変…なのかな?…変だよな?」


 そう尋ねた。僕が現実的な人間であると証明したかった事と、同い年なら、弟には小百合ちゃんがどう見えるのかが気になった。きっと弟は、変な子だと思っているに違いない。少なくとも周りは、変だと言っているのだ。


「…知らない。」


 だけど、それが返事だった。


(『分からない』でもなく、『知らない』…か…。)


 今の返事だって、こっちを見て話してくれなかった。


「そうか…。」


 僕はそう言い残し、自分の部屋に戻った。


 ベッドに腰を下ろし、天井を見上げながら今の会話を振り返る。頭の回転は遅かった。色々考えようとしたけど、何を考えたいのかが分からなかった。彼女が変だと思われている事は想定内の事だったけど、やっぱりショックだ。弟の、素っ気ない返事もショックだった。余りにも他人に無関心だ。彼女に対しても、僕との何気ない会話にも…。それが今時の子供なのか?


(それにしても、弟に彼女と遊んでいる姿を見られていたなんて…。気を付けなければ…。軽率だった。深川さんも、うちの母親に彼女の話をしてたそうだし…。)


……。

…………?

………………!


 思い出したかのように応接間に向かう。弟はもういない。食べる速度が早かったのか…それとも僕が思いの他、長い間ふけっていたのか?既に自分の部屋に戻った様子だ。

 息を整え、弟の部屋をノックする。


「……。」


 返事がないので部屋の扉を開けた。弟は既に、テレビゲームに夢中だった。


「あのさ…。」


 最初は小さな声で呼んだけど、返事がないので大きな声を出した。弟は、扉をノックした事も部屋に入った事にも気付かなかった。だからと言って大声に動じる事もなかった。


「深川さん…小百合ちゃんの話を、母さんにしたんだ?」


 僕は尋ねた。弟は、最後までこっちを見てくれないだろう。ずっとテレビ画面を見ながら会話を続けている。


「夏休みに、2人が台所のテーブルに座って、楽しそうに話しているのを見た。」

「…で?」

「小百合って声が聞こえたから、『ああ、あいつの話か』と思った。」

「なるほど。…で?」

「『でっ?』って何?それだけだよ。」

「………。」


 本当に素っ気がない奴だ。


「いや、だから…何て言うのかな?母さんは…何て言ってた?」

「知らない。隣を通り過ぎた時に、小百合って声が聞こえただけだって。」

「あぁ…そうか…。」


 最後まで愛想がない弟の背中を見た後、僕は諦めて部屋に戻り、さっきと同じ姿勢を執った。

 うちの母親は既に、小百合ちゃんの事を知っている。僕が遊び相手だと言う事も知っているのだろうか…?母親が深川さんと話したのは、夏休みの間だ。つまり僕が、彼女の遊び相手になった後の事だ。(まぁ…越して来た当日から遊び相手なのだが…。)

 うちの母親は厳しい人だ。小百合ちゃんの妄想なんて信じないし、馬鹿にしているかも知れない。補修授業を受けた理由は小百合ちゃんだとして、嫌っているかも知れない。さっきまでは弟の反応が気になったけど、今は、うちの母親が僕をどう思っているのかが気になる。…怖い。だからと言って僕の方から母親に、彼女の話をするのは難しい。


「博之~!」


 その時、扉の向こうから母親の大声が聞こえた。体は一瞬にして硬直し、母親より大きな声で返事した。…何を聞かされるのだろう?


「?」


 返事したにも関わらず母親が部屋に入って来ないので、怒られた子供のように急いで部屋の外に出た。母親は応接間にいた。肩の力は、全く取れていない。


「あんた、晩御飯どうするの?出前でも頼んでって、手紙書いてあったでしょ?」


 母親が、テーブルにあったお金を片手に尋ねる。


「あぁ、そうだね…。うん、出前じゃなくて、コンビニにでも行って来る。」


 ほっとしてお金を受け取り、財布も手にして外に出た。

 コンビニまでは、自転車でも往復で15分は掛かる。その距離を歩く事にした。散歩をしながら色々考えたかったし、それよりも先に、頭と体に張り付いた緊張を解きたかった。今日の夜空は星が綺麗で、散歩も気分が良いものだとも思った。


 コンビニまでの下り坂を、ゆっくりと歩く。外灯の数も増え、建物から漏れる明かりも手伝って、辺りが次第に明るくなる。

 コンビニの、強い照明の下まで足を運んだ。もう、空を見上げても星は見えない。


 店に入って、色々と物色する。普段は食べないお菓子の棚にも目を配ってみる。買うつもりはなく、気を紛らわしたかった。

 ふと、子供用のお菓子に目が行った。トレーディングカードがおまけで付いてくるお菓子だ。箱の裏にはドラゴン、魔法使い、騎士、スライムなどの、冒険RPGに登場する人やモンスターの絵が描かれていて、この内の何らかのカードが1枚、箱の中に入っている。

 もっと詳しく見てみる。『対象年齢』と書かれた部分には『5才~』と書かれていた。つまり年齢の上限は…制限されてない。


(………。)


 お菓子をショッピングカートに入れる。お弁当や炭酸飲料、水着のアイドルが表紙を飾る雑誌も放り込み、レジへ向かった。


「いらっしゃいませ~!」


 大学生ぐらいの定員さんが愛想良くカートを預かる。彼の顔色を伺った。お弁当をレジのリーダーで読み取り、炭酸飲料を読み取り、雑誌を読み取った。そして…最初に入れたお菓子をリーダーで読み取った。


「お会計、2,345円になります。」


数字が並んだ!(いや…だからどうした?)狙いはそれではない。定員さんが、買った物にどんな顔色をするのか気になったのだ。だけど表情は変わらなかった。店員として、客のプライバシーには干渉しないためだろうか?それとも弟みたいに、関心がないだけなのか…?僕の見た目は既に中年である。背丈も高く横幅も広い。部活を止めたせいで、お腹も緩やかな曲線を描き始めている。そんな格好の男が、グラビア表紙の雑誌を買う事は珍しくない。しかし子供のお菓子には、少しでも目が曇るのではないか?と思った。

 店を出て、もう1度お菓子の箱を眺める。改めて確認する。やっぱり…対象年齢に上限はない。


「………。」


 袋に入れ直し、次第に外灯がなくなる道をゆっくりと登って帰った。

 食事は部屋で済ませた。食後には大好きな炭酸飲料を一気に飲み干し、長いゲップと共に体をリラックスさせた。色んな意味で、体の重みが取れた気がした。

 雑誌は適当に目を通し、食べもしないお菓子の箱を開ける。入っていたカードにはドラゴンの絵が描かれ、背景は金色と銀色でキラキラと光っていた。説明にはプレミアカードだと書かれている。滅多に手に入らないようだ。だけどカードを収集している訳でもない僕はテンションを上げる事もなく、ただただドラゴンの絵を眺めた。


(このドラゴンは、実在するドラゴンなのだろうか…?)


 これまでに得た知識で推測してみる。多分このドラゴンは、お菓子会社が勝手に作り出したキャラクターだ。昔から語り継がれているドラゴンとは違う。存在している可能性は、皆無に等しい。だけどこのドラゴンが実在すると信じる人が現れ、そんな人が増えれば増えるほど、この世に溢れる気やエネルギーが感化され、空想上のドラゴンが実在する事になる。それが妖怪である。小百合ちゃんの母親からそう教わった。

 しかし到底、鵜呑みに出来る話ではない。そもそも本に載っているドラゴンが、実在すると言う話も信じ難い。橋本に言われた言葉を思い出す。肝に銘じてみる。だけどやっぱり今の今でも、僕は『信じる』事が出来ない。『いたら凄いな』と思う希望で精一杯だ。


 僕は今日、弟で試した。コンビニの定員さんでも試した。僕が、超能力や幻想の生物を信じているのかを…。だけど試した結果は、信じる信じない以前の話だった。僕は彼らの顔色を、ただただ伺った。自分の気持ちを確認する前に、他人の目線が気になったのだ。




 翌日、だるい体を起こして台所に向かった。寝起きが悪い。冷たい水をコップに注ぎ、一気に飲み干す。炭酸飲料でも冷水でも、喉を潤したい時は一気に飲み干して、胃に行き渡る感覚を楽しむのだ。


「博之!!」


 母親の怒鳴り声だ。驚いた僕は水を吐き出し、咳も出して顔を真っ赤にした。


(どうして?朝早くから、怒られるような事はしてない。)


「あんた、こんなもの買って!」


 また母親が勝手に部屋に入ったらしく、何かを見つけて怒っている。


(トレーディングカードだ…。)


 来る時が来た。母親は、僕が小百合ちゃんと遊んでいる事を知っているはず…。

 言い訳をしたいけど、何を言っても母親には通じない。幻想的な言い訳をしても現実的な言い訳をしても、母親の前では全て、『聞きたくない屁理屈』でしかない。それでも何かを言わなければと焦る僕に、母親が近づいて来る。

 果たして僕が、言い訳したい事は何だろう?守りたいと思うものは、一体何だろう…?『小百合ちゃんを、変な子として見て欲しくない』?『小百合ちゃんは変な子だけど、僕は正常だから』?『深川さんは誤解してるんだ。彼女は、そんな子じゃないよ』?

 『超能力なんて、存在するはずないじゃないか?』……?いや、これは今関係ない。


 結局何も言えないまま、母親の暴力を受ける。本か雑誌を棒状に丸めた物で頭を叩かれた。角が当たったようで、必要以上に痛い。


「こんなもの読む暇あったら、もっと勉強しなさい!今学期で赤点取って追試でも受けたら、母さん許さないからね!」


 母親が棒状の何かを広げて見せつける。昨日、コンビニで買った雑誌だった。


「何だ…。雑誌か…。」


 安堵で口元が緩んだ僕を、母親が鋭い目線で睨む。最悪のシナリオには至らなかったけど、頂けない態度を執ってしまった。僕は『分かった』とだけ言って、そそくさと部屋に戻った。

 新しい週の始まりが、母親の暴力で幕を開けるのは気分が良いものではない。だからと言って、暴力がOKなタイミングなんて何処にもない。とりあえず、赤点だけは取らないでおこう…。




 登校中、校門より遥か前で、後から誰かに叩かれた。叩いた本人を見る前に、カバンに書かれた悪趣味な落書きが目に入った。


「何だ…白江か。」


 彼は僕を恨んでいた。お調子者の彼は橋本がオカルト雑誌を読んでいた事を、クラスの皆がいる場所でからかった。僕は橋本のSOSを見る前に、彼の話を否定した。だからと言って彼が嘘つき呼ばわりされた訳ではない。クラスメイトは皆、白江をそんな人間だと見ている。橋本をからかえなくなった事に腹を立てているのだ。大体彼も彼で夏休み中の出来事を、最近まで温めていたと言うのは悪戯が過ぎる。


「何だじゃないよ!何でお前、橋本がオカルト雑誌読んでたの、読んでないって言ったのさ?」

「別に良いだろ?橋本は他人に話したくなかったみたいだし。それをクラスにばらしたところで、お前に得がある訳でもないし…。」

「何?あいつの肩持つの?」

「肩持つとか、そんなんじゃないだろ?お前が騒ぎ過ぎなんだよ。橋本が呪術に関心があるってのが、そんなに不思議で騒ぎ立てる事か?」


 彼はまだ、橋本の関心が超能力だと言う事を知らない。呪術に関心があると言うよりも超能力に関心があると言った方が響きはマシだけど、それを彼に言う必要もない。最初から、『橋本は雑誌なんか読んでいない』と言った方が簡単なのだ。


「大体、オカルト度はお前の方が上だろ?からかったって、変に見られてるのはお前じゃないか?」

「変な目で見られる人間を、増やしたいんだよ。」


 説教染みた事を言うと、彼は不気味な笑みを浮かべながらそう答えた。冗談ではなく、本心でそう思っているはずだ。彼はオカルトに対して、誰よりもポジティブな人間だ。カバンの落書きが証明している。


「変な目で見られる人を増やしたいって…どう言う事?」


 言葉の意味を尋ねる。


「だって、それって個性じゃん?オカルト好きで何が悪いんだよ?誰もが現実離れした事考えて、夢みたり想像力膨らましたりして、それが楽しいんじゃないか?『そんなの信じない』は構わないよ。だけど『関心ない』ってのは、余りにも寂しいさ。童心っていうか、好奇心って言うか…それがないのは、人として足りないって。」

「……。」

「でも、そう言える人が変に見られる。悲しい現実だ。だけど変な人ばっかりになったら、今度はそれが普通になるんじゃないのか?」

「……!」


 僕は立ち止まり、改めて白江の顔を見た。彼は僕の目線を不思議がっていた。


「お前らしいよ…。」


 少しだけ目を合わせた後、溜め息混じりにそう言った。これでも褒めたつもりだ。嬉しくもあった。頭の中のごちゃごちゃが、一気にすっきりした気分になった。彼と友達になった理由を、今日やっと実感したような気がする。

 何かの存在を信じる。そして信じない。その両極端な判断に、僕は宙ぶらりんになっていた。どちらかに付かなければいけないと思っていた。だけど白江はもっとシンプルで、その中間の、あやふやだと思われる場所にどっしりと腰を据えている。(カバンの落書きを見ると、この考えも左右に揺さぶられるけど…。)彼は多分、うん…多分、一番普通なのだ。引越しする前の世界と、してからの世界…。出会った人達のせいで、何かが大きく変わった。でも彼は、引越しする前の世界の人間だ。


「お前ひょっとして、これ要る?」


 カバンの中から、ある物を取り出す。昨日、見事に引き当てたトレーディングカードだ。


「え!?お前がどうして、それ持ってるの?」


 カードを前に、彼の目つきが明らかに変わった。


「昨日、お菓子を買ったら当たったの。お前にあげるよ。」


 僕の言葉に、彼が大きく喜ぶ。神輿を担ぐかのようにカードを高々と持ち上げ、奇声を上げて飛び跳ねた。周囲の目を気にする事なく、子供が食べるお菓子のおまけを喜んでいる。どうやら彼は、カードコレクターのようだ。


(これが正解なのだ。この喜び方が、普通の人の反応なのかも…。うん…多分…。そうなのだろう…。)


…。

……。

………そうなのか?


 喜ぶ顔を見てそう思おうとしたけど…やっぱり違う。はしゃぎ方が尋常じゃない。周りの迷惑を考えないで飛び跳ねている。側にいる僕までが、変な目で見られている。

 はっきりした!やっぱり、こいつは普通じゃない!是非の真ん中にいるかも知れないけど、その座り方に気合いが入り過ぎている。


「お前、喜び過ぎだって!たかが子供のオモチャで、そんなに跳び回るなって!」


 強い口調で注意すると、彼は飛び跳ねるのを止めた。僕と少し距離を取った場所で、何故か中腰のままこっちを見た。まだ飛び跳ね足りないのだろうか?


「お前、知らないの?」


 未だ低い体勢の彼が尋ねる。


「?何を?」

「このカード、マジでレアもんで、生産数50枚の限定カードなんだぜ?」

「だから…何?」

「このカード、欲しい人に売れば5万円は下らないんだぜ?」

「!!」


 僕が息を呑むと、彼は一目散に校門へと走って行った。中腰の姿勢は、僕から逃げる為のものだった。僕は形相を変え、彼を追い掛けた。


「返せ~!!」

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