俺、今、女子リア充

時野マモ

俺、今、女子リア充

第1話 俺、今、女子リア充

 今週の最後の授業が終わり、しかしまだ帰れない。学校が終わったとも終わってないとも言える、そんな曖昧な時間。

 帰りのホームルームに担任がやって来るのを待つ金曜の教室。

 それは、俺の嫌いな場所、時間であった。

 なぜなら、そんな場所、時間に満ちるのは、まさしくもさもしく、あくまでも浅ましい、この浮世の騒がしさだからなのだった。

 ——長い一週間の授業が、やっと終わったのだと言う開放感。しかしまだ学校が終わったわけではないそのもどかしさが作り出す焦燥感。

 その二つの感情に挟まれて、この場所、この時間はとても騒然たる有様であった。

 だから、俺は、まわりにばれないように、そっと、小さな嘆息をした。

 まったく……ここは、くだらないおしゃべりに満ちた、浮ついた場所であった。

 週末に、どこか人が多く五月蝿そうな所にわざわざ出かける予定とか。どこぞのクラスの誰かと誰かがくっついたとか離れたとか。なんか本当に俺にはもう、何か、まったく、どうでも良い話。

 わざわざ休日に人の多くて疲れる場所に行く。ましてやそれをうらやましがって欲しそうに言う奴の神経は待ったく理解できないし、自分に何も関係ない連中がくっついたとか離れたとかでキャーキャーいってる連中の神経に至っては理解しようとする意欲さえおきないのだった。

 ——ああまったく騒々しい。嘆かわしい。

 君たち学生の本分は何と考えておりますか。学校は騒ぐ場所でないと小学校の時にでもしつけられなかったのですか……

 ——特に、リア充女どものかしましさときたら、耳を覆うばかり。

 まあ、覆った耳にも聞こえるようにこいつら自分のリア充自慢を大声でしゃべっているのだろうけどな。

 特にこいつ、

「ねえ、美亜って明日の土曜日って空いてないの」

 となんか鼻にかかったような声で自慢げに言うのは和泉珠琴。

「ああ……空いてるかな? どうかな? 家に帰ったらママに聞いてみなくっちゃ」

 と答えるのは喜多見美亜。

「ママ? ……って、美亜ってそんな家族第一だったかな、なんかいつも家族の予定なんてぶっちぎって遊びまくっていたじゃない?」

と横から突っ込むのは生田緑。

 この三人、クラスの女子カーストトップスリーの会話だった。

 女帝と陰で言われるカリスマ性抜群のクールビューティ生田緑。

小悪魔系と言うか本当に悪なことも平気でやってしまうけど、ゆるふわ系の外見で相手をなんとなく籠絡してしまうと言うずるい女の和泉珠琴。

そして、この二人に突っ込まれてたじたじになっているのが、胸の大きさ以外は完璧な外見を持つ美少女の喜多見美亜だった。

 ——何処の誰がどう見ても最高級の美少女と認定するだろう容姿に、そこそこの進学校である我が校で学年十番以内から落ちたことのない頭脳。

 スポーツも万能で、特にバレーは、背が伸びないで今は止めたとは言え、中学までは地区のスターだったと言う——文武両道に秀でた容姿端麗の上に性格も良いというチートリア充が彼女——喜多見美亜だった。

 学業、スポーツ、友達関係——学校でのこいつに隙はまったくない。

 その上、家は、なんでも代々地元有力者を輩出した由緒ある家系のお嬢様と聞くし……

 まったく、なんだよこいつは。生まれ持ったものが抜群に良かったため、たいした努力をしなくても、人生を楽しく要領よく生きて行く——こう言う奴は早いとこ幸せでも詰め込み過ぎで爆発しろ!


 ——と俺はいつも彼女をそう見ていたのだが……


 しかし、俺はある事情から、こいつ喜多見美亜がそんな才能だけで世渡りしているチート女では無いことを知っていた。

 それに、

「あ、いえ……明日はちょっと、家の大事な予定が……」

「大事な予定? 法事かなんか?」

「なに——法事って、珠琴おばさんくさいわよ、その発想」

「なによ、緑——本当にそうかもしれないでしょ。ね、美亜……」

「ええ、いえ……法事じゃないけれど」

 生田緑、和泉珠琴に突っ込まれて喜多見美亜はおろおろしているこれが、このいかにも気弱そうな態度が、実は演技だと言う事も俺は知っていた。

 だが、

「ね、なんとか予定あわせられない? さっき急にきまったのでいきなりになって悪いけど——美亜が来るのとこないのじゃ相手の男子の盛り上がりもだいぶ違うし」

「男子?」

「そうよ。合コンよ」

「合コン?」

 所詮はリア充。

「うん、私の中学時代の友達の彼氏が都内のおぼっちゃま高校なの知ってるでしょ?」

「そうかな?」

「なに……美亜、ぼけちゃって」

「前に興味津々に、根掘り葉掘り聞き出して来たのは美亜の方じゃない。なにかそこからつてできないかって言ってたじゃない?」

「あれ……そうだったかな?」

 なるほど、喜多見美亜——そんなことを頼んでいるとはな。

 この頃いろいろあって、少しは見直しかけていたのだが、結局こいつはリア充ビッチと言うことか。

 そう思い、俺は顔に蔑みの笑みを浮かべるが……

 どきっ!

 振り返ると、俺を鋭い視線で睨んでいるのは——向ヶ丘勇。

 少し訳ありのそいつに睨まれて、俺はあわてて視線をそらす。

「ともかくほら……」

 和泉珠琴はスマホに来たメールを見せる。

「あっちも、明日の土曜なら都合良いんだって。なんでも予定された試合が急に中止になって暇しちゃったから遊ばないかってことらしいわよ——向こうはサッカー部つながりのフリーな男子四人用意してくれるってことだから、こっちも精鋭部隊で望みたいのよ」

 サッカー部?

 おまけに都内おぼっちゃま高校!

 ——げげ、気持ち悪りぃ。

 偏見で物を言うのは控えたいものだが、俺みたいなオタクなぼっちにとっては、その言葉だけでもう逃げ出したい気分になる単語だ。

「なので……美亜」

 和泉珠琴は手を伸ばし喜多見美亜を指差し、ぴしっとしたポーズを決めながら言う。

「あなたは、この合コンに絶対参加して貰いたいの」

「ええ、それは嬉しい申し出なのだけれど……でも……」

「——まあ、まあ、美亜……良く分からないけど家の用事があるかもってのなら、帰って予定確認してからメールでも返してよ——期待してるわよ」

 と、拒否ベースの会話に割って入って、さっとそんな言葉を言うのは生田緑。

 押して駄目だと思ったら、さっと引いて、流れを変える。

 生田緑——この女やはりできる。

 だてにリア充グループのリーダー格をやってはいない。

 ——正直、喜多見美亜程度では勝負にもならず、

「緑……でも私……」

 と言う喜多見美亜の遠回しの拒否くらい、

「さあさあ、話は終わり終わり。ここで考えても結論でないなら……後でメールか電話貰えればいいから、それよりもね……」

 一刀両断で話は終わり。

 喜多見美亜の参加はもう確定事項で、生田緑の関心はもう別の所。

 それは、

「相手は四人って言ったじゃない」

「……ああ。そういうこと」

 女子の人数が足りないってことか。

「こっちは私と珠琴と、美亜が来てもらったにしても、もう一人いるわけ」

 と話を引き継ぐ和泉珠琴。

「その一人、誰を誘うかってこと?」

「そうそう。最初は五月か黒川あたりの元気よい女子を狙ってたんだけど、二人とも明日は用事あるみたいで——誰をもう一人呼ぶのか、これが問題なわけ。やっぱ、サッカー男子攻めるんだからポジション取りが大切なわけよね。キーパーは緑、ディフェンダーは美亜、ミットフィルダーが私って感じしない? ねっ、するでしょ! するとフォワードになる子が欲しいわけよ」

 本気で悩んでる顔つきで和泉珠琴。

 まったく、サッカーのルールもろくに知らないのになにがミットフィルダーだと俺は心の中で悪態をつくが……

 その直後、

「ああ、そうね。珠琴の言うフォワードでなくても良いのだけど、誰が良いのか、美亜の意見も聞かせてほしいわ」

 優しく、しかし試すような顔で言う生田緑の言葉に、俺はぞくっと背中に寒気を感じる。

 ——うわ、怖ぇ。

 俺はその言葉の意味が分かっていた。

 ああ、これはあれだ、只聞いてるだけじゃないな。この答えに誰を選ぶかで喜多見美亜の品格計ってるんだな。

 これは喜多見美亜が——どんな女の子を選ぶかで、自分のグループにふさわしい女と足り得るかどうか試してるのに間違いなかった。

 とは言え、まあ、ちょっとへんな回答したくらいで、生田緑が、自分達のグループに箔がつく喜多見美亜みたいなのを簡単に手放すわけは無いと思うけど、こうやって自分のグループのメンバーでも始終試しながら、損得計算してそうで——怖い女だ。

 しかし——まあ、でも、俺は勢いと感情だけの和泉珠琴よりこっちの方がまだ分かるけどな。

 感情は、感じてるそいつ自身をもあっさりと裏切るけど、計算は悪くても間違うだけだ。

 間違いは直せる何と言っても今の俺の境遇を思えばなんてことはない。

 そして——で……だ。

 それにその計算も——この場合なら間違うわけがない。

 つまり男受けする可愛い子をつれて行こうってことだろ。

 いやこれは計算以前の問題か。つまり「俺」の好みの通り言えば良い。

 男受けする女を選べと言うことだろ。なら男に聞くのが一番。

 ——つまり俺に聞けば良いと言うこと。

 そして聞かれたのだから——喜多見美亜の中にいる「俺」向ヶ丘勇は、迷うこと無く言うのだった。


「百合ちゃん——麻生百合ちゃんじゃどうかしら」と。


 しかし、


「「………………」」


 沈黙……?


 あれ、俺ってもしかしてはずしちゃった?


   *


 俺の発言で会話が途切れ、三人——和泉珠琴と生田緑とそして喜多見美亜の中にいる「俺」向ヶ丘勇——は重苦しい、気まずい雰囲気の中で沈黙してしまった。

 和泉珠琴は信じられないと言った悲しそうな目で俺を見つめ、生田緑は呆れたと言った様子で蔑んた目で俺を見る。

 なんとも耐え難く、また女子スキルも、リア充スキルも皆無な俺としては、この後どすれば良いのか皆目検討がつかずにただ固まって耐えなけれなならないと言うひどく辛い状況の中にあったのだが……

 ——ちょうどその時に、担任が入って来てホームルームが始まったのだった。

 すると、何か言いたそうな二人ともそのまま席に戻り、当番の号令で教室は静かになり、それで……

 助かった。とひとまず、ホッとする、喜多見美亜と言うか……俺と言うか……喜多見美亜の体に入った俺——向ヶ丘勇であった。

 しかし、その、ホッとしてぼうっとしてしまったその瞬間、俺は何かすごいきつい視線を感じる。

 それは、その視線の方に振り返ってみれば——睨んでるのは向ヶ丘勇だった。

 つまり、それも「俺」と言うか俺の体——の中に喜多見美亜が入ったその男子高校生——は厳しい表情で俺を睨みながら口を何やらぱくぱくさせている……

 俺は、怒りながらもかなり焦っているようなその表情を見て、ああ、分かってるよ。俺はやらかしたんだなと悟る。

 麻生百合と答えたことはあの女子たちの何か地雷を踏んだらしい。

 それに気付いた俺は——向ヶ丘勇——ほんの一ヶ月程前まで「俺」だったそいつに、取りあえずすまなさそうに首肯する。

 ああ、こりゃまた放課後に説教だなと思いながら……

 俺——喜多見美亜——元オタク男子向ヶ丘勇——今は女子リア充喜多見美亜は、

 今度は、誰にばれようと構わずに、長く長く、ひどく憂鬱で、大きな嘆息をするのであった。

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