第32話チョコレートパフェ(前編)

 えほんにでてくる、きれいなおしろみたいな、きらきらしてもこもこした、そのしろとくろの、くだものやくっきーがいっぱいのった、おおきなたべものを、ずっとぼくはたべたくてたべたくて、しかたなかった。

 

 ぼくのうちは、『びんぼう』らしい。『びんぼう』ってなんだろう。よくわからない。

 でも、おかあさんが、うちは『びんぼう』だからたべられないといっていました。『でぱーと』にでかけたときに。あのおいしそうな、もくもくのたべものが、いっぱいかざってあるおみせのまえで。

 どうすれば『びんぼう』じゃなくなるのかきいたら、「それはむり」っていわれた。

 きっぱりはっきりだった。

 なんていうことだろう……。

 それじゃあぼくは、あのすてきなたべものを、たべることができないんだ。


 おかあさんは、ぼくがおおきくなったら『かせいで』じぶんのおかねでたべれるようがんばりなさいといわれました。

 おおきくなったらってなんさいだろう。

 しょうがっこうにいったら、たべられるのかな。『かせぐ』ってなにかな。


 おおきくなるまでなんて、まてない。

 ぼくはいますぐたべたい。あのおいしそうな、ほそながいやまをたべたい。

『びんぼう』でもたべれるところってないのかな。

 だからぼくはたびにでたんだ。

 さがしにいこう。

『でぱーと』がだめなら、さがしにいこう。

 ぼくでもたべさせてくれるところを。

 みつけるまでうちにはかえらない!

 そうけっしんして、ぼくはたびにでた。


 ながいながいたびだった。

 あるきつかれて、ぼくはいますぐすわりこみたかった。それに、ねころびたかった。

 でもそれよりもいちばん、ぼくはたべたかった。

 だから、あきらめずにがんばった。

 そうしていっぱいいっぱいあるいた、そのとき。

 とてもあまいにおいがした。

 すごくいいにおいがした。

 ちょこれーとや、くっきーや、ほかにもしらないにおい、でもどれもぜんぶあまくていいにおい。

 そんなにおいが、そのおうちのなかからぷ~んとあふれてきていた。

 めのまえの、どあのなかからあふれてきていた。


 もうおなかがすいてぺこぺこだったぼくは、さいごのちからをふりしぼって、そのどあをあけた。

 

***


「こんにちはー!!」

「! は、はい、いらっしゃいませ!」

 ある日のこと。

 とっても元気の良い入店の挨拶に、慌てて調理場を飛び出した私は――。

 そこに待っていたお客様に、びっくり仰天しました。


「あまいもの、ください!」

 そこにいたのは――いえ、いらっしゃったのは。

 5~6歳ほどの、年端もゆかない、男の子でありました。


「い、いらっしゃいませ……」

 どうしましょう。

 どんなお客様も歓迎する当店ですが、いかんせんこれほど幼いお客様ははじめてです。

 どこかに保護者の方がいらっしゃるのでしょうか。

 そう思い、その子――いえお客様の後ろをちらりとみても、どなたもいらっしゃいません。

 私が戸惑っている間に、

「あまいもの、ください! おねがいします!」

 再度、お客様からリクエストがありました。

 

 その瞳は真剣です。

 燃え盛るほどに、熱い熱い熱気をはらんで、私を見つめています。

 いくら幼いお客様でも、この瞳にお応えしないわけにはまいりません。

 たとえおいくつであろうと、お客様はお客様です。

 それに、本日のお客様は、一心不乱に一つのスイーツを切望しておられました。

 このかたにお出しするのは、これしかありません。

 そんなふうにメニューを即決できたのも理由の一つ。

 お客様を見て、何のスイーツをお出しするか、これほど真っ先に決まりきったことはめずらしいです。


「かしこまりました。お待ちくださいませ」

 そう言って私は、厨房に向かいました。


 さて、お客様の希望にお応えして、存分に腕をふるいましょう。

 ……といっても、このメニューに関しては、盛り付けがその作業のほとんどを占めてしまっているのですが。


 まずは器の準備です。

 逆三角形に、滑らかな曲線を描いた、透明できらきらと光るガラスの器。

 細長く、口は花が開くようにふわりと広がっています。

 

 底に、さくさくとした食感の、香ばしいシリアルをしきましょう。本日のお客様に合わせて、あまり固すぎないものを。

 それから、あまくてとろりとしたチョコレートソースを注ぎます。

 その上に、小さく刻んだ、つるんとした食感の楽しい、寒天をちりばめ。

 香り豊かで、コクの深い、チョコレートのアイスと。

 バニラが優しく香る、懐かしい甘さのバニラアイスを盛り付け。

 ふんわりとたてた、ミルクの風味たっぷりのホイップクリームを可愛らしくしぼり出し。

 仕上げにたっぷりのソースをかけたら、ずっしりと濃厚なブラウニーを乗せて。

 細長く巻き焼いたクッキーとスライスしたバナナを斜めに差込み。


 さあ、これで完成です。

 お客様にお届けしましょう。


***


「お待たせいたしました」

「うわあ、おやま! おいしそう!!」

「チョコレートパフェでございます」


 持っていったパフェを見るやいなや、お客様は目をきらきらとさせて歓声をあげました。

 満面の笑みで、じっとそれを見つめています。

 小さなお客様の目の前にそれを置くと、高さでお顔が隠れてしまいそうです。


「いただきます!」

 お客様はお行儀よく手をあわせると、立ち上がって(そうしないと頂上に手が届かないので)、待ちきれないとばかりに、勢いよくスプーンを差し込みました。

 食べやすさのことを考えれば、取り分けて差し上げたほうがよかったかもしれません。

 ですが、このスイーツに関しては、その盛り付けも魅力の一つ。

 何がでてくるのか、挿してあるもの、重ねてあるものを一つ一つ味わいながら食べていくのが楽しみの一つですから。

 お客様には、自らの手で、食べていただきましょう。


「……あまーい! とろけるの、おいしい!」

 ぽろり、とお客様の目から鱗が落ちました。

 早い!

 そのあまりの早さに、私は驚かされました。

 そんな私の驚きなど気にすることもなく――案の定、お客様は、その大きなスイーツを、自分ひとりで食べられることが嬉しいらしく、大きな瞳をくりくりとさせながら、無我夢中でそのタワーの攻略にとりかかっています。

 今は、ホイップクリームを堪能されているのでしょうか。

「! つめたい! アイス! おいしい~!」

 ふふ、どうやらアイスの部分に到達されたようですね。

「ケーキ、おっきい! チョコレートみたい!」

 ブラウニーは普段よりビターさを控えて、甘めにしてみましたが、気に入っていただけたようですね。

 お客様はおいしいおいしいとはしゃぎながら、一心不乱に、召し上がり続けました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る