第4話 メイドファミレスへ行こう!

 猫娘カレーという強敵に惨敗した俺はトボトボとレジに向かう。

 苦しいと訴える腹を押さえながら、俺はレジ担当の店員に伝票を渡す。


「お会計お願いします」

「はーいっ!」

「……」


 俺はレジ担当の店員――ニナモを見て、声を失う。

 いままでの事を考えると不安にならざるおえない。

 ……こいつがレジとかやって大丈夫なのかよ。


「ふんふんふんごろがし~っ♪」


 だが俺の不安をよそにニナモは謎の鼻歌を口ずさみながらレジスターのボタンを押していく。

 ――どうでもいいけど、あんな猫の手グローブしたままよくレジのボタンを押せるな。

 やっぱりこいつ妖怪だろ。


「はい、お会計がでました!」

 と、ニナモがロリボイスを元気よく響かせる。

「いくらだ?」

「えぇーっと――」

 二ナモはディスプレイに顔を近づけ、そこに表示されている金額を読み上げる。

「100万と飛んで550円ですっ!!」


 俺はすぅーっと息を深く吸い込んで、はぁーっと息を深く吐き出す。

 その動作を何度か繰り返し、俺は極めて冷静な口調で言った。


「……帰れ」

「ふぇっ!?」

「目玉の妖怪が浸かっている茶碗風呂にお湯を注ぎにいますぐ帰れッ!」

「ふえええええっっ!?」

「ふえええええっっ――じゃないッ! あのカレーが100万もするっておかしいだろ!?」

「こちとらアラブの大富豪じゃないんだぞ? そんな金額払えるかよ――弁護士呼べッ!」

「……ふぐぅ」

「なっ、なんだなんだ。そんな顔したってないもんは払えないからな!」


 代金のあまりの高さに冷静さを失って取り乱す俺。

 とそこへ、店の外から千夏がやってきた。


「なに騒いでんの?」

「って、またあんた!? ちょっとなんでニナモ泣かしてるのよ!!」

「待て、泣きたいのはこっちだ。俺を怒る前にレジを見てみろ」

「……レジ?」

 千夏は眉をハの字にしてレジをのぞき込む。

「なるほどね」

「わかってくれたか?」

「ええ、よくわかったわ。悪いけど、ちょっと待ってて――」


 千夏はいまにも泣きそうなニナモの頭をなでて、レジを代わる。

 そしてもう一度伝票を打ち直していく。

 千夏の手際のよいレジさばきを見て、今度は安心して待つ俺。


「猫娘カレー特盛り1550円ね」

「やはり0の数が激しく多かったわけか」


 おかしいとは思ってたんだ。あんな猫の手グローブでレジのボタンを正確に押せるわけないよな、やっぱり。

 俺はそう思いながら、財布から野口英世を2人取り出す。

 そしてそれを千夏へと渡す。

 ――さようなら、俺の英世。


「2000円、お預かりします」


 千夏がレジの会計ボタンを押すと、勢いよく今ケースが飛び出してくる。

 そしてその中にいた英世軍団の中に、俺が渡した英世たちも加わった。

 ――仲間たちと仲良くやれよ。


「はい、おつり。いらないの?」


 俺がくだらないことを考えていると、千夏がおつりを差し出していた。

 俺は慌てて手を出してそれを受け取る。


「どうも。ごちそうさま」

「もったいないお言葉ありがとうございます、ご主人様」

「……」

「なっ、なによ? 私の顔になにかついてる?」

「……おまえ、ふざけてるのか?」

「違うわよ! そういう風に言う決まりなの――だってここ一応メイドファミレスでしょ?」

「なるほど」


 メイドカフェの決まり文句みたいなのがこの店にもあるのか。

 俺がちょっと感心していると、千夏の陰に隠れてこちらの様子をうかがうニナモと目があった。


「――あっ!」

 だが俺と目が合うと、さっとその身を隠してしまう。

「なんだ、そんな露骨に隠れなくてもいいだろ?」

「……さっきは失敗しちゃってごめんなさい」

「んっ?」


 なんだ。こいつもミスしたことを気にしたりするんだな。

 妖怪かと思ってたけど、やっぱり人間のようだ。


「おい、妖怪猫娘」

「……」

「カレーうまかったぞ。すすめてくれてありがとな」

「ふぇ?」

「さっきは大声あげてすまなかったな。普段あまり目にしない数字を見て思わず取り乱してしまった」


 俺は苦笑いを浮かべながら千夏の後ろのニナモにそう言った。

 そして踵を返すと、俺は店のドアを開けた。


「いってらっしゃいませ、ご主人様」

 と、後ろから聞こえてきた千夏のその言葉を聞いて俺は足を止める。

「――千夏、それってマニュアルか?」

「そうよ、なんか文句でもあるの?」

「いや、別に」

「……なんかムカつくわね、あんた」

「あんたじゃなくて、ご主人様だろ?」

「あっ、そうだった。ムカつくご主人様ね」

「おかしいだろ、その言葉」

「たしかに」

「まあいいや。じゃあな」


 俺は開いたドアから外へと出る。

 その途中。後ろからニナモのロリボイスが聞こえてきた。


「お兄さん、また来てね。ニナモ、待ってます!」


            *


「……飯を食っただけなのに、なんか疲れた」


 外に出ると俺の口から自然とそんな言葉がもれた。

 メイドさんがいるからという安易な考えで、こんなところに行くべきではなかったか。 やっぱり俺にはラーメン屋の方が性に合っている。

 メイドさんと話をするよりも、ラーメン屋のオヤジと話している方が気が楽だしな。


「あれ? あんたまだこんなところにいたの?」

 と、店のドアを開けて表に出てきた千夏と俺は再び出会った。

「いたら悪いのかよ?」

「別に。いてもいなくてもどっちでもいいわよ」

「客に向かって、そりゃないだろ」

「だってホントのことだもの」

「ショック――俺、千夏のこと好きだったのに……」

「なッ、なによ! 急に!?」

「はははっ、なかなかのリアクションだ」

「――ッ、人をからかって仕事の邪魔しないでッ!」


 千夏はそういうと俺の横を通り過ぎていく。

 そして手に持っていたチラシを道行く人たちに配り始めた。

 そういえばニナモが千夏はチラシ配りしてるってさっき言ってたっけ。


「仕事がんばれよ」

「――あのさ、本当にそう思ってるなら話しかけないでくれる?」

「おっと、そいつは失礼」


 良かれと思って声をかけたが怒られてしまった。まあ、当然といえば当然か。

 これ以上邪魔するのも悪いし、帰ろ帰ろ。


「あっ、ちょっと」


 と、俺を呼び止める千夏の声が思いがけず聞こえてきた。

 その声に足を止めて、俺は後ろを振り返る。


「んっ、なんだ?」

「あのさ、さっきのことなんだけど――」

「さっき?」

「ほら、ニナモのことよ」

「ああっ、なんか悪かったな。おまえからも俺が謝ってたって言っといてくれ」

「……そうじゃなくて」

「そうじゃなくて?」

「あたしがこんなこと言うのもなんなんだけどさ――」


 なんだ?

 俺はなんとも歯切れの悪い千夏の言葉に首をかしげた。

 と、千夏は小さく息を吐いたかと思うと俺をじーーーーっと見つめる。

 えっ、なに? なんなの? ねぇ!?

 千夏がこれからなにを言おうとしているのかまったくわからない俺は混乱する。


「ありがとう」

 と、千夏が唐突に言った。

「へっ?」


 千夏にお礼を言われたが、そんなことなどなにも思い当たらない俺は目を丸くした。

 あれ? 俺、なんかお礼を言われるようなことしたっけ?

 そんな俺の疑問をよそに千夏は言葉を続ける。


「あの子、みんなの前ではいつも元気にしてるけど裏ではすごく落ち込んだりしちゃうのよ。ああ見えて責任感は強いから、すぐに自分を責めちゃうの」

「だからさ、ニナモの友達としてあんたが最後にフォローしてくれたから感謝してるってわけ」

「ああっ、それでありがとうってことか?」

「まあ、そういうこと」

「――なんだそんなことか。それならそうともっと素直に言えよ」


 俺がそう言うと、千夏は唇を少し尖らせる。


「なによ、素直に言ったじゃない」

「いや、全然素直じゃない。怖い顔してじっと俺を見てたから怒られるのかと思ったぞ」

「うっさいわね。この顔は生まれつきなんだからしょうがないでしょ」

「もったいないなぁー」

「……なにがもったいないのよ?」

「いや、おまえっていい奴みたいだし可愛いだろ。だからもっと愛想よくしてればいいのにもったいないなぁーと思ったんだ」

「悪かったわね、愛想がなくて」

「うむっ、実に残念だ」

「……やっぱりあんたってなんかムカつく」

「そいつはどうも」


 俺は苦笑いを浮かべる。

 ほんとに可愛くないな、こいつ。愛想よくすりゃ店の人気者になれそうなんだが……まあ、それは俺には関係ないことか。


「さて、俺はもう行っていいのかな?」

「あっ、うん。呼び止めてごめん」

「気にするな、じゃあな」


 俺はそういうと踵を返した。

 さて、今度こそ帰ろう。


「――ねえ」


 と、再び千夏が俺を呼び止める。

 なんだ? またかよ……。

 俺はちょっと顔をしかめて後ろを振り返る。


「なんだ? まだ何かあるのか?」

「ぜひまた来てくださいね、ご主人様」

「……」


 なんだ。やれば出来るじゃないか。

 俺はとても愛らしい笑顔を浮かべる千夏を見てそう思う。


「千夏、それもマニュアルか?」

「当たり前でしょ」

「でも――また来てほしいって気持ちは嘘じゃないわ」


 千夏のなんともいえない絶妙な笑顔。

 きっと作り笑いではないのだろう。なんだかとても可愛く見えてしまう。

 ――くっ、悔しいがこいつは一本取られたな。


「わかった。リクエストにお答えしてまたきてやるよ」

「ただし、気が向いたらな」

「うん、待ってる」

「じゃあな」


 俺は千夏にそういい残すと再び帰路についた。今度は千夏も俺を呼び止めたりはしなかった。

 後ろでは千夏がチラシを配る声が聞こえる。そしていつしかその声は聞こえなくなった。

 俺は昼下がりの町をひとり歩く。それがなんだかちょっとだけ寂しく感じられた俺はふとこんな事を思った。

 あそこは俺にはあまり似合わない場所かもしれないけれど、なんだか無駄に騒がしくて楽しい場所ではあった。

 ひとりでもくもくとラーメンをすするのも悪くはないが、誰かと少し会話をしながら物を食べたりするものいいかもしれない。

 よし、これからはメイドファミレスへ行こう!

 ――なんてな。

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メイドファミレスへ行こう! 斉藤言成 @kotonari

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