ターン2「悪ガキ」

 本日も、ぱっかん、ぱっかん――と、薪を割っていた。


 これがけっこう、おもしろい。

 やってると、夢中になる。

 無心になる。

 俺が斧で、斧が俺だ。――の境地になる。


「なー。おまえー。たのしいんか? それー?」


 柵の向こうから声がした。


 さっきからずっと、しらない子が、柵の上に顎をのせて、ずっとこちらを見ていることには気がついていた。

 とくに実害ないし。用もないので。無視していただけだ。


 でもいま話しかけられたので、斧を振るう手を止めて、そちらを見た。


 なに?


「おれもさー。ヤギの乳しぼりやらされるんだけどさー。いやでいやでさー」


 手をわきわきとやって、その子は言う。

 なんかその手つきがイヤらしい。


 あと、〝はな〟が垂れているのも、なんか、ばっちい。

 これまで無視していた理由の一つでもある。


「おまえもサボっちゃえよー。そんだけやっとけば、もういいだろー。バレないぜー。しかられないぜー。へいきだぜー。サボりのプロのおれがいうんだから、ほんとだぜー」


 なにか勘違いされている。

 べつにサボりたいわけでもないし。叱ってくる者もいないし。


 でもまあ……。

 作業場を見まわす。今日、割った薪が、もうだいぶ積み上がっている。

 今日、近くの家に配るぶんの薪は、充分に割っただろうか。


 うっかり夢中になっていると、薪を割りすぎてしまうことがある。

 割る木がなくなってしまって気づくとか。けっこうやらかす。


「おー。そうかー。サボるかー。おまえー。みどころのあるヤツだなー」


 なんか誤解されている。

 まあいいか。

 べつに言われたわけではなかったが、休憩することにした。


「おまえ。名前。なんつーの?」


 名前を言おうとすると――いきなり手を突きだしてこられた。


「おおっと! まだいうなよ! ひとに名前をたずねるときは、まず、じぶんからーってな! おれ! マイケルってんだ!」


 悪いやつではないらしい。

 この子――マイケルが、ちょっと好きになった。

 ちょっとウザいが。


「へー。おまえ。カインっつーの。え? 本当は〝ピコまろ〟がよかったって? なんだそりゃ?」


 やっぱりだめなのかな。ピコまろ。


「カイン……。カイン……。カイン……。ああそうだ。おもいだした。それ昔のえいゆーの名前だぜー。ゆうしゃ? とかいうやつな」


 ゆうしゃ、ってなに?


「だけど。おまえには、ぜんぜん似合ってないなー。ゆうしゃの名前だったら、おれみたいなオトコのほうが、ぴったりだぜー」


 だから「ピコまろ」が、よかったんだけど……。

 てゆうか。マイケル。ウザいよ。


「おまえ。このあいだ村にきたばかりだろー。いろいろ教えてやるぜー」


 マイケルは村の案内をはじめてくれた。

 やっぱりマイケルはいいやつなのかもしれない。


「なにしろおれはこの村の〝めいし〟ってやつだからなー」


 マイケルは難しい言葉をしっている。でも意味わかっているのかな。


「なんでもしってるぜー。みんなおれのことしってるぜー。なんでもきけばこたえてやるぜー」


 やっぱりマイケルは、ぷちウザかった。


「え? あそこの家はなんだって? ありゃ、おまー……、どうぐ屋じゃんよ。いろいろ売ってるぞ」


 売ってるって、なに? どゆこと?

 行くと、なにかもらえるの?


「ばーか。かねだよ。金貨だよ。ゴールドだよ。かねもってかないと、売ってくんねーよ」


 だめなんだ。


「薪割りこぞーのおだちんじゃ、なんにも買えねーよ。〝たびびとのふく〟とか〝ひのきのぼう〟とか、そんな、スゲー装備を売ってんだぞ!」


 おだちん? ……とかゆーの。もらってないよ?

 薪がないとみんな困るから。配ってるだけだ。


「え? マジ?」


 マイケルは目を丸くしている。

 こくこくとうなずいた。


 [はい]


「ばっかだなー。おだちんもらえよー。てゆうか。オバちゃんたち、オニだなー。よしわかった! 村の〝めいし〟の俺にまかせとけ! おまえにちゃんとおだちんやってくれ! って、オバちゃんたちに言っといてやるよ!」


 マイケルは、胸をどんと叩いた。

 プラスとマイナスを、何回か大回転して、いま、マイケルへの評価は――。

 やっぱり、いいやつかな。


 あっちはなに?

 遠くにある民家と違う建物を指さした。

 なにか妙な色の煙があがっている。


「あー。あそこは、まほう屋だなー。いっつも、大鍋で、へんなもん煮てー。なんかよくわかんねーもん売ってるぞー。でも、かわいー女の子がいるんだ。すんげーツンツンしてるけど」


 いや女の子の話はどうでもいいんだけど。


「あっちは、かじ屋だなー。ぶきぼうぐ、とか、売ってんぞー。あそこの子は、けっこう、びじんだ。馬鹿力なのが、〝たまにきず〟ってやつだけどなー」


 〝たまにきず〟とか、意味わかって言ってんのかな。

 あと女の子の話は、どうでもいいんだけど。


 街をつきつぎと案内される。


「あっちの猟師の家には、すんげー、すらっとした女の子が住んでる。弓とか、つかうんだ。あし速いんだ。カワイイぜー? おやじさんについていくから、たまにしかいねーけどー。レアだぜー。レア女の子だぜ!」


 〝レア〟のところを、マイケルは、すごく強調する。


「あっちは教会だー。あそこには、きれいな子がいるぜー。おれたちより4つも上で、9歳で、BBAだがなー」


 BBAってなんだろう?


「でもな。でもな。ナイショだけどな。ここだけの話だけどな。その子――もう、おっぱいあるんだぜー! うおー! 言っちゃったー! 言っちゃったー! うおー! うおー!」


 マイケル……。やめようよ。


「あそこの池のなかの島には、なんか、変な女がいる。いっつもキカイとかいじっているやつ。ひとりごとのおおいやつ。ま。びじんっていえば、びじんだけどなー」


 だから女の子の話は、ほんと、どうでもいいんだけど。


「あっ。そうそう。あそこの木の上には、なんか、びんぼーくさい女の子がすみついてたぞー。おれちょっとああいうのパスだなー。女の子は、こう、イロケがあるか、おっぱいあるか、キレイでないとなー。おまえだってそう思うだろー?」


 しらんがな。


 マイケルに案内されて村の中を回った。

 「村内・女の子マップ」が完成してしまった。


 おない年ぐらいの子が、けっこう、いたんだ。

 べつに女の子であるかどうかは、どうでもいいんだけど。

 すこしうれしくなった。

 大人ばっかりだと思っていた。


 友達になれるといいなぁ。――そう思った。


「よし! 村の案内はしゅうりょーだ!」


 完成したのは「女の子マップ」だったけどね。


「このおれさまが、こんなにしてやったんだ! じゃあ――おまえは、おれの〝こぶん〟ってことで、いいよな?」


 こぶんってなに?


「こぶんっていったら――、あれだ! なんだっけ? えーと……。とにかく、おれのゆーこと、なんでもきくやつ! おまえ! 今日からおれのこぶんな! いいだろ?」


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 マイケルの〝こぶん〟に、なりますか? 「はい/いいえ」?


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