一ヵ月後

「ヒルレーヌとザリーヌは処刑されたそうですよ。他にもあの騒動に関わった人間のほとんどが重罪人として裁かれました……嬉しくないのですか?」

 アイリーンの言葉にエインは何も反応を返さない。

「嬉しくもなんともないよ。僕はただ、許せなかっただけだから……死んだらそれでいい」

「そうですか。ところで、いつまでこの城にいるつもりですか?」

 あの事件から一ヶ月。エインはエル地方領主城に滞在していた。

 ネルゴットはイヴェル帝国との戦闘が終了すると領主城へ急いで戻り、事後処理と同時に、密かに王城へと書状を持たせた早馬を向かわせた。密かにというのは、ノゴ地方領主であるヒルレーヌに気付かれないようにということである。その書状を読んだ王は、すぐさま騎士団を派遣し、ヒルレーヌを捕らえた。

 そして今回の事件に加担した人物が次々と捕らえられ、異例の速さで裁判が行われた。ネルゴットとネミール、さらにアイリーンとエインまで王都での裁判で証言台に立った。そして満場一致でヒルレーヌとザリーヌら事件の主要な人物は処刑されることなる。この時点で二十日ほどしか経過していない。

 そして先日、その処刑が実行された。その知らせがエル地方領主城へ届いたのだ。

「そうだなあ……」

 エインは戦闘が終わると、ネミールへ別れの挨拶もそこそこに、馬へ跨るとあっけにとられる人々をよそに去って行った。放置したままの村の人々を弔うためだ。突然自分を置いて去って行ったエインに腹を立てていたが、数日後村へ行くと無数に並ぶ新しい墓の前で悄然と立ち尽くす姿を見て、ネミールは何も言うことができなかった。

 エインをその場所に一人で置いていくことができなかったネミールは、無理矢理自分が暮らす領主城へ連れて帰った。アイリーンは強固に反対したが押し切った。

 それからエインが何をしているかというと、ネミールに弓矢の扱い方を教えていた。いつかの約束のとおりに。

「あっ! また外れた」

 ネミールは決して筋がよいとは言えなかった。だが何度も諦めず弓を引く。

 城の敷地には弓兵の訓練場があった。ここでほぼ毎日ネミールは弓の訓練を行っていた。それを見守るのはエインとアイリーン。ネルゴットも一緒に見守ったり教えたりしたいのだが、あの戦闘で多くの騎士と第二騎士団長を失ったため、その後始末と騎士団の再編作業でそんな暇は無いのだった。父親のルカールも同様だ。

 口をへの字に歪めてネミールは弓を引き、放つ。外れた。

「もうっ! エイン、全然あたらないよ!」

 地面を八つ当たりで乱暴に蹴りつけるネミールの姿に、自然にエインが笑みを浮かべる。

「もう少し、ここにいようと思うよ。アイリーンが嫌じゃなかったら」

「……悔しいですが、あなたがいるとお嬢様は楽しそうなので。あくまでお嬢様のために」

 膨れっ面のネミールが再び弓を引き、放垂れた矢は放物線を描き、的へ当たる。が、跳ね返された。弓を引く力が足りず、矢が的に刺さるほどの威力が無かったのだ。

 それを見てついにエインは笑い声を漏らし、ネミールは怒りの声を叫ぶのだった。

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雛鳥の少女と孤狼の少年 山本アヒコ @lostoman916

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