第四話

「ふうん。帝国が攻めてきて、それを迎え撃ちに行った母親を追いかけてお城を飛び出したんだ。なるほどねー」

 話を聞き終えたエインはのんびりと言う。

 部屋では暖炉の中で薪が燃える音が聞こえている。喋り疲れたのか、ネミールは話すのをやめてのどを手で押さえていた。それを心配そうにアイリーンが肩に手を置いている。エインは椅子から立ち上がると、隣の炊事場からポットとカップを持ってきた。

「もうぬるいかもしれないし、ただのお湯だけど」

「ありがとう」

 カップに注がれたぬるま湯をこくこくとネミールは飲む。

「気になったのは、領主の奥さん、ネルゴットさんだっけ? その人がすごい魔法使いだって本当なの?」

 アイリーンは露骨に顔を歪めた。

「さんではなく、様をつけてください。ネルゴット様がこの国一番の魔法を使えるのはもちろん本当です。エル領に住んでいながらそんなことも知らないのですか」

「だって見たこと無いし。じいちゃんとばあちゃんは見たことあるらしいけど。そうだ。きみが魔法使って見せてよ。ネルゴット、さまの子供なら使えるんでしょ? それならきみが本当に領主さまの娘だって証拠になるし」

 何気なく言うと、ネミールの表情が一気に曇り、俯いて手元へ視線を落としてしまった。頭頂部しか見えない。アイリーンは刺し殺すような視線でエインを睨む。

「え? 何か怒らせるようなこと言った?」

「あなたはっ!」

「待ってアイリーン。その、お母様みたいにすごい魔法じゃないけど……」

「どんなのでもいいよ。魔法なんて見たこと無いから興味あるし」

 ネミールは目を閉じて何度か深呼吸をすると、手の平を上にして胸の前に掲げた。そこに小さな光が現れる。それは小さな火。徐々に膨らみながら形を変え、手の平に乗るほどの小鳥となった。姿は普通の小鳥だが、全身が火でできている。

 火でできた小鳥を、エインは驚きで目を丸くして見つめた。そんな少年と目が合った小鳥は何度か瞬きすると手の平から飛び立ち、ネミールの肩へとまった。

「すごい。これが魔法なんだ」

 子供のように好奇心で目を輝かせながら小鳥を凝視するエイン。

「すごいや、本当にすごい」

「そんな……お母様と比べたら全然だし……」

「もっと近くで見ていい?」

 ネミールが許可する前にすぐテーブルをまわって近づき、少女の肩にとまる小鳥へ顔を近づける。

「うわあ。本当に火でできてる。これって生き物なの? それに火なのに熱くない。ちょっと暖かいぐらい」

「えっと、これは生き物じゃなくて、えっと、私が生き物みたいに作ったようなもので……その、熱くないのは温度を調節できるから……」

 ネミールの言葉など耳に入らず、エインは熱心に火でできた小鳥を至近距離で見ている。普通の鳥なら逃げる距離だが、小鳥は不思議そうに首を何度も傾げながら少年を見ていた。

「えっと、えっと……」

 ネミールは顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしていた。なぜならエインの顔が近い。小鳥はネミールの肩にいる。それに鼻がついてしまいそうなほどエインは顔を近づけているので、どうしても二人の顔が近づいてしまう。すでに二人の髪の毛は触れてしまっている。エインはネミールの背後から小鳥を見ているのだが、無意識に少女の両肩を手で掴んでいた。はたから見ると、まるでエインがネミールの耳元で愛を囁いているかのようだ。

「あの……」

 エインの息がたまに耳や首にかかり、その感触に身震いし、さらにネミールの顔が赤くなる。ネミールは十四歳。十三歳で成人とされるボラス王国では、この歳で結婚している者も少なくない。貴族となれば生まれたときから許婚がいることもある。しかしネミールは同じ年頃の人間と交友したことはほとんど無く、こんなに近くで異性と接したことも皆無だった。

 初めて異性にここまで近づかれ、ネミールは恥ずかしさと緊張で目まいがしているような感覚を覚えていた。それが気に食わないのがネミールを敬愛するアイリーンだ。

「いつまでくっついているのですかっ!」

 アイリーンの怒号でネミールの体が跳ね、それに驚いたエインは肩をつかんでいた手を離して下がる。


「ごめん。イヤだった?」

「え、うん、そんなことないけど……」

「いいから離れてください!」

 エインは不思議そうにしながら椅子へ戻る。テーブルをはさんでネミールの反対側だ。

「たしかに魔法を見せてもらったからね。きみが本物のお嬢様だって信じる」

「さっきからそう言ってるじゃないですか」

「それでその小鳥は火でできてるけど、何かをもやしたりできるの?」

「う、うん。温度を上げれば普通の火と同じだし、あと火も吹けるし……」

「火を吹くって、口から?」

 目を丸くしたエインがテーブルの上の小鳥を見る。

「小さい火だけど」

「見せて見せて!」

「えっと、その鍋に水をいれてくれる?」

 エンインはスープを食べ終わり空となった鍋に、ポットの残りを注ぐ。

「鍋は金属だから燃えないし……お願い」

 ネミールが言うと小鳥は飛び上がり、鍋の上で止まる。そしてクチバシを大きく開くと、そこから親指ほどの火が飛び出した。それは鍋に張られた水へ真っ直ぐ飛び込み、じゅっと小さな音を出した。

「ど、どう?」

「すごい! 本当に火が出たよ! すごい魔法だよ!」

 エインのはしゃぎように、ネミールは照れくさそうに顔を伏せる。何もしていないアイリーンはなぜか満足げだ。

「本当にすごいなあ。たしかネルゴットさまの魔法って、何百人相手でも勝てるって聞いてたから嘘だと思ってた。けどこれなら本当なんだろうなあ。きみも使えるんでしょ。すごいなあ」

 その言葉を聞いた瞬間、紅潮していたネミールの顔は白くなり、唇に浮かんでいた笑みは消えた。

「どうしたの?」

「私には、お母様みたいな魔法は使えないんです……使えるのは、この小さな小鳥だけで……だから……」

「ふうん。だからお母さんは君を置いて行ったんだ」

 悪気など一切無い言葉。しかしそれはネミールの心に刺さり、唇を噛みしめさせ涙をこぼさせる。慌てたのはエインだ。

「えっ」

「えっ、じゃありません! お嬢様になんてこと言うんですか!」

「アイリーン……いいの」

「ですが!」

「いいから。大丈夫……」

 言い足りない様子のアイリーンだが、ネミールに止められてしぶしぶ口を閉じる。その目は吊りあがり、無言でエインを睨んだままだが。

「何か傷つけること言ったかな?」

「ううん。私がお母様と違って役立たずなのは本当だから」

「役立たずなんかじゃないと思うけどなあ。その魔法があれば火打石無しで火が簡単につけられるし、松明もいらないから両手を使える状態で夜も移動できるし」

「そうですよお嬢様! お嬢様の魔法のおかげで私達は助かったのですから」

 アイリーンの必死の励ましに、ネミールは涙を拭いて「ありがとう」と小さく笑った。

「そうだ。何で二人が城を出てきたかはわかったけど、この家にどうやって来たかは聞いてなかったよね」

「あ、そうだったかな。じゃあ説明するね」

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