パブロ・ディエーゴ・ホセ・フランシスコ・デ(以下略)

「あーごめん。待たせちゃいました?」

 集合場所の駅前のコンビニで、私たちを見つけた聡梨ちゃんがこちらに駆け寄りながら言います。

「いや、そもそも集合時刻前だしな。私もさっき来たところだ」

 先輩が言いました。別にカップルでもないので、彼女は紛うことなき真実を告げています。

 ちなみに一番乗りが八崎さんで、次が私でした。私が来たとき、八崎さんは麻雀の漫画を立ち読みしていました。意外だ……。


「それじゃ、行きますか?」

「最初は美術館からですね」

 私が促すと、八崎さんは漫画を棚に戻して言います。今日はサークル『ピトルス』の活動日。活動内容は四人でどこかに出かけることです。今回はミュージアム巡りとなります。

 最初の目的地の美術館ですが、ここからだと快速電車に十五分ほど乗って、隣の市まで出かけることになります。そこそこ名の知れた美術館であり、今のところ私の期待値は今回の目的地の中でも最も高いものとなっています。

 なにより我が大学はこの美術館と何らかの提携をしているらしく、学生証を見せれば入館料はタダになります。これほど素晴らしいことはありませんね。

 美術館の後はその近くにある自然史博物館を見ることになっています。その後、またこの街まで戻って来て、県立博物館を見学予定です。面白い発見があるとうれしいですね。

 何だかんだで四人とも知識は好物であるので、よい一日になるのではないでしょうか。


 さておき、我々は改札にICカードをかざし、通過します。これは地元では出来ない芸当ですよ。

 いざ快速に乗り込むと、ボックス席がちょうど四人分空いていましたので、そこに腰かけます。

「さて、例の美術館には何があるだろうね?」

 先輩の言葉に答えられる知識は、私はあまり持っていません。この場で答えられるほぼ唯一と言える作家名を答えました。

「えーと、確かグレコがありますよね」

「何だっけ、受胎告知?」

 聡梨ちゃんが絵のタイトルを答えてくれました。受胎告知はいろんな画家が何枚も描いているテーマみたいで、グレコもその一人。

 受胎告知とは、マリア様が天使から神の子の懐妊の告げられるエピソードのことですね。

 さて、エル・グレコです。ギリシャ人El Grecoというあだ名で知られる彼は、確か16世紀から17世紀くらいの画家です。

 門外漢な私が高校の世界史の資料集で彼の絵を観た感想は、「何だか陰影に不思議な迫力があるなあ」というものでした。

 これから向かう美術館にはそんな彼の受胎告知があるという話です。地方では中々お目にかかれないレベルの代物だとか。

「他にも、モネやピカソ、ゴーギャンにルノワールにセガンティーニとよりどりみどりみたいですよ。彫刻ならロダンもありますし、分館には現代アートや東洋美術も収蔵しているみたいです」

「ほお、八崎は予習に余念がないね。ガイドは八崎に頼もうか」

 先輩の言葉に八崎さんはちょっぴり照れたように頬を掻きながら答えました。

「ネット以上の解説は出来ませんよ?」

「何、ピカソのフルネームをそらんじてくれとは言わないよ」


 私はそっとスマホを操作してピカソを検索します。フルネームはっと……。なんだこれとんでもなく長い。余りにも長いので、この備忘録の余白はそれを書くには狭すぎます。

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不思議なこの日常 鹿江路傍 @kanoe_robo

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