お月様が見ている

 いきなりですが、我が親友の玲子ちゃんはダメ人間です。悪い子です。


 そんな玲子ちゃんが私に押しつけて来たものがありました。これです、おタバコです。中にはまだ十本ほど残っています。

 財布を忘れた玲子ちゃんに昼食をおごったら百円ライターと共にもらいました。いや私タバコ吸いませんし。いらないと言ったのですがねえ。彼女のことは未だによくわかりません。まあ自分のこともよくわかってないのでしょうがないですが。


 さて私は真夜中の跨道橋こどうきょうにいました。真下には高速道路。トラックが走り抜けていきます。この跨道橋まで来て家へ引き返すのは、たまにやる真夜中の散歩の定番コースの一つです。

 家でタバコを吸っていよいよグレたのかと思われても何なので、試しにここで一本吸ってみましょう。若干の好奇心と、もはや流行らない格好いい大人への不思議な憧れによります。

 玲子ちゃん談だと、火を点けるときに息を吸うんですよね。タバコを咥えて、ライターの火に近づけて息を吸い込みます。


 盛大にむせました。


 玲子ちゃんはよくこんなもんをぷかぷかやれるもんです。今日のお昼を食べたパスタ屋さんには禁煙席しかなかったんで吸ってなかったですけど。

 しょうがなくタバコを手先でもて遊び、たまに煙を口の中にだけ入れてすぐ吐いたりしながら、眼下を見下ろします。

 すうっと伸びていく光の点の間を、ヘッドライトを照らしたトラックが行き交います。トラックばっか通りますねー、運転手さんはご苦労様です。


 数分が経って、短くなったタバコの火を地面のアスファルトで消します。跨道橋の袂、停止線のすぐそば。

 月明かりが薄らと白い停止線を照らします。少し剥げてしまった停止線と止まれの文字ですが、静かに佇んでいました。

 毎日のように踏みにじられ、体中を削り取られながら彼らは日々職務を全うしているのです。

 雨の日も風の日も、照りつける太陽も凍える夜さえ、ものともせずに。

 少しの間、彼らの生き様に思いを馳せます。到底私には真似できません。


 そんな止まれの文字と停止線を、半分だけのお月さまが見守っていました。


 さて、手元には火の消えたタバコがあります。携帯灰皿なんて持っていません。どうしましょうか。

 …………まあ、ポイ捨てはよくないですね。お月様も見ていることですし。大人しくこのまま持ち帰りましょう。

 さて、家に帰ったら手を洗って――シャワーも浴びましょうか。一先ずこの匂いをどうにかしなくては。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る