ある自然保護区で発見された手紙その2 ―ユニコーンさん
親愛なる母上様へ。
こちらは二枚目です。
なんらかの手違いで一枚目とバラバラになっていたら混乱しないよう、取っておいて後で読むようにして頂けるといいんじゃないか、と思います。
読んでいただいても構わないですが、さすがに母上様の知恵熱の責任は取りませんし取れませんよ。悪しからず。
ユニコーンさんについてのお話です。
「……以前であれば、近づくまでもなく相手の処女性がわかったのだ。それが、よりにもよって息子から指摘されてようやく気付くほどに、曇っているのだよ」
深々とため息をつかれてしまいました
身内からの指摘というのは、こと当たり前にできていた分野においては突き刺さるものです。経験はないですが、痛いほどに理解できます。
……処女センサーとかいう話題でなければ、もっと話しやすかったのでしょうけれど。
ですが、私は所詮人の身。
魔法などもつかえないですし、そういった治療はできないことを伝えようとしました。
それを期待されているのであれば、応えられません。
しかし、言葉の途中でユニコーンさんにさえぎられてしまいました。
「いや、治療に関しては期待しておらんよ。来る前にエルフの治療師を訪ねたからな……怪我は治せても、若返りの秘術などないと言われてね」
それもそうでしょう。
一人納得してしまいました。
そして、私の所に訪ねてきた理由も腑に落ちてしまいました。
……エルフの治療師というのは、いつも面倒を見てくれるお姉さんの大親友です。
「そして、君を紹介されたというわけだ」
どうして私を紹介したのかは分かりませんが、自分の手に負えないことをどう扱うのか、好奇心のための駒にされてしまっているような気がしました。
多分、母上様のご友人と同じタイプです。
「神は超えられない試練を与えられない」と、都合のいい所だけ他教の良い所を持ち出してくるような、理由を付けて他人に無茶振りをしてくるような。
しかし参りました。
多分治療師の言うように、処女センサーなる機能が加齢とともに衰えたのでしょう。
そこは、人間とて同じところ。
今まで同年齢同士の相談ごとには乗ってきたとはいえ、老いに由来する心に寄り添えるかと言われれば、答えはノーです。
彼を受け止められる存在が必要と踏みました。
その悩みを奥さんや家族に話せるか、と聞いてみます。
「話せるものかね! ユニコーンにとって死活問題になる部分だぞ! 嫁に失笑される、息子に嘲笑されるのは目に見えているじゃないか」
怒られてしまいました。
人間からすれば「性」にあたる部分なのでしょうか。
それとも「生」にあたるライフサイクルなのでしょうか。
……知らないことが多すぎますが、いずれにしても気軽に話せる悩みではなさそうです。
と、すれば同様の症状を抱えている友人と話をする……そんな方向で提案してみることにしました。
しかし見た目ではわからないもの。友人とそういった話をしてみるのはどうか、と伺ってみます。
「ふむ……君、面白いことを言うのだね」
今度は、少し意外そうな反応。
感心した、というよりは……自分の想定の外をいかれたような。そんな声でした。
「……自分の弱みを人に話すというのは、隙になるものだと君は思わないのかね」
その言葉で、ようやく私と彼との違いに……そちらとこちらの違いに、思い至ることができました。
死ぬ日まで生きるための生活と、死なないために生きる生活と。
意見も価値観も違うのです。
心理学なんて分野、認知されていなくて当然です。生死に直結しないのですから。
私は、さぞ間抜けな顔をしていたのでしょう。
ユニコーンさんは、私の顔をじっと見た後大いに噴き出してらっしゃいました。
私のベッドが、くしゃみの余波でぬめります。
寝心地がよくなったベッドをよそに、ユニコーンさんは一度顔を震わせて、
「いや、失礼。君のいた世界は平和だったようだね」
と、愉快そうにつぶやきました。
その言葉を、噛みしめるように反すうされるユニコーンさん。
じっと私を見つめる顔は、後にも先にもない……涼やかな表情でした。
だったと、思います。
……馬の表情に詳しくないですし、そもそも正面から見つめられると目が左右にあるのでどこを見ていいかわからなくなるのですが。
それでも、伝わる気持ちは爽やかな風が吹くような心地よさで。
「……その平和の理由が対話にあるのだとしたら、試してみるのも悪くないな」
——どうせ若くない命だ。
そんな彼のつぶやきを……私には聞き損ねたフリで受け流すしか、できませんでした。
戸惑いがきっと、彼にも伝わったのでしょう。
「占い師でもない者に隙を見せるというのは……確かに、心が軽くなるものだな。正直墓まで持っていこうと思っていたのだが」
などと、少し軽快に口に出し、ユニコーンさんが立ち上がります。
「……吾輩は神を好かん。だからそれに解決を投げる占い師も好かん」
ひづめを鳴らしながら、ユニコーンさんは出入り口に向かいます。
「君の言葉は……吾輩に対等であろうとする心を感じた。だから——」
たてがみを揺らし、角を勝手口ののれんに器用にひっかけて、私を振り返るユニコーンさん。
逆光に照らされたコントラストの美しさは、今でも思い出せます。
「——君のこれからに期待している」
多分、笑ってくれたんだと思います。
鼻息を一つ残して、来た時と同様に帰って行ってしまいました。
それが嵐のような、最初の患者さん……ユニコーンさんとの初めてのお話です。
……そのあと一日は、ベッドの洗濯と細かいユニコーン毛取りで潰れました。
ユニコーンの毛って猫毛よりも始末が悪いみたいです。
母上様ももし会う機会があれば……若いユニコーンには近づけないと思いますが……触らないように、気を付けてあげてくださいね。
まして、布教はよしてください。
多分蹴られるか突かれます。
それは殉教ではありません。
犬死にに近いものです。
見えてる地雷は踏みに行かないに限りますよ。
そのためにまず一歩、今まさに貼ろうとしている神シールをまとめて焼却炉にくべるところから始めませんか?
多分、焼き芋くらいはできるはずです。
あるいはゴッドに話が通じるとして……「詫びチートはよ」とお伝えください。
意味ですか?
わからなくても大丈夫です。
神は「全知全能であらせられる」のですから。
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