ある自然保護区で発見された手紙その1 ―ユニコーンさん

――今は亡き古森ふるもり夫人の消息不明となったご子息から、夫人宛てに送られたと思われる手紙から抜粋、再編する。この手紙はある自然保護区を視察団が訪れた際、ライオンによって食べ散らかされた草食動物の亡骸の中から発見された。早ければ見つからず、遅ければ風雨に曝されていた、奇跡的なタイミングであったと発見者は鼻息荒く語っていた―――





















親愛なる母上様へ。


 こちらは爽やかな風が心地よい季節となって参りました。

なんでもそちらの世界でニワトリに相当する生き物が逃げ出したらしく、昨日一日はエルフのお姉さんがブルーでした。おかげで午後は丸々彼女の相談で潰れました。嫌ではないんですが、女性特有の愚痴ループ突破方法をそろそろ学ぶ必要ができたと思います。


 母上様におきましてはそろそろあの紙束「月刊 神のMIWAZA」を解約されていることと期待しております。


 嘘です。多分山積みになっているのでしょう。

読みもしないのに買うくらいなら寄付してください。

いえ、寄付もせずご自分のためにお使いください。

おいしいものでも食べた方が幸せになれるはずです。


 いかに善良な生活を送ってても、ゴッドの気紛れで災難に遭うんです。

それなら好きに生きた方が、一度しかない人生……楽しめるはずですよ。


 前回の手紙に書いたデュラハンさんは元気にされています。

なんでもあの後すっかり調子が良くなったとのこと。

話して楽になるなんて考えてもみなかったと、生来の……いえ、生前の明るさを思わせる快活な笑顔でお礼に来てくれています。週一で。

多分、話し相手も少ないのでしょう。

種族が種族ですし……。


 さて、今回は私の記念すべき第一患者さん……という言い方もなんですね。

ともあれ、最初のお一人……一匹?

初来院者になったユニコーンさんのケースをお伝えしたいと思います。


 長らく書けなかったのは、なかなかユニコーンさんが尋ねに来てくれなかったので、ケース報告の許可が取れなかったからです。

渋々、といった様子ではありましたが了承いただけたのでお伝えいたします。



 その日は、確か開院してから三日目でした。


 開店休業……閑古鳥が屋根の上にいるようで、お客さんと言えば狩り回りの休憩中に覗きにくるエルフ達ばかりでした。

当然、「心を治すってなんだよ」と、半信半疑な方も中にはおられましたが、概ね皆さん好奇心を向けて来られていました。


「『女なのに弓や剣の腕ばっかり磨く村一番の変わり種エルフ』が拾ってきたみょーちきりんが、突然魔法も使えないのに病院を開くだなんて!」


 ……そんな、これからどう転ぶんだ的なわくわく感があったらしいと、後に伺いました。

当の本人は乗せられるがままオープンしたけどどうしよう、ってとこで頭いっぱいでしたけどね。


 そうしていてもいずれは誰かがやってきて、化けの皮が剥がれちゃうんじゃないか。そもそもただ相談役してただけなのにな、なんて考えも後の祭り。

ただ加工されるのを待つだけの牛になった気分でしたよ。


「おい、ここに悩み事を相談できる人間がいると聞いたのだが」


 牛から人間に引き戻してくれたのは、少しパリッとした中年男性のような声でした。

慌てて振り向くと、入口に立っていたのは……白く、気高いというか誇りに溢れてるというか……角が生えた馬っぽいファンタジーな生き物。

羽はないので、多分ユニコーンだと考えました。

実際それは当たっていたようで、すぐに、


「吾輩は見ての通りユニコーンの一族に名を連ねている者だ。この度は折り入って相談したいことがある」


と、恭しくお辞儀をされました。あんなナチュラルにお辞儀を含む挨拶をされたのは初めてでしたよ。

仮にユニコーンさんとしますが……彼は、もちろん椅子に座ってもらうわけにもいかず……とりあえずベッドに伏せっていただいて、その横に座る形を取りました。


 近くで見るとなおふさふさです。

馬の実物は一度だけ見たことがありますが、それは大きかった記憶があります。

反して、彼はベッドに入りきる程度の肢体でした。

まっすぐに伸びた角は螺旋を描いていて、何やら触れてみたいという欲求を揺さぶり起こしてくるようで。

その欲望に打ち勝てたこと、勲章ものだと思います。


 そうこうしている胸中を知る由もなく、彼は話し始めました。


「……君は、ユニコーンはどういう存在か知っているかね」


 私が知っているのは「気高い存在であること」「清らかな乙女を好むこと」「角に解毒作用があること」であると伝えました。

恥ずかしながら、一般常識の範疇です。


「ふむ……概ねその通りであろう。自身の神聖さを保つために、清らかな乙女を選ばねばならん……という点だけは、誤解があるようだが」


 伝承は繰り返されるうちに変わるものですからね、なんて思って相槌を打っていたら、思わず羽ペンを折ってしまいそうなことを彼は呟きました。


「非処女に触られると全身が痒くなってしばらく引かないんだ」


 アレルギーみたいなもんだったようです。

ちょっと神聖さが霞んじゃうな、と苦笑いをしたんですが……追い打ちをかけられました。























「……悪いことに、前は嗅ぎ分けられたのだが……その、処女かどうかが分からなくなってしまったのだ」


 死活問題ですね。

いえ、辛さは分かるつもりなんですけど字面にすると酷い。

笑いをこらえた当時の私、多分笑ってたら八つ裂きにされていたでしょう。


 ですが、困りました。

私は医者でもなんでもないただの学生です。

期待に応えられるのだろうか……と考えていると、彼は語り始めました。



――二枚目に続く。

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