承、そして会敵

「は、ははは話がッ! 話が違うじゃありませんかッ!」

 地下駐車場を、男の金切り声が震わせる。

 七三分けの黒髪にビジネススーツを着た彼の姿は、生真面目なサラリーマンそのもの。しかしながら彼の名前は表よりも裏社会の方がよっぽど通りがいい。

 人身売買専門の闇商人、はざま英一郞えいいちろうは、取引先兼ボディーガードとなったスキンヘッドの男に食ってかかる。

「きっ、今日の取引は、そちらが絶対安全なんて言うから乗ったですよッ! なのにこれはどういうことですか! なんでそちらが指定した場所にマリアーナがいるのですかッ!」

「ハァ……うるせえな。オレが知るかよ」

 わめらす英一郞に、スキンヘッドの男はうんざりした様子で言い捨てた。

「安全だっつったのはオレじゃねえし。守ってやンだから文句言うな。金なら後で上にせがみな」

「そういう問題ではありませんッ!」

 うるさげに背を向けるスキンヘッド。しかし英一郞は、逃がさぬとばかりに回り込み、いわおのような強面を見上げる。

 共にやってきた同僚たちは、青い顔をして成り行きを見守っている。それはそうだろう。相手は武闘派ヤクザで、二十人近い構成員をまとめるリーダー格なのだ。だが、だからといってこのまま引き下がるわけにはいかない。裏社会でナメられれば、そこで終わる。

「金うんぬんの前に、我々の商人生命がかかってるんですよ!? 昨日の今日で取引に応じたのも、すべてそちらを信頼してのことなのに! あああああ、マリアーナまで来たらもうお終いだ! どうやって責任を……!」

「おい」

 黙って聞いていたスキンヘッドが、英一郞の髪をつかんだ。驚き、腕をつかみ返す英一郞を、まるで猫のように片腕で持ち上げる。革の靴があっさり床から離れた。

「オメーよぉ、さっきからなんなんだよ。ピーピーピーピーガキみてぇによぉ? あの目玉持ちのことなんざ知らねぇっつってんだろ? オメーのわがままは後で聞いてやっから、ちったぁ黙ってろや」

「ぐっ……!」

 鼻と鼻がくっつきそうになる距離で、スキンヘッドは低い声で言い捨てる。英一郞の返事を待たずして、乱暴に投げ捨てた。尻餅しりもちをつく英一郞を心配して群がる商人連中を横目でにらみ、スキンヘッドはたんを吐く。

「バグラさん……」

「るっせぇ。黙って警戒してろや」

 不安そうな部下を退しりぞけ、スキンヘッドの重武装バグラは、もう一度痰を吐いた。

 頭ごなしに払いのけたが、バグラの意見は英一郞と全く同じだ。

 辺鄙へんぴな場所に出向き、ちょっと大きめの荷物を持って帰るだけ。上の人間からはそう聞かされていた。ヨーロッパで13年間ねんかん傭兵ようへいをやってきた身としては、非常に面倒な依頼だ。バグラはあくまで戦闘要員であって、荷物運びではないのだから。

 しかし、それでも自分を拾ってくれた組織の手前、文句は言わない。自分に任された理由も、護衛であれば戦う機会もあるやもしれない。そう思っていたのだが。

「クソッ、クソが。このオレを虚仮こけにしやがって……」

 そして商品の受け渡しが始まる直前に、マリアーナが突撃してきた。

 閃光弾、煙幕、催涙ガス。周到な罠を使っての不意打ちに、部下の統率を一瞬にしてかき乱されたものの、バグラの戦闘経験と勘によってどうにか離脱。追跡を退けつつここまで逃げてきたのだが、このままでは袋のネズミだ。籠城してから既に一時間。マリアーナ側も、そろそろ行動を起こす頃だろう。

「ハァ……仕方ねぇな」

 バグラはごちると、乗ってきたトレーラーに大股おおまたで寄る。後部ドアを開くとそこは、かなり広い倉庫のようになっていた。躊躇ためらいなく足を踏み入れ、一番奥にあるコンテナを引っ張り出す。

「ボスからは、あんま使うなって言われてたけどよぉ、今はこんな状況だ。こうなりゃ奥の手、使うしかねぇよなぁぁぁ?」

 誰にともなく問いかけ、バグラはコンテナのロックを解除。開かれた箱の中身に、強面こわもてが凶悪な笑みへと変わった。


「あの、霧島さん。ひとつ、いいですか」

「なに?」

 先を行くヒグロの背中に、魁人は問いを投げかける。

 現在地は廃ビル一階の非常階段。反響しやすい空間を降りつつ、声を潜める。

「いや、大したことじゃないんですけど……もうひとりは、どうしたのかなって」

 魁人の脳裏に、先輩たちの顔が浮かぶ。

 葉木吹、ナジーム、そしてヒグロ。先ほど集まったのは魁人を入れて四人。葉木吹は、このチームは魁人を入れて五人になったと言っていた。だがそれでは、一人足りない。

「もしかして、なんか病気とかだったりするんですか?」

「ハズレ」

 答えは短く、そして的確。

「惜しいわね、倉島君。面子めんつが足りないのに気づいたのはいいけど、まだまだ」

 階段を降りきり、地下一階。非常階段のそばにかがんだヒグロは、ジュラルミンケースを置いた。

「五人目はちゃんと来てるわ。ハギさんが言ってたでしょ? 三チームで行動するって」

「あ……」

 魁人は、つい数分前のブリーフィングを思い出す。葉木吹は、確かにそんなことを言っていた。二チームに分かれた時点で、なぜ気づかなかったのか。

 ヒグロはケースを開きながら続ける。

「本当は、その前にもヒントはあったんだけど。話に聞いてたとおりね。実力はあるけど頭が固い」

「う……じ、自覚してます……」

「よろしい」

 がっくり肩を落とす魁人。ヒグロはケースから何かを取り出すと、それで魁人の頭をこんと小突いた。

「無知の知は重要なこと。わかっているなら精進すべし。ま、仕事終わったらもう一人とも会えるし、そのときに紹介してあげるわ。絶対、驚くから」

「だから生きて帰る、ですか」

 顔をわずかに上げると、微笑ほほえむヒグロが見える。ヒグロは、ケースの中身と思しき長大な銃、アサルトライフルを担ぐと、すぐに表情を消した。

「……さて、雑談はここまで。仕事の話に移る」

「は、はい」

 心なしか鋭くなった声に、自然と背が伸ばす魁人の前で、ヒグロは担いだ銃を裏拳で叩く。

 直後、銃側面の丸いパーツが、上下に開かれた。白い半円に浮く青白い瞳。それは葉木吹の竹と同じく、銃の脳であり心臓。『髄核ずいかく』と呼ばれる部分だ。つまり、あの銃こそがヒグロの操るルヴァードということになる。

「これが私の相棒、アイグラティカ。見ての通りアサルトライフル型」

 紹介を受け、アイグラティカの瞳が魁人を見やる。アイグラティカは、魁人をしばしじっと見つめたのち、瞳を一瞬下向けた。お辞儀をされたのだと知って、反射的に会釈えしゃくを返す。

「貴方のも見せて。ここからは作戦行動に入る。能力と形状は把握はあくしておきたいから」

「わかりました……けど」

「……けど?」

 語尾をにごす魁人に、ヒグロは目をほそめる。魁人は少々まごつきながら、竹刀ケースに目をやった。

「俺のやつ、まだ形ぐらいしかわかんなくて。心を、開いてくれてない、っていうか」

 居心地悪さから、言葉の歯切れが悪くなる。恐る恐る、横目でヒグロをうかがうと、案の定彼女はいぶかしげに首をひねっていた。

「心を開いてないって、どういうこと? 無理矢理使ってるわけじゃないんでしょ?」

 ルヴァードは全て、従来の兵器を遥かに凌駕りょうがする強力な武器だ。表でこそ倫理的問題から無い物として扱われているが、モラルのない裏社会の人間たちは、よだれを垂らしてこれを欲しがる。

 無論、マリアーナはそれを許さないために作られた組織ではあるが、所詮しょせんは人間の集合体。どうしたってルヴァードの制作と販売の殲滅せんめつはできない。

 にも関わらず、ルヴァードが犯罪目的で使われることは少なく、複数回使われることはさらにまれだ。この理由も、至極単純。

「いや、ええと……なんていうか、別に誰でもいいとか、俺じゃなくてもいいって思ってるみたいで」

「はぁ?」

 説明するたびに、ヒグロの顔に訝しさが増す。

 ヒグロはこめかみを押さえると、眉間みけんしわを寄せた。アイグラティカも、不思議そうに瞬きをする。

「ひとつ聞くけど、自作じゃないのよね?」

「ち、違いますよ! どっちかっていうと、拾ったっていいますか……痛っ!?」

 弁解した瞬間、後頭部に鈍い衝撃。大声を出しかけた魁人の口を、青くなったヒグロがふさぐ。

 気まずい沈黙の中耳を澄ますが、幸い変わった音は聞こえてこない。ヒグロは詰めていた息を吐き出すと、魁人の口から手を離す。

「……気をつけること」

「……ハイ、スイマセン」

 冷や汗をかきながら答えつつ、魁人は竹刀ケースを恨めしげににらむ。

 ルヴァードが普及しない、第二の理由がこれだ。この武器は、『心』と『知能』を持っており、人間同様に個性がある。ゆえに使い手を選ぶのだ。

 気が合うかどうか、大事にしてくれるかどうか、といったものから、容姿まで。ルヴァードは個体ごとの好き嫌いが激しく、それぞれが違う人間を主とする。

 その差はまさしく雲泥の差で、相性のよいペアは一人で一国の中隊を全滅させる力を持つが、反対に相性の悪いペアは普通に使うことすらできない。だから、製造されても日の目を見ないルヴァードは多く、不確定要素と素材集めのリスクに対してリターンは限りなく低い。

 ただ、それでも『当たった』時の性能は、負ったリスクを消し飛ばしておつりが来る。ルヴァードは、認めた主に使われたとき、特殊な能力を発揮するからだ。

「とまぁとにかく。コレ、今はただの剣なんですよね……その、ちょっと申し訳ないんですけど」

 大部分を端折はしょった説明に、ヒグロはけわしい顔をしていたが、しぶしぶながらも頷いた。

「よくわかんないけど、詳しい話は後にしましょう。とりあえず、出して」

「りょ、了解です」

 内心ほっとしつつ、ケースを下ろす。動きの悪くなってきたジッパーを苦労して開き、魁人は中身を取り出した。

 光沢のある紫のさやに納められた、一本の剣。長さは一メートルと少しといったところで、全体的に華奢きゃしゃだ。飾り気のない刃の割りに、鳥籠状のつばが特徴的で、中心には野球ボール大の球体が浮いている。武器というより、アートや実験器具といった印象。

「日本刀型か……結構派手だし、もしかしてレア物?」

「えぇ、まぁ。でも俺の言うこと聞いてくれないし……あんまり、期待しないでくださいよ?」

 我ながら情けない、と思いながら言うと、ヒグロは釈然しゃくぜんとしない顔のまま肩をすくめた。

「わかった。その子には期待しない。代わりにあなたに期待させてもらうわ。新人だからって、甘やかさないから」

「お手柔てやわらかにお願いします……」

 にこりともしないまま、ヒグロはイヤホン型通信機を耳に押し込む。魁人も同じ物を耳に入れてつつくと、聞き覚えのある声が流れてきた。

『おっせえよ』

「ごめんなさいね。準備は?」

『もうできてるっての。何してたんだ? 新入りでもたぶらかしてたのか?』

「戦力確認。ハギさん、所定しょていの位置につきました」

『おれとしちゃあ、そっちを先に言ってほしかったんだがなぁ』

 ナジームに続いて、葉木吹が苦笑気味につぶやく。雰囲気は変わらず、緊張感もあまりない。否、気負っていない。

『それじゃ、おれたちは正面から突っ込むんで、お二人さんは時間差で回り込んでくれ。なんかあったら各自判断。いいな?』

 葉木吹の確認に、ヒグロ、そしてアイグラティカが念押しするように視線を寄越す。魁人は、頭を殴って以来無反応を貫く相棒を見下ろし、無言でうなずいた。

「大丈夫。いつでもいける」

『よしよし。ナジーム、お前さんも……大丈夫そうだな』

『誰に言ってんだっつーの。早くシメようぜ』

『ははは、そいつは頼もしい』

 朗らかな笑い声をBGMに、魁人はむらさきさやの刀を握る。

 命を預ける相棒は、怪訝けげんそうに目を細めていた。何かを探っているような、あるいは警戒しているような気配。

「……どうか、した?」

 尋ねてみても、返事はない。横目で一瞥いちべつされたのち、渋い表情で視線を戻す。何かある。経験と勘から、魁人はそれを読み取っていた。

『さて、今日も一仕事行こうかねぇ。平和に投降してくれるのを願って、作戦開始……』

 葉木吹の声が途切れる、その寸前。魁人の鼓膜こまくを、大ボリュームの轟音ごうおんが貫いた。すさまじい地鳴りが足裏に響く。

「ハギさん? ナジーム君!?」

 直立不動の姿勢を保ち、ヒグロは通信機にさけぶ。返って来たのは、返事ではなく連続した爆発音。二人の声はかすかに聞こえてくるものの、聞き取ることができない。そして、一度音が鳴るたびに、床下が大きく震える。

「霧島さんッ!」

「ええ、急ぎましょう!」

 ぎょっと目を見開くアイグラティカを抱え直し、ヒグロは瞬時に走り出す。魁人もまた、刀をげその後を追う。

 ぱらぱらとほこりが散る暗い廊下を、二人は全速力で駆けぬけた。

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