1☆少女戦隊ドリーム5

少女戦隊ドリーム5①



かなめ!」


 呼び止められ、下校途中の細川要は自転車のブレーキをかけて振り返った。

 後方で自転車を降りた友人が手招きしている。


「要、来て来て! かわいい猫がいるよ!」

「はぁ?」


 要のテンションの低い返事をものともせず、同じ女子高に通う友人、綾香あやかははしゃぎながらマンションの片隅を指差した。女の子らしい、緩く巻いた長い髪を揺らし、さも嬉しそうに笑顔を見せる。


「ほら、あそこ! 超かわいい茶トラの猫!」


「…………猫?」


 サドルに座ったまま片足をついた要は、思わず低い声で復唱してしまった。


 ここは下校途中にある閑静な住宅街だ。

 駅から少し離れるだけで小奇麗なマンションや公園が多くなり、商業施設の喧騒や大通りの車の音も聞こえなくなる。


 要が止める間もなく、綾香はそんな静かなマンションの一角に突進していってしまった。

 品のいいローファーに黒のストッキング。昨今珍しいワンピース型の制服はべロアのように滑らかな黒。スクエア襟のワンピースからのぞくブラウスに真紅のリボンタイ、胸元には聖女カタリナのエンブレムである、剣に見立てた十字架が刻まれている。

 市内のミッション系女子高に通う要と綾香は中学時代からの友人で、仲良く同じ高校に進学した。

 ギリギリの成績で入試を突破した要と違って、綾香は余裕の合格。二年生になった現在も成績上位をキープしている。


「かーわいい! ふわふわ!」


 ――そんな優等生な親友が「猫」だと言って、マンションの陰に隠れて三角座りをした見知らぬ男の頭を撫でている。


「ちょっと、綾香!!」


 ぎょっとして、要は自転車を放り出す勢いで駆け寄った。


 これは危ない。綾香も危ないが男も危ない、そんな男に更にヤバいことを綾香がしているから倍率ドンだ。


 ジャケットからしま柄のカーディガンをのぞかせた男は、顔を上げようともせず、怒りも嫌がりもせずに綾香に撫でられている。酔っ払いか罰ゲームか、頭に茶トラの猫耳カチューシャを付けた二十歳前後の若い男だった。


 初対面の女子高生に頭を撫でくりまわされているのに、完全に無反応だ。


(ヤバい、これはヤバい!)


 即決し、要は茶髪の男の頭を撫で続ける綾香の手を取った。


「やめなって、帰るよ。すみません、ごめんなさい、この子ちょっと変なんで」

「変ってなに!?」


 綾香から抗議の声が上がったが無視し、要は念のためうつむき続ける男に断りを入れた。

 聞いているのかいないのか、男からの返事はない。一応謝ったのだから、このまま立ち去ってしまうに限る。


「ほら綾香、帰るよ」

「えー、もっと撫でたい。逃げない猫って珍しいよ?」

「いや、猫じゃないから。絶対猫に見えないから」

「要、目だいじょうぶ?」

「失礼な! あんたの方が大丈夫か!?」


 夕方六時でまだ明るいとはいえ、近隣では度重なる謎の火災が問題になっている。この男を疑うわけではないが、怪しい人物からは遠ざかりたい。

 通せんぼするように綾香の前に立ちふさがり、要は眦を吊り上げた。


「綾香にどう見えてんのか知らないけど、この人、人間だから! 普通の茶髪の男の人だから!」


「――!!」

 

 瞬間、綾香に何をされても反応しなかった男が驚いたように顔を上げた。

 くるくると、あちこちに跳ねた癖のある茶色い髪が揺れる。透き通るほどに肌の色が白く、明るい茶色の瞳で見上げられ、要は束の間言葉をなくしてしまった。


(日本人……じゃない?)


 膝を抱えて座っていた男は、外国人モデルのような華やかな顔立ちだった。

 高い鼻梁、すっと通った鼻筋。白い肌はそこらの女性よりきめ細かで美しい。

 タレントや俳優のような人間らしさを感じさせる格好よさではなく、どこか整いすぎた絵のような、奇妙な完璧さを持った美だった。


(………………猫耳カチューシャがなければ)


 これは間違いなくイケメンだが、間違いなく変人でもある。

 さっさと離れるべきだが、ふいに男の腕が伸びて要の手を取った。


「ぎゃっ!」


 要の悲鳴も無視し、膝立ちになった猫耳男は目を見開く。


「あなた……私の姿が見えてるんですね?」


「しゃべった!?」


 思いがけず流暢な日本語だ。柔らかいアルトの声に合った、穏やかな話し方だった。

 猫耳男は要の腕を掴んだまま、「よっこいせ」と立ち上がる。


「しゃべりますよ。人間だと言ったのはあなたでしょう?」

「い、言ったけど! ちょっと手、離してよ!」


「わー、要なつかれてるねぇ」

「綾香!?」


 この期に及んで何をと本気で友人の頭を心配したが、猫耳男はくすりと笑った。


「言っても無駄ですよ。ご友人には私の姿が猫に見えている」

「んなバカな!」

「馬鹿じゃありません。おかしいのは要さん、あなたですから」

「名前……!」


 ヤバい男に名を知られてしまったが、今更綾香を黙らせても遅い。

 青くなった要に男は真剣な顔で詰め寄ってくる。


「私の姿が人間に見えるんですね?」

「み、見える……!」

「超イケメン、背も高くて皆が見惚れちゃうような素敵で若いお兄さんに?」

「めっちゃ見える! 猫耳つけた二十歳ぐらいのすっごい変な男に!!」


 やけくそで叫んだ。


 自前の猫耳ではない。前から見ても横から見てもカチューシャタイプのおもちゃの猫耳だ。

 猫耳男は「ふーむ」と上から下まで無遠慮に要を眺める。


「美人ですね、あなた。黒髪ストレートで色白の大和撫子、かといってキツイ印象もなく可愛らしい。制服姿もグッドです」


 性格はともかくと勝手なことを言い、ぱっと微笑んだ。


「OKです、あなたにします」

「は!?」


 なんとか腕を引き抜こうともがく要に、外国人のような薄い茶色の瞳をした男はにっこり笑った。



「ちょっと世界を救ってみませんか?」

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