城に隣接する塔の最上層には王女のために一つだけ部屋が設けられている。王女が城に入ることも、王が塔に入ることも滅多にない。

私はその一室にある窓を磨いていた。窓越しに見える空はどんよりと曇っている。喜ばしい限りだ。

魔女だと自称する女が城に来てから3度目の満月を迎えようとしている。女が訪れたのが雨期で良かったと何度思ったことだろう。

しかし雨期はもうじき終わる。次の満月の頃にはきっと───

「おつきさまみたいだった」

唐突に、ぽつりと呟くのが聞こえた。声の主は寝台の上で絵本を見ていた。銀色の髪は既に肩の辺りまでのびている。

体の成長が早い。言葉を覚えるのが早い。王の子どもどころか、そもそも人ではないのではないか。

メイドたちの間ではそんな噂が流れていた。

開かれた絵本を覗いてみると、ちょうど三日月の下で魔女が崖から落ちる絵が描かれた場面だ。

「何が、ですか?」

あの魔女も死んでしまえばいいと思いつつ発した私の問いかけに答えることなく、可愛らしい声は言葉を紡ぎ続ける。

「わたし、ねむらなくてはいけないの」

「おきたら」

「おきたらだれもいないかもしれない」

「ひとりぼっち」

「ねぇ」

「わたし」

「きらわれているのね」

「とうさまにも、かあさまにも」

「あなたも」

「きらいなのよね」

「もし、わたしがおきてしまったら」



「しなせて」



王は魔女に心酔し、娘と会おうともしない。

后は愛想をつかし、娘を置いて城を出ていく。

王女は未来を諦め、自らの死をこいねがう。


こんな国、滅びてしまえばいいのだ。

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