きみのいないまち

とりをとこ

きみのいないまち

 蝉がミンミン鳴いている。

 鳴いているというか、羽を震わせているだけなんだけど。

 しょうもない雑学を僕はまだ覚えている、これほどの雑学は一般教養らしいんだけれど長い間外に出たことがない僕には君に会うまでは知ることすら許されなかった事だ。


 そんな事より飯だ飯、腹が減った死んでしまう。

 もうすっかり、普通の人間の生活だ。

 町並みは大幅に変わった、ものすごい勢いで、目まぐるしく、豹変した。

 何かに備えるかのように、丸々と町が街へ肥えた気がする。

 完全に電波妄想だが。


 腹を満たすためにファミレスへと歩く。

 おなかが減ると物凄くイライラする。

 でもご飯を食べる時間があるなら、別の事をするのがよほど有意義だと思う。

 だけど今、僕はお腹と背中がひっつきそうだ、弱ってる。

 前言撤回。食事の時間は物凄く有意義だった。

「あー、しにそう」

「ホントに死にそうな顔してる、ご飯食べてなかったでしょ」

「…?」

 後ろから声がして振り向くと黒髪の美少女がいた。

 性格はウザいけど、数少ない友達だ。名前は五十嵐さん。

 ん?友達でいいのか?

「最近良く会うわねー」

「いや、アンタが僕をストーカーしてるからでしょ」

「え、気付かれてた!?」

「気付いてるよ、そろそろ理由を教えてくれ」

「ま、そのうちね」

 気付くも何も前にも似たような会話をした。

 その時も理由なんか教えてくれなかったんだけど何となく分かる。

 別にストーカーされることに関しては悪い気がしない、見守られてる気がする。

 さすがに風呂やトイレは覗かないで欲しいけど。

 たまにこうやって話しかけてきたりする。僕が話しかけるときもある。

「言ってくれれば私がご飯を作るわよ」

「いやだよ」

「なんで?」

「毒薬を仕込んで僕と一緒に死のうとするから」

「心中こそが真の愛なのよ」

「なんだその狂った感覚は」

「あなただって狂ってるわ、だから好き、一緒に死にたい」

「はいはい、お断りお断り」

「………」

 一応、五十嵐さんは断れば一方的な重みのある愛を引っ込めてはくれる。

 明日にはまた復活するけど。

 リスポ早すぎ。

「五十嵐さん、たまにはご飯でもどう?」

「いいわね、観てるだけってのもなかなかダルくなってきた」

「ストーカーキャラをもうそこで途切らせるつもりか」

「冗談よ、あなたが一緒に死んでくれるまで私はストーカーし続ける」

「それはどうも」




 大手チェーン店のファミレスへやって来た。

「いらっしゃいませー」

 はいはい、いらっしゃいました。

 店員に通され一番隅っこの方にある窓際の席に座る。

 僕も五十嵐さんもハンバーグセットを頼んだ

「はー、つまらない店内ね」

「ファミレスに何を求めてるんだ」

「やっぱりストーリー性ね」

「は?」

「客以外にモブ客を置いて火サスばりのドラマを展開させる」

「飯が不味くなる」

「そういうものかしら」

「そういうものだ」

 五十嵐さんが作る飯のほうがまずそうだけど。と言うか食ったら死ぬ。

 エターナルフォースブリザード。

「ハンバーグセット、お持ちしました」

 店員が持ってきた。

 まるでヤジロベエのように両手に皿を持っている。

 いやヤジロベエみたくフラフラされたら困るんだけどね。

「ではごゆっくりー」

 愛想笑いめ。

「さて食べましょうか」

 五十嵐さんが手を合わせる。

「そうだね」

「「いただきます」」

 二人で手を合わせた。

「どんなもんかしらね、よいしょっと」

「おもむろにバッグから青酸カリを出すな」

「バレた?」

「バレバレ」

 青酸カリの瓶をいつでも鮮明に思い出せるのは僕ぐらいじゃないか?

「そういえば五十嵐さんたまに僕をストーカーしていないときあるけれどあれはなんなの?」

「わたしは超人じゃないのよ、お風呂だって浴びたいしご飯だって食べたいの、でもできるだけご飯はコッペパンをバッグにストックして極力あなたを見ることの時間を増やしてる」

「あんたは張り込み中の刑事か!」

「日々サバイバルよ」

 そこまでしてストーカーする必要はあるのか。

「逆に質問だけどあなた一年ぐらいまえに彼女みたいな子いなかった?」

「あー、うん、ね」

 周りから観ると彼女に観えたのかあの娘は。

「凄く仲良さそうだから、排除してやろうと思ってたけどその前にどこかに行っちゃった」

 排除って。

「まずあの娘は彼女なんかじゃないよ、それにもうこの世には居ない」

「そうなの?」

「そうなんだ、もう、ここには」

 いない。

「尚更、私と心中したほうが…」

「それはいやだね」

「まぁ、彼女じゃなかったならいいわ」

 あの娘はもうこの街にはいない。

「…急に逝ってしまったんだ」

「…?」

 僕は語る。

「さすがに五十嵐さん、僕の電話まで盗聴して無いだろうから知らないと思うけど、急にあの娘の母親から電話がかかって来たんだ」

――うちの子が帰ってこない

「二日くらい前から行方不明になってたらしく仲の良い僕に電話をかけてきたみたいだけれど、僕は何も知らない」

 こわかったよ。

「そこから一週間後近隣の川の中であの娘の死体が引き上げられたんだ」

「へぇ…そんなことが、ね」

「ごめんね五十嵐さん、面倒くさいでしょ、こんな話されてもね」

「ストーカーにそんな心配はいらないわ、でも」

「?」

「でもね、あなたその娘のことが好きみたいね」

「まぁ、ストーカーの五十嵐さんには申し訳ないけど、好きかな」

 死んでもなお、好きである。

 だから、誰かに殺されてまで会いに行くなんて馬鹿な真似はできない。

 自分の役目を果たしてからだ。

「そう、好きなのね…」

「うん」

「じゃあその娘が私の恋のライバルね、負けてられないわ」

 変なスイッチをオンにしてしまった。

「絶対あなたと心中してみせるから、まずはもっとコッペパンが入るバッグを買うわ」

 こういう五十嵐さんだから僕はストーカーされてもいいと思ってる。

 見守ってくれる。

「まぁ、がんばって、五十嵐さん」

「うん、がんばる東急ハンズ行く」

 僕が三角関係の当事者だけど、五十嵐さんに少しエールを贈る。 

 そんな、ある夏の日の、きみのいないまちの、話だった。

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