第3話 凛の過去 (5)

 亮人はボーダーラック社の建物の中で待機状態にあった。第一部隊がいつ出動してもいいように、特に今回の作戦が発動されてから、即座に対応できるよう、待機時間がかなり増えていた。


 そして、遂に出撃の合図が出される。

「今回の反応は数十体と言った所だ。恐らく、例によって混合の群れと思われる。前回の二の舞だけは絶対に避けなければならない。全員、気を引き締めて戦闘に挑め! そして、今回はシラトラと出くわす可能性が高い。相手が多ければシラトラでも殲滅に時間は有するはず。なんとしてでもシラトラを捕える! 出撃だ!」


 笠木の指令と共に部隊が一気に活気にあふれる。壮大な声を荒げ、現地へと直行する。その直行ワゴン車に乗りながら亮人は遂に来た凜との戦闘に少し動揺していた。

「ふん、お前のおかげで俺たちがシラトラと戦う羽目になったんだ。シラトラに課せられる責任は何処に行ったんだよ。これも親父のおかげか?」

 木島の罵倒に凄くイラッとした。それが間違いなく正論だっただけにたちが悪い。殴りかかりたい衝動に駆られるが、こればっかりは自分に非がある。実際、第一部隊全員に迷惑をかけているようなものなのだから。


 現地に赴くと直ぐに部隊が動き出した。銃を一斉に構え魔物がいるはずの戦場に足を進める。だが、魔物の数は圧倒的に少なかった。そして、代わりにその少ない魔物の群れの中にできればこの状況では居て欲しくなかった人が一人。シラトラを装備した凜がその戦場に堂々と立っている。


 まずは魔物の殲滅と笠木の指示により魔物に向けて銃口を向けたが、その一瞬の間に凜は目の前にいるブルータルの群れを一刀両断した。銃口から弾丸が吐き出される間もなく、バタバタと倒れ、消えていく青色の狼。残りは危険度☆☆級のライトパンジー体のみを残すことになる。


 凛の後ろから両手に電気を帯びさせ近寄ってくる巨大な猿。だけれども凜は後ろも見ずにシステムを操作し出した。

『ショットガンモード』『ブレイクファンクション・スタンバイ』

 タイガバスターが剣から散弾銃に変形。さらにエナジーチャージが開始される。その間にナイフピストルで後ろを向いたままライトパンジーに先制。ひたすら打ち続け、やがて『エナジーチャージ・OK』の音声が鳴り響く。

 と、思った瞬間に腰からグインと一気にひねりショットガンの銃口をライトパンジーに向けた。

『タイガーショット』

 その音声と共に銃口から飛び出すエナジーの散弾。その勢いにのまれそのままライトパンジーは消滅した。


 第一部隊が一斉に攻撃してかろうじて倒せる青色の大猿をいとも簡単倒してしまうシラトラ、そして凛。その性能と凜のスペックの高さに改めて驚きを隠せなかった。けれどもその中、笠木は冷静だった。


「先行部隊はシラトラを対象に取り囲め。逃げ道を塞ぐんだ。くれぐれもまだ対象には近づくな」

 それを受けた一~四小隊が散り始める。さらにフォーメーションAの指示により亮人ら後方部隊が援護の配置につく。凜は既に部隊の存在に気づいており逃げようとしたがそれよりも早く部隊が先回りした。


「彩坂凜! 我々ボーダーラックにシラトラを変換して貰いたい。これは提案ではない、もし拒否するならば攻撃に移る」

 笠木から容赦なく飛び出すきつい警告。凜は笠木の居る方向に目を向けて妙に口元を歪ませた。

「あたしは人間と戦う気はないぞ! そして人間同士の闘いは望まない主義だ!」

 凜は一歩も引かなかった。まあ、性格からしてそうだろうと予測はしていたが。どうやら、笠木は無駄だともう分かったらしい。ヘルメットを通して攻撃の指示が入った。


「目標、シラトラ。発砲開始」

 それと同時に四方向に散らばった小隊からマシンガンによる玉の雨が一斉射撃を開始した。とてつもない騒音と共に衝撃が空気を揺らしていく。その中を凜はダッシュで駆け抜け、全ての方向から死角になる建物の間を瞬時に見極めたのかそこに飛び込んだ。銃弾が当たらないと言う事を直ぐに理解した笠木は発砲の中止を宣言。


「本当にこんな無意味な戦闘を行う気なのか!?」

「無意味じゃない。シラトラは我々ボーダーラックの物だ」

「碌なことになりもしないのにか?」

「君に事情は関係ない!」

 ここにいる男性陣が一斉に身震いしてしまうほど強気の女二人。その中で隠れる凜の強さを亮人はかみしめていた。笠木の狙いは遠距離からの攻撃だろう。シラトラはあくまで近距離の戦闘アシストシステム。マシンガンでシラトラの射程外から撃てば勝機があると考えているのだろう。


 だが、翠は凜が装着したシラトラに弱点など無いと言った。たぶん、あの中には遠距離に対しても問題ないと言う事を示していると思う。だとすれば、この状況でもシラトラには打破できる性能を持っていると考えて妥当だろう。


 そう思った瞬間には先行部隊の一つに向かって凜は飛び出していた。遅れて発砲が開始されるが、ダッシュの速さに弾丸が追いつけない。でも、凜が突っ込みを掛ける小隊からの発砲、真正面からの発砲には避けられまい。

 確かにそう思ったが、そんなの無意味だった。凜は剣に変形させたタイガバスターを体の重要部分を隠す盾にして突進。一部体の端に弾丸は当たるのだが、恐らくシールドか何かだろう、弾丸程度など無駄だと言うように斜めに弾き反らしてしまうのだ。


 そのまま最接近と同時に一人目をひじ打ちで撃破。二人目を足元に狙って斬撃。そんな調子で小隊を次々に倒していく。小隊の中に突っ込まれては仲間の巻き添えをしてしまいかねない故、発砲は無理だ。残り先行部隊の三小隊は一斉に接近戦に仕掛けるよう指示が入る。


 でも、これで勝てるのだろうか。一応後方部隊の亮人たちはマシンガンを凜に向けて構えているのだが、巻き添えを考えるととても発砲できる状況じゃない。

 一気に三小隊、十五人が凜に迫っていく。それに対し凜は小隊の前、地面に向けてナイフピストルで威嚇射撃をしたが部隊員たちは決して留まらない。すると凜はあろうことか凜を地面に突き刺し急に拳法か何かの構えを取りだした。


 ブレードを持った隊員が一斉に凜に襲い掛かる。それを凜は見事によけていった。更に驚くことに合気道やら空手やらの技らしいもので次々と隊員たちをなぎ倒していく。剣を再び手に取った凜は後ろから攻めてくるブレード二太刀を同時に受け止める。さらにそのまま弾くと足元に向かって斬撃。

 隊員たちは可能な限り凜に向かって攻撃を仕掛けたが、文字通り一発も当たらない。凜は決して力技と言う訳では無く、攻撃を避けながらその隙を付いて行くと言うスタイルで悠々と倒していく。その姿はまさに最強と言う二文字が相応しかった。


 最後に未だ、立ち上がろうとする隊員二人に剣とライフピストルを突きつけると沈黙。辺りにはもがき苦しんだり気絶している隊員で転がっており、気が付いたときには完全に先行部隊は全滅していた。


「これ以上の抵抗は止めるべきだと思う。無駄だ」

 本当に翠の言う通りだ。ボーダーラックの部隊に勝機は無かった。でも、笠木の事だ。これから後方部隊には射撃命令が下るかもしれない。それを思って構え続けていたのだが、笠木は急に亮人らの前に出て歩き始めた。そして、堂々と拳銃を凜に向ける。まさに前と全く同じ状況だった。


「大人しくしろ。お前のやっていることがどれほど重大な事か分かっているのか?」

 すると凜はらしくないさげすむような冷たい目で笠木の眼を見た。

「それはこっちのセリフだ……、って言っても分からないか……。それよりもこの部隊員たちを早く治療してあげるべきだな。全員生きている。命に別状はない」

 ハッと思って倒れている部隊員たちを見渡した。確かに凜の言う通りだ。基本的に打ち身攻撃、斬撃であったとしても足、手など危険度が低い位置に浴びせているだけ……。もう、それには凜にとてつもない余裕があると言っているようなものだ。さすが翠が開発して自信満々に語るシステムだ。流石、最強だと誇る凜だ。第一部隊だろうと勝てるわけなどなかったんだ。


「こんな戦いなどしていたら……、あたしの意味がない……。こんなんで変えられるわけがない……、これだったら一緒だ……」

 最後に凜はそう呟くと一度亮人の方を振り向き、そのまま消え去って行く。亮人はそれを止めようと手を出しかけたが既に凜は消えた後だった。

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