第二十四章 天翔学園高等部混乱

 翌日。


 天翔学園高等部の職員室は混乱していた。体育教師の国定 修の失踪に続き、英語講師のマイク・ワトソンの無断欠勤、そして、国語教師の新堂みずほの病欠。受験や就職に備えなければならない三年生の担当教師がまた欠けたので、理事長の慈照寺香苗は頭を抱えた。

(森石君が言っていた異能者サイキックと何か関係があるかしら?)

 理事長室で、椅子の背もたれに寄りかかり、香苗は目をつむって考え込んでいた。その時、ドアがノックされた。

「どうぞ」

 香苗は椅子から起き上がり、応じた。ドアを開けて入って来たのは、教頭の竜安寺悟だった。彼はトレードマークとも言えるバーコードハゲの頭を掻きながら、

「理事長、欠勤している職員の方々の授業の対応の件なのですが……」

 香苗は椅子から勢いよく立ち上がり、

「わかっています。すぐに臨時の講師を探させますから……」

 そこまで言った時、竜安寺教頭の背後に森石章太郎ともう一人立っているのに気づいた。

「ええと、どちら様でしょうか?」

 香苗はその人物が筋骨隆々とした体躯の白人男性なのに気づき、眉をひそめた。するとその男性は、

「駅前の英会話教室で講師をしているジェームズ・オニールと言います」

 爽やかな笑顔で応じ、森石と教頭を追い越して、香苗に歩み寄って来た。ジェームズは胸板が厚いだけではなく、身長も高いので、香苗は思わず後退(あとずさ)ってしまった。

「はい、ありがとうございました」

 森石はまだ残っていたそうな顔をしている教頭を追い立てるように理事長室から出してしまい、ドアのロックをかけた。

「ちょっと、ええと、あの……」

 しばらくドアノブをガチャガチャと回して、抵抗していた教頭だったが、

「教頭先生、他の先生方への対応をお願いします」

 香苗に言われ、

「はい……」

 意気消沈して立ち去ったようだ。森石はそのやり取りを見ていて、

(あのおっさん、香苗さんに気があるんだな)

 そう推測した。香苗はジェームズと森石にソファを勧め、向かいに腰を下ろした。

「こちらの方は貴方のお友達?」

 香苗はジェームズに会釈してから、森石を見た。森石は苦笑いして、

「いえ。この人は、俺達と同じサイキックです」

「え?」

 香苗はビクッとしてジェームズに視線を戻した。ジェームズは微笑んで、

「もちろん、私はあなた方の敵ではありません。国際テロリストのアルカナ・メディアナを倒すための仲間です」

「そう、ですか」

 香苗はホッとして微笑み返した。森石は香苗を見て、

「無断欠勤をしているマイク・ワトソンは、実はメディアナが差し向けたサイキックでした」

 香苗は目を見開いた。森石は更に、

「新堂みずほ先生は、昨日、ここを訪れて雑誌記者を名乗った錦野那菜によって、精神に攻撃を受け、只今警視庁公安部にある対サイキックチームの医師団による治療を受けています」

 香苗の目がより大きく見開かれた。森石はチラッとジェームズを見てから、

「オニール氏は、この学校にサイキックがいないか探るために来てくれました。そして、ワトソンがいなくなった代わりとして、英語の講師を受け持ってもらうのはどうかと思いましてね」

 香苗はもう一度ジェームズを見た。ジェームズは、

「ここに来るまでに探索はほとんどすませましたが、この建物内にはサイキックはいないようです。もちろん、貴女と森石さんと道明寺かすみさん、片橋留美子さんは除きますが」

 香苗はそれを聞いてまたホッとしたが、

「但し、敵のリーダーであるガイアという人物は、途轍もない力を持ったサイキックですので、この学校にかけられたガイアのバリアとも言うべき障壁を取り除くためにしばらくお邪魔する事になります」

 ジェームズの説明を聞き、また不安になった。

「現在、確認できている敵の数は、四名です。リーダーのガイア、片瀬那菜、マイク・ワトソン、カルロス。そのうち、未だに正体が不明なのがガイアです」

 森石はチラッとジェームズを見てから言った。彼は未だにジェームズを疑っている。だが、まさかそのジェームズがガイアだとは思ってはいない。

「それからもう一つ。道明寺と片橋は本日は欠席します。二人は、仲間の一人が意識を閉ざされてしまったので、その解除の方法を探っています」

 森石の話は、すでに香苗には理解不能な領域に入っていた。

「そう、ですか」

 香苗はそれだけ言うのがやっとだった。


 かすみ達は、警視庁の地下に造られた特別室にいた。そこはサイキックの力を一切受け付けない金属で囲まれた部屋だ。ガイアの精神測定サイコメトリー能力で、一切の交信を途絶えさせられたロイドは、部屋の隅にあるベッドに寝かされていた。だが、ロイド自身は状況を全て把握していた。

(ガイアの力は底知れない。あのジェームズ・オニールがガイアだとカスミ達に知らせる手段はないものか)

 ロイドはこの生殺しのような状況に苛立っていた。

「ダメだわ。やっぱり何も見えない。ロイドさんの意識層に入り込む事ができないわ」

 天翔学園大学の一年である手塚治子は悔しいそうに千里眼クレヤボヤンス能力を閉じた。

「ロイドにかけられた鍵を外す方法、あるんでしょうか?」

 治子の前に予知能力を応用してみたかすみは憔悴し切った顔で弱気な事を言った。

「あるわ、必ず。絶対に見つかるわよ」

 治子はかすみの肩を軽く叩いて微笑んだ。かすみも力なく微笑み返した。

「物質の鍵だったら、私が念動力サイコキネシスで破壊する事ができるんですけどね」

 留美子も何もできない事が歯痒かった。治子は眠っているように見えるロイドを見た。

(どうしてこんな事ができるのかしら? 一切を遮断するなんて、可能なの?)

 治子はガイアの仕掛けた事に何か欠点がないか考えた。

「せめて、ロイドの声が聞ければいいんですけどね」

 かすみが溜息混じりに言うと、治子は、

「少し休みましょう。こんを詰めると、疲労が蓄積してしまうから」

「はい」

 三人はロイドから離れて、経口補水液などが置かれているテーブルの方へ行き、椅子に腰掛けた。

「新堂先生、大丈夫でしょうか?」

 留美子が治子に尋ねた。治子はニコッとして、

「大丈夫よ。錦野那菜あいつのサイコメトリーは新堂先生を催眠状態に陥らせていただけだから、時間をかければ、回復するわ」

「そうですか」

 留美子はホッとした顔になり、かすみを見て微笑んだ。かすみもそれに微笑み返し、

「ここならガイアもわからないでしょうか?」

 治子は補水液のペットボトルを開けて一口飲み、

「そう簡単にはわからないでしょうね。ジェームズも太鼓判を押してくれたし」

 治子がジェームズの事を持ち出すと、途端に留美子の表情が曇る。治子にはそれがわかっているが、敢えて触れないでいるようだとかすみは悟った。そして、ロイドに目を向けた。

(このままずっと目を覚まさないなんて事ないよね、ロイド)

 かすみはロイドに肉親以上の情を感じているのだ。

(ロイドがいなければ、私はずっと前に命を落としていた。だから、必ず目を覚ましてね、ロイド)

 治子はかすみのロイドに対する思いを感じ、彼女を優しい眼差しで見た。そして、

「かすみさん、今度は貴女の番よ。貴女の眠っている能力を呼び覚まさないとね」

 そう言って立ち上がった。かすみは治子を見上げ、

「はい」

 そう応じたが、不安だった。

(私は自分の中に眠っている能力を本当に解放していいのだろうか?)

 力の解放が戦いの終結を呼ぶのか? かすみにはその確信が持てなかった。

「心配しないで。私とジェームズがついているから」

 治子がかすみの葛藤に気づき、声をかけた。かすみはまた力なく微笑んだ。

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