第十六章 ガイア VS ジェームズ

 かすみは呆然としたまま、マイク・ワトソンを見ていた。マイクが攻撃して来たら、何の防御もできなかっただろう。しかし、何故かマイクはかすみに仕掛けて来なかった。

「俺の役目はお前を殺す事ではない。お前をアルカナ・メディアナ様にお届けする事だ。お前は商品なのだからな」

 マイクはニヤリとして言った。かすみはハッと我に返り、マイクを見た。

「商品、ですって?」

 沸々と怒りが湧いて来る。

「私は物じゃないわ。ふざけないで!」

 まなじりを吊り上げ、かすみはマイクを睨みつけた。マイクはそれでもニヤついたままで、

「まあ、お前がどう思おうと関係ないさ。どれほど足掻こうとも、お前は偉大なるガイアの前では、全くの無力だからね」

 また、かすみはギクッとしてしまった。マイクはくるりと背を向け、

「さてと。授業が始まる。またな、かすみ」

 チラッと振り向いてあざけるように笑うと、瞬間移動した。かすみはしばらくまばたきも忘れて立ち尽くしていたが、始業のチャイムが鳴るのを聞き、瞬間移動した。


 天翔学園高等部の英語と国語の教師である新堂みずほは、突然現れた錦野那菜の言葉に困惑していた。

(私がファッションセンスがいいなんて、あり得ないわ)

 みずほは、大学時代ずっと、服装を笑われていたのだ。今でこそ、そこまでのコンプレックスはないが、当時は何を着て行けばいいのか、毎日思い悩んでいたのである。

(新手の勧誘商法かしら?)

 みずほは那菜から手渡された名刺をジッと見ながら思った。彼女は人生で幾度か、詐欺紛いの商売に騙された事があるので、警戒心が強い。仕事用のパソコンで、名刺に記載された会社のホームページアドレスにアクセスしてみたが、確かにその雑誌社は存在しており、 錦野那菜という社員も存在していた。しかも、写真付だったので、本人である事は間違いない。

(疑い過ぎかしら?)

 みずほはそれでも疑惑を抱いていた。

(章太郎さんに相談してみようかしら?)

 現在真剣交際している警視庁公安部の森石章太郎。彼なら、そういう犯罪にも詳しいと思われた。

(でも、章太郎さんも忙しいだろうし)

 みずほはどうしようか考え込んでしまった。


 かすみは教室の前に瞬間移動し、何事もなかったように中に入った。クラスメートの風間勇太を始め、男子生徒達が一斉にかすみを見る。特に勇太は、かすみの異能の力も知っているので、他の男子よりかすみの事を心配していた。

(かすみちゃん、また何かあったんだろうか?)

 不安そうな顔でかすみを見るが、かすみは勇太に微笑んだだけで、何も答えてくれなかった。それでも何となく嬉しい勇太である。

(私の行動次第で、勇太君達の命が危険にさらされるのだとしたら、ワトソンの事は誰にも言わない方がいいわね)

 かすみは鞄から教科書とノートを取り出しながら、思案した。そこへ俯き加減のまま、みずほが入って来た。

「起立」

 日直が号令をかける。かすみはハッとして立ち上がった。その時、彼女はみずほに違和感を覚えた。天然気味で、ぼんやりしている事が多いみずほであるが、暗い顔をしている事はほとんどないからだ。

(新堂先生、どうしたのかしら?)

 何がおかしいと明確には答えられないが、みずほは確実に昨日とは様子が違っているのがわかった。

「礼」

 お辞儀をする間も、かすみはずっとみずほを見ていた。彼女はかすみの視線に気づかないまま、教科書を広げた。

「では、前回の続きからですね」

 みずほは板書を始めた。かすみは彼女をずっと観察していたが、違和感の原因がわからなかった。

(思い違いかな?)

 マイクに脅かされたため、過敏になっているのか? そんな風に思ってしまった。


 警視庁から離れたロイドは、国定修を吊るしたクレーン車がある場所に赴いていた。そこには警察の車両がたくさん来ていた。

(奴の遺体は上がらないだろうが、クレーン車は盗難されたものだろうから、そこから辿って来たか)

 ロイドは遠巻きに現場検証を観察していたが、覚えのあるプレッシャーを感じ、ハッとして身構えた。

『ハロルド・チャンドラー、前回よりは感じられるようになったか?』

 それはあのガイアのテレパシーだった。ロイドは目を細めて、

『いつまで隠れんぼを続けるつもりだ、外道? いい加減に姿を見せろ、臆病者め』

 するとガイアの声は低い声で笑い、

『相変わらず他人ひとを挑発するのが好きだな、ハロルド。だが、そんな見え透いた手は、私には通じない』

 ロイドは舌打ちした。そして、

『今度はどうするつもりだ? 俺を殺すのか?』

 ガイアの声は威圧的だった。

『お前のような雑魚を殺したところで、メディアナ様は喜ばれない。我らの使命は、カスミ・ドウミョウジの捕獲だ』

『まだそんな事を考えているのか。無駄だ。カスミの力は未知数だ。お前でも彼女には決して勝てない』

 ロイドは反論した。しかしガイアの声は、

『どうかな? カスミは未だに自分の力を使いこなせていないようだ。それほどの脅威とは思えないがな』

『カスミは自分の身に危険が及ぶとその力を発現する。彼女はその事に気づきつつある』

 それでもロイドは言葉を返した。その時だった。

『邪魔が入ったようだな』

 ガイアの力が別のものに向けられるのを感じたロイドは、ハッとして周囲を見回した。

(誰だ?)

 何者かが、ロイドとガイアの間に割って入って来たのだ。

(この感覚は?)

 ロイドは眉間に皺を寄せ、歯嚙みした。それが誰なのか、わかったのだ。

『ロイドさん、治子です。そちらにジェームズが行きました』

 天翔学園大学に在学中の手塚治子が呼びかけて来るまでもなく、ロイドはジェームズ・オニールの力を感じていた。

『貴様、この前の異能者か?』

 ガイアがジェームズに言った。するとジェームズはフッとロイドの隣に瞬間移動して、

『そうだ。メディアナの配下の異能者に妻と子供を殺されたジェームズ・オニールだ』

 一瞬、ガイアの波動が揺れたのをロイドは感じた。

(この男に脅威を感じているというのか?)

 ロイドは目を細めたままで隣に立ったジェームズを見た。前回会った時は、ほんの一瞬しか見ていないので、ジェームズの筋骨隆々とした身体を見て、更に目を細くした。

『なるほど。お前が噂のジェームズか。メディアナ様がその力を欲しがった理由がわかる気がするよ』

 ガイアが言うと、ジェームズは、

『その名を二度と私に向かって言うな!』

 怒りの波動を放った。それにはロイドも思わず目を見開いた。

『さすがにお前とハロルドを相手では分が悪い。退かせてもらう。だが、我が同志は他にもお前達を監視しているのを忘れるな』

 ガイアはその言葉を最後に気配を断ってしまった。

「礼を言う。さすがだな」

 ロイドはフロックコートの襟を正しながら言った。ジェームズは微笑んでロイドを見ると、

「いや、貴方がいてくれたから、奴は退いたのですよ。私一人ではこうはなりませんでした」

 右手を差し出し、握手を求めたが、

「俺はそういう儀礼には付き合わない。礼は言った。後は今夜の会合で話そう」

 ロイドは背を向けると瞬間移動してしまった。

『相変わらず、無愛想でごめんなさい、ジェームズ』

 治子がテレパシーで謝罪すると、ジェームズは苦笑いして、

『いや、治子は悪くないし、彼も悪くない。私が馴れ馴れしかっただけさ』

『そんな事はないと思います』

 治子は言った。


 ガイアとロイドが争った事、そして、ジェームズがそれに割って入り、ガイアが退いた事をかすみも感じ取っていた。

(ジェームズ・オニールさん、心強い味方なのは確かなのかも……)

 かすみは、それでも尚、ジェームズに右手を預けなかったロイドの事も気になっていた。

(ロイドは何を警戒しているのかしら?)

 しかし、一縷の望みを見出したので、かすみは晴れ晴れとした顔になった。


「光明子の潜入は成功したようだな、クロノス」

 ガイアがある場所でマイクに言った。マイクはニヤリとして、

「相変わらず攻め口が嫌らしいですよ、光明子は」

 ガイアはそれには応じずに、

「うまくやってくれ」

 そう告げると、瞬間移動した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る