第十五章 マイク・ワトソン

 かすみは、体育教師であった国定修が国際テロリストのアルカナ・メディアナの組織の人間だったのに驚いたが、そればかりでなく、英語の講師のマイク・ワトソンもそうだったのを知り、思考回路がショートしそうだった。

「国定先生も、ワトソン先生も、 天馬翔子理事長が来る前から、高等部にいた人だったのに……」

 アルカナ・メディアナの組織の大きさを感じたかすみは、身震いした。ロイドは乱れたフロックコートの襟を直して、

「連中は、遥か以前から、お前があの学園に現れるのを予見していたのかもしれないな」

「考えたくないけど、そうとしか思えないわね……」

 かすみは目眩がしそうだった。するとそこへ、騒ぎに気づいたのか、階段を駆け上がって、森石章太郎が現れた。

「おい、何があったんだ?」

 森石は、廊下の先の壁がぶち抜かれ、必要以上に風通しが良くなっているのをチラッと見てから、かすみに尋ねた。上がって来たのは、彼だけではない。多くの警官が後から廊下に押し寄せて来た。

「サイキックが現れたようだ。破壊された壁の修復と現場の保全、周辺の聞き込みを開始!」

 森石の号令で、警官達は一斉に動き出した。

「もう一人、高等部の教師が組織の人間だったのがわかったわ、森石さん」

かすみは警官の邪魔にならないように廊下の端に避けてから、森石に告げた。森石は眉を吊り上げて、

「やばいんじゃないか、それ? ここはいいから、すぐに戻れ」

 かすみはそれに頷き、

「じゃあね」

 言うと同時に、瞬間移動した。それを間近で見てしまった警官が数人いたが、何事もなかったように自分達の仕事を続けた。森石はロイドを見た。ロイドは目を細めて、

「今夜のジェームズ・オニールとの会合、俺も参加する。また話を聞きに来る」

 そう言うと、瞬間移動した。森石は黙々と作業を続ける警官達を見てから、フウッと大きな溜息を吐き、

「全く、とんでもない連中だな」

 そう呟くと、現場を離れた。


 かすみは、理事長の慈照寺香苗が一人なのを確認し、理事長室に姿を現した。

「キャッ!」

 いきなりかすみが姿を見せたので、香苗は思わず小さな悲鳴を上げてしまった。

「申し訳ありません、理事長先生。緊急事態なので、お許しください」

 かすみは頭を下げて詫びてから、それでもまだ呆然としている香苗を見て、

「国定先生が出勤していないと思うのですが?」

 顔を覗き込むようにして尋ねた。その言葉に香苗はようやく我に返り、

「ああ、そうね。アパートに連絡を取ったのだけど、電話に出ないし、携帯は繋がらないらしいの……。え? どうしてそれを?」

 今度はギョッとしてかすみを見る。かすみは一呼吸置いてから、

「国定先生は、昨日お話したテロリストの組織の一員でした」

「何ですって!?」

 香苗は次は目を見開いて驚いた。かすみは彼女の感情の変化を感じ、同情した。

(大丈夫かしら、理事長先生?)

 香苗はヨロヨロとして、ソファに倒れ込むように座り、

「詳しく説明して、道明寺さん」

 かすみは昨晩あった事を詳細に話した。もちろん、彼女が気絶するまでの事であるが。香苗はスッとソファから立ち上がり、机の引き出しから白い錠剤の入った透明のプラスティックケースを取り出し、錠剤を二三錠、てのひらに出すと、バッと一息に呑み込んだ。そして、再びソファに腰を下ろし、

「ごめんなさい。続けて」

 かすみを向かいに座るように手で促した。かすみは素早くソファに座り、ロイドから聞いた事を話した。だが、香苗の顔色がどんどん悪くなっていくのを見て、思わず話すのをやめてしまった。

「大丈夫ですか、理事長先生?」

 かすみは気持ちが悪くなって俯いた香苗を気遣ったが、

「大丈夫よ。ちょっと驚いただけ。続けて」

 しかし、更に英語講師のマイク・ワトソンもそうだったという話をしてもいいのか、考えてしまった。かすみは、ワトソンの気配を感じていたのだ。

(あの男、堂々と出勤しているわ。どういうつもりなの?)

 ワトソンの思惑が読めないので、かすみはどうすればいいのか、判断がつかなくなった。

「国定先生がその後どうなったのかは、私自身は把握していませんが、恐らく生きてはいないだろうと思われます」

 かすみは結局、ワトソンの事を話すのをやめた。

(取り敢えず、あの男とはもう一度話さないと)

 無謀とは思ったが、いきなり仕掛けて来なかったので、ワトソンには何か考えがあると想像したのだ。

「国定先生の件は、どうしたものかしらね?」

 香苗はソファの背もたれに寄りかかり、額に右手を当ててかすみに問いかけた。かすみは香苗を見て、

「先生方にも伏せておくべきだと思います。誰が組織と繋がっているのかわかりませんから」

「そうね。それが賢明ね」

 香苗は顔を上げ、同意した。そして、またスッと立ち上がると、

「国定先生は無断欠勤扱いにしておきます。警察関係はどうしようかしら?」

「森石さんに連絡して、うまく取り計らってもらうのがいいと思います」

 かすみも立ち上がって応じた。香苗は力なく微笑み、

「そうね。そちらは、彼の専門だから、全部任せましょうか」

 かすみは頷いてから、

「では、教室に戻ります」

「無茶はしないでね、道明寺さん」

 理事長は真顔で言った。かすみは微笑んで、

「ありがとうございます、理事長先生」

 そう言うと、瞬間移動した。


 かすみは三年一組の教室の廊下の前に飛んだつもりだった。ところが、彼女は誰もいない教室に出てしまった。

(どういう事?)

 すると、教壇の陰から、ワトソンがヌッと姿を見せた。かすみは驚きのあまり、声を上げる事もできなかった。

「ハロルドが俺の事をバカにしていたようだが、一芸にひいでるというのも、一つの手段なんだぜ、かすみ」

 相変わらず、薄気味悪い笑みを浮かべた顔で、ワトソンはかすみを見ている。

「まさか……?」

 かすみは全身にじっとりと粘っこい汗を掻いていた。恐ろしい結論に達したからだ。ワトソンはかすみの考えを見抜いたかのように、

「お前の想像通りだよ。俺は他者の瞬間移動に干渉する事ができる。お前が思った場所に行けなかったのは、俺が邪魔したからさ」

 かすみは震えそうになるのを必死にこらえた。ワトソンはニヤリとして、

「理事長に俺の事を話さなかったのはまさに賢明だったよ、かすみ。もし、お前が俺の事を喋ったら、理事長はもちろんの事、お前のクラスメート全員があの世行きだったからな」

 かすみはとうとう震えるのを我慢できなくなってしまった。それに気づいたワトソンはゲラゲラと笑い、

「怖いか、俺が? 怖いだろうな。正体を見せたのに、全く臆する事なく高等部に出勤しているんだからな」

 かすみはワトソンの思惑を探ろうとしたが、彼の意識層は全く見えなくなっていた。

(何、これ? 霧がかかったかのように何もわからない……)

 ワトソンには精神的な能力はないはず。それなのに、かすみと香苗の会話を把握していたし、ロイドの言葉も聞き取っていた。

(この男は一体……?)

 するとワトソンはフッと笑い、

「俺には精神的な異能の力はないよ、お前に俺の意識層が見抜けないのは、我がリーダーの力のおかげだ」

 かすみは目を見開いた。

「ガイア……?」

 問いかけるかのように発した言葉に、ワトソンは頷いた。

「そう。全知全能の異能者、ガイアの力だ。お前達が無謀にも戦いを挑もうとしている相手が、どれほどの存在なのか、理解できたか?」

 ワトソンの嘲るような尋ね方にも、かすみは反応できなかった。

(勝てるの、ロイド? こんな想像を絶する力を持っている敵に……?)

 かすみは絶望しかけていた。

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