東野圭吾の評価は先見的(『作家の値打ち』を読む)

『作家の値うち』は2000年に発売された本で、作者は文芸評論家の福田和也氏。

 読んだことがある人も多いと思うが、内容を一言で言えば、エンターテイメントと純文学双方の(その当時の)現役主要作家の主要作品すべてについて100点満点で採点し、ごく簡単にコメントをつけたブック・ガイドである。

 この本には東野圭吾も出ている。

 取り上げられている作品は7作。点数の高いものが多い。


 『放課後』 71点

 『鳥人計画』 59点

 『眠りの森』 69点

 『分身』 55点

 『天空の蜂』 61点

 『秘密』 79点

 『白夜行』 75点


 50点以下は7作中1作もなく、70点以上が半分近い3作もある。80点以上はないが安定して点数が高い。

 力作だが出版された時に全然売れなかったという『天空の峰』も入っているが、比較的常識的な選び方だと思う。しいて言えば、スキーのジャンプを題材にした『鳥人計画』がやや異色作だが、わりあい東野圭吾の代表的な作品が選ばれている。

 デビューから1999年までの東野圭吾だったら、『秘密』と『白夜行』が代表作なので、この2つとデビュー作の『放課後』が入っていれば、まずまずオーソドックスな選択だと思う。

 ただし、ややマニアックな意見かもしれないが、個人的には光文社の作品が入っていないのが不満である。具体的には、最初にカッパノベルズで発行され、後に光文社文庫に入った作品で『回廊亭殺人事件』『美しき凶器』といった小説があり、1999年の時点ですでに発行されていた。

これらは自分としては面白小説だと思うのだが、あまり文芸的ではなく、賞狙いとか大ベストセラー狙いの作品でもないので、あがっていないのかもしれない。B級娯楽作品といった感じで、福田氏の好みとは違うのだろう。


 次に、作品の評価に関する文言をいくつか読んでみる。


  『秘密』 79点

  [平成10]事故によって死んだ妻の精神が、植物状態の娘に宿る。そうしたミステリー仕立ての装いを前面にだしつつ、実は父と娘の恋愛、淡いエロスという通常の設定では描きにくいテーマを展開して見せている。その点に著者のきわめて巧妙であるとともに意識的な仕掛けを見てとることができる。


 私が読んだ感想だと、上記のような見方も一つの解釈であり間違いとは言い難いが、ごく素直に読めば、夫婦愛を描いているのか父と娘の恋愛を描いているのか、にわかに決め難い。どちらにもとれるところが面白いのではないかと思った。

 また、巧妙とか意識的な仕掛けと見ることもできるが、私の読んだ印象は、設定を決めてあとは思うがままにのびやかに書いている印象だった。


 『白夜行』 75点

 [平成11]多視点の手法を用い、抑制された叙述で読者に緊張を強いつつ、読者自身に物語の輪郭を描かせていく手腕は、並外れている。ただどうしても気になるのは、ここでもテーマがお決まりの「トラウマ」であることだ。


 「抑制された叙述」というのは、主人公の心理描写がないところを指していると思われる。ここは文芸評論的なややあいまいというか間接的な感じの記述になっている。

 「テーマがお決まりの「トラウマ」である」とあるが、確かに少年時代のことが最後にも出てくるが、「トラウマ」がテーマとは言えないと思う。

 このように作品の解説文には同意できないところがあるが、作品を高く評価しているところは同意できる。

 次に、作家自身に関する解説を読んでみる。


  すでにして「名匠」「巨匠」の称号を付されるほど、その技術の高さには定評がある。本格ミステリーからSFまでさまざまな作風をこなすが、いずれにしろ一筋縄ではいかない作品ばかり書いてきた。デビュー以来、しばらくそのケレンが空回りしている印象が強かったが、『秘密』によって一気にツボにはまった感がある。


 「技術の高さには定評がある」というのは同感だし、一般的にも認められていると思う。「デビュー以来、しばらくそのケレンが空回りしている印象が強かった」というのは、「初期の頃は本格推理志向で読者層が限られていたが、社会派志向になって読者層が広がった」と言う方がわかりやすいのではないか。

 「『秘密』によって一気にツボにはまった感がある」というのは確かにそうだと思う。

 東野圭吾は、この本が書かれた2000年以降もさまざまなヒット作を生み出し、直木賞をはじめとする文学賞をとっているので、全体的には先見性のある評価である。


※ 文芸に関する記事は下記のブログにもあります。

 『東野圭吾の考読学』

 URL:http://ooyamamakoto.hatenablog.com/entry/2018/06/27/211407

 検索;考読学

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