血は煙り、目覚めを待つ

大きな質量がコンクリートにぶつかって砕ける音、木がなぎ倒され踏みしだかれる音、金属が巨大な力で歪む音とガラスの割れる音。それらが大音量で同時に響いて思わず声を上げた。畳と緑茶の香りと、風の怒号。あわただしく廊下を駆け抜けていく足音。

「やりやがった!侵入された」

 布団から上体を起こし、傍で涼しい顔をしている霧を見る。手には、座敷で見た黒漆の鞘に収まっていた刃がぬらりと光っている。ガシャコッとポンプアクションの音がして、背後におびえる風の奥さんと憤怒の表情の風がいた。彼は艶々とした木製ストックの水平二連式散弾銃をかついでいる。

「援護は任せて」

「おう」

 短くつぶやいて霧は庭へ駆けだした。十トントラックが土煙をあげて突っ込んでくる。ぱぁん、ぱぁんと音がしてボンネットに蜘蛛の巣状の真っ赤なひびが入り、トラックは横転し止まった。後輪が弾けている。そこから現れた霧は、庭をバイクで蹂躙してやってきた者たちを次々に斬っていく。血と土ぼこりのにおいが辺りに立ち込め、少しむせた。風は給弾し、縁側から霧の殺陣を防いでやって来た者たちに照準を合わせ撃ち殺していく。

 一方的に行われる殺戮の光景に見とれていると一匹の白い魚がすぅっと庭に入ってきていずこへか消え、再びトラックが突っ込んできた。今度は一発で風が前輪をバーストさせ無力化した。這い出てきた運転手の手に筒状の爆薬が握られていたが、真後ろから霧が身体ごと爆薬を二つに斬った。一瞬、庭の者たちがその凄惨な光景に怯んだが、また雄叫びとともに狂気に呑まれ、闇雲な特攻を始める。それを丁寧に斬り、撃ち、数を削っていく。

そこに躊躇は微塵もない。

雄叫びが呻く声にかわり、それも聞こえなくなると、鞘に刀を納めた霧が縁側へ歩いてきた。

「弁護士怒らせるとどうなるか分かったか」

 死体に向かって吐き捨て、大きく息を吐く。

「去年ちゃんとしたところに点検に出しておいてよかった。こんなことになるなんて・・・・・」

薬室の弾を取り出しながら瓦礫が散乱し変わり果てた庭を眺めた。

「あぁ、片付けもしなきゃ」

 呟きながら、銃を片手に風はどこかへ連絡していた。人を手配しているようだった。

「大変な時に目を覚まされましたね。気分はどうですか?」

「少し、頭痛がする」

 縁側に腰を下ろした霧はハンカチで汗をぬぐい、そのまま汚れた刃を拭いた。スカイブルーのハンカチが血に染まる。生臭いにおいと遠くでカラスの鳴き声が聞こえる。

「先生、相変わらず見事な腕前で」

 少し震えた声と青ざめた顔をした奥さんが懐紙とお茶を出す。

「お気遣いありがとうございます」

 霧は懐紙を手にとり血脂を拭きとっていく。あっ、と声を上げ、刃零れしている所を申し訳なさそうに何度も拭いていた。

「うちのベテランに手伝ってもらうから心配しなくても良いよ」

 隣に腰をおろした風はお茶を一気に飲み干した。

「すまない、刃が欠けてしまった」

「あぁ、これは、砥ぎに出さなきゃいけないなぁ」

「弁償する」

「先生が悪いわけじゃないけど、お願いできる?」

 頷いて、刃を鞘におさめた。

 すい、すいすいっと今度は小さな群れをなして四、五匹の真白い魚が縁側から家屋へ侵入してきた。三人同時に気付いてあっ、と声を吐く。

「あぁ、雲と電に連絡する」

「うん、たぶんこれが目的だったんだ」

 霧が電話をかけ、風がショック状態の奥さんを宥めている間に、夢の中で聞いた先達の言葉をずっと考えていた。飛天の毒のこと、菰方家の過去のこと、山のお宮のその奥のこと、皆は真実をどこまで知っているのか。

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