50 (終)

 「この、このこの」カラは呻いた。「私の、全力をも、注いだ、胎児を、よく、も・・・」

 そしてカラはマルカレンの胎児を殴ろうとした。

 「あぢぢぢ!」マルカレンに触れたカラは激痛のあまりとびのいた。そしてヘルモを見た。

 「貴様やけに力勝負で弱いと思ったら・・・意思をこいつに注いでいたのだな。しかしなぜ私が、私の魔力を注いだはずのクィラが・・・クィラがやられた。」

 ヘルモはフ、と笑って、力ない声で言った。「・・・こいつは僕の親友だったからな・・・その意思を尊重したまでさ・・・だから力を注ぎ、こいつも力を発揮する事ができた。お前の胎児は、はじめから意思が殆どなかった・・・だからあれは、ただの魔力を注いだ箱に過ぎない・・・最も大事にしなきゃいけない脆い存在だったのに・・・」

 「畜生!」カラは地面を蹴るように踏みつける。

 「カラ・・・殺す・・・カラ・・・」そう言いながらレーテが寄ってくる。

 「だが私は絶対に認めないぞ!」カラはその瞳をめらめらと燃やす。「私にはもう魔力がない。朽ちた肉体だけだ!だが、それでも鍛えたしなやかで丈夫な肉体がある!」カラは拳を握る。「この魂が燃ゆる限り、魔術は再び蘇るであろう!すべてをやり直すぞ!ふははは!死ね!死に損ないが!」カラがレーテを殴ろうとしたその時、レーテはファレンの傘を振るい、カラの左腕が切り落とされた。

 「うぅあっ!」

 「なぜそうやって自分を抑え込む?」レーテは抑揚もなく言った。「堕魔人になってしまえば全てが楽なのに。もう一本切ればわかるかなあ。」

 意味不明な言葉に困惑するうちにカラの左脚が切り落とされ、前に倒れて「うぅぅ!」と呻く。ヘルモにはその意味がわかった。今までカラがレーテに言いながらした事を、そっくり言葉ごと返しているのだ。

 「うーん、それとも、こうかな。」レーテが言うと、カラの右脚が切り落とされる。

 「えうっ!・・・・」レーテと同じく右腕しか残っていないカラが、うつ伏せでじだばたする。そのカラの顔に、レーテの、ネジネジによって肥大された手が被せられ、一瞬ガリッ、と音がする。

 カラの右手の暴れ具合からはいかに痛いかが伝わるが、レーテと同じく半端に顔をねじられたカラだが、肝心の左目がねじりに巻き込まれて塞がれてしまい、もはや目も鼻も口もなく悲鳴さえ上げる事が許されなかった。

 「やっぱり予定通り、精神を破壊せねばうまくいかないか。」

 レーテはカラの胸に手のひらをつける。「レーム・ナフラ・アルディーデ。」

 カラはその時一瞬母の姿を思い起こした。その顔が追い出した時の怒りの形相に変わった瞬間、カラの意識は完全に途切れた。そして王室を流れる黒い血。カラを繋ぎとめるもの、蘇らせてくれるものは、何もなかった。カラはもう動かない。





 ふわふわ浮かんだマルカレンがヘルモに寄り添い、痛みが治まった事を確認したヘルモはゆっくりと起き上がった。レーテがカラの前に座り込んでいる。レーテが今どうなっているのかは、魔術感性のすぐれたヘルモなら痛いほど痛感していた。レーテが生きて行うべき使命は全て果たした。だから体が死に向かおうと腐り始めていた。しかし何かがレーテを生につなぎとめていた。ヘルモはそれを知っていた。

 「レーテ・・・」ヘルモはレーテを見た。

 「ヘルモ・・・ヘルモ・・・」レーテはヘルモの手をとって、その胸に当てた。

 「わかっているよ。君を解放しなければね。」ヘルモはうなづき、そしてレーテをもう一方の腕で静かに抱擁した。空白。体を離したヘルモは、カラがレーテに、レーテがカラに施したのと似た呪文を口にする。

 「レーム・ナフラ」

 愛した人の命令により、レーテは眠り、溶け始めた。どろどろとどろどろと溶けて、レーテの体代わりの金属の鎧だけがそこに残った。無。ああ、終わってしまった。ヘルモは天井を見上げる。あたりはとても静かである。カラの死体が腐臭を放ち始める。ヘルモが立ち上がって引き返そうとしたとき、ふと、レーテのいた方から「ぅわぁ」と幼い鳴き声がした。ヘルモは驚いて鎧の中を見ると、小さな胎児であった。マルカレンやクィラと同じ、レーテの胎児・・・。ヘルモはそれをゆっくり拾い上げた。ただの肉片だが、レーテの面影をヘルモなりに感じていた。ヘルモはそれを右肩に乗せた。これは、あの秘密基地に持って行こう。ついにレーテも死者の世界の仲間入りをしたのだ。ああ、そうだ。彼らは、死者の知恵だったのだ。神の意思だったのだ。

 そして浮かんでいたマルカレンが左肩に乗っかった。両肩が重くなったが、ヘルモはなんだかかわいらしく思ってふふ、と笑った。

 レーテの腰の部位にあった仮面を見た。ヘルモは次何をすべきか、もう考えていた。意思を引きつごう、と。ヘルモは仮面を取る。レーテの教えてくれた、堕魔人から人に戻す方法・・・それは愛を以って魔を受け入れること。自ら実践をし、この世界を変える。右目だけ露出しているるその特徴的な仮面をつけて、ちょっと懐かしいあの人の香りを感じながら歩き出す。

 未だに眠り続けるネジネジの従者たち。彼らは死ぬまで昏睡状態なのは明らかであり、どうすることもできない。魔城には手下がいなかった。ネジネジたちが倒れたのを見て本当に恐れをなして逃げ出したに違い無い。

 城を出ると親玉ネジネジの砕け散った残骸と、アラスタがいた。彼を彼の仕事場に持ち帰ろう、とヘルモは考え、そこらへんに転がっている板を組み立て滑車を作ってからアラスタを乗せる。そこで、ヘルモはふと思い返して再び魔城に戻る。そしてレーテの鎧を持って滑車に乗せた。そしてそれらを運んでヘルモはもとの道に帰る事にした。




 「ふぅ。」

 全てを終わらせた。レーテとアラスタをしかるべき場所に戻した。アラスタの事務所には連絡をいれた。彼は人格再定義士の中で弔われ、英雄として皆の心に生き続けるであろう。そして、もしかしたらネジネジの従者たちの事で人格再定義士たちもさぞ忙しかろう、と思った。

 これからどうしようかな、と思いながらヘルモは適当に道をぶらぶらと歩いた。ふと、村の方から歪んだ気配がした。やれやれ、堕魔人がまた現れたのかな、と思ってヘルモは村を行く。

 「あなたは!」村人が声を上げた。「片目の仮面、噂の聖戦士、レーテですか!」

 ヘルモはちょっと考えて、でもやっぱり、あの人の意思を継げるのは自分しかいないね、と納得し、「ああ、どうした?」と聞き返した。

 「恐ろしい堕魔人が現れたのです!子供を次々とさらう、イカのようなタコのような・・・」

 「わかった。」ヘルモは頷いた。「すぐに向かう。」

 ヘルモ、いや、レーテは、そのまま村の方へと去っていった。



-完-

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聖戦士レーテ NUJ @NUJAWAKISI

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