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 扉を開けた先の王座に、カラは間違いなく座っていた。その手にクィラの胎児を持ちじっと見つめていた。それはまるで我が子を見つめるように。そしてヘルモとレーテに気づいてこちらを見た。

 「まさか。」カラは言った。

 「ネジネジは死んだ。」ヘルモは言った。「おかげでレーテも自我が死にかけている。」

 「ほう・・・」カラは舐め回すように二人を見定めた。「それで?そんなズタブクロみたいな戦士を連れて何の用だ?」

 「カラ・・・カラ魔王・・・カラ先生・・・ちょうちょう・・・」レーテがつぶやいている。ヘルモはやっぱりだめかなと思って顔を背けつつ、言った。

 「この人は、少なくとも、こうなる前は、あなたを倒す確かな決意がありました。」そしてカラを見て言葉を続けた。「今のこの人にできないのならば、私が、受継ぎます。」

 「ほう、私を倒す?実に、殊勝だな。ヘルモ。」カラは鼻笑いした。「どうしてレーテは私を倒そうと思ったのか、お前は知ってるのか?」

 「『私から多くを与え、全てを奪った』と。レーテのこの体はカラとカラの手下のネジネジがもたらした傷跡。それだけでも大きな恨みがあるでしょう。」

 「ふーん。そうか。恨みだったのか。」今初めて聞いたかのようにカラはうなづいた。「レーテはすごいやつになる筈だったんだけどなあ。しかし、いつまでもその恨みにとらわれ、私のメッセージを受け取る努力もしなかった。見込みがなかったわけか。」カラは瞳の動きの落ち着かないレーテの目を見ながら言った。

 「だから、メッセージって何です?はっきり言ったらどうです。」ヘルモは怒りを込めて問いかけた。

 「お前も未熟だ。メッセージというのは言葉でぺらぺらいうのではなく直接叩き込んだ方が一番伝わるのだが・・まあいいだろう。あいつはもはやゴミで学べそうにないし、お前は私の訓練を受けた無学の若者。特別に教えてやろうじゃないか。」カラは立ち上がる。「人間どもは絶対に無視している事実がある。」

 「はい。それで。」カラのひょろ高い姿に怯えもしないヘルモ。

 「堕魔人がどうして現れたか知っているな?科学が発展し尽くし、パラダイム・シフトが何度も起きた、その結果、魔術と呼ばれる業ができるようになった。」

 「そうですね。」

 「魔術は、自分の肉体の延長線上にあると考えられていた。だから自分の肉体以外の遠くの物体を動かすとか、自分の肉体を物理的に強化するとか、せいぜいそういう風に用いるのが普通であった。肉体が魔術を従えている、とな。だが、脳が時々暴発するような障害があったり、あまりに精神をこじらせて自制心が崩壊すると、そこに逆転を起こす。魔術の方が肉体を従え、肉体が自在に変容するようになる。こうなると、もう精神だけで動く人間になる。だから周りが見えないまま衝動に赴いて、殺人を繰り返すようになる。そう言われているだろう?」

 「はい。」

 「しかし、不思議だと思わないか?なぜ殺人を繰り返すようになるのか。食欲もあるいは愛の欲望もほとんど殺人へと繋がっていくのだ。」

 「・・・。」

 「要するに、排他だ。堕魔人は自分以外の人間どもと分かり合えない事はすでに分かっている、というかそれが宿命なのだよ。人間は肉の欲望で繁栄するが、堕魔人はそれとは少々違う。だから人を殺してしまう。」

 「自分の魔を受け入れたならば、その魔は人と分かり合えるものになり、次に進めると、レーテは教えてくれた・・・。」

 「そうだったのか。私と同意見だよ。」カラはにこりと微笑んだ。「まったく、私と分かり合えたはずなのに。」

 「どういうことですか?」

 「さっき言った堕魔人の考察はもちろん、人間どもが書いた本の内容だ。だがこれを述べているやつらは、どいつもこいつも人間目線だ。どいっつも!こいっつも!」ここで急にカラは激昂した。「人間様の都合しか考えていない!それが許せぬ!そうして住まいを追いやった人間どもが!許せぬ!」

 「・・・・。」

 「なあヘルモ、お前だってどうせ人間社会に帰っても帰る家はないんだぞ?わかるか?人間たちは実に欲望に塗れて愚かなのだ!」

 「・・・・。」

 「なぜ沈黙する?お前もわかっていないのか?堕魔人をちた存在とみなしているのは人間だけだ。私は知っている!しかし人間は知らない!」カラは天井のステンドグラスを見上げながら目を輝かせた。「堕魔人、こそが、次の人類の姿である、と!」

 「・・・・。」

 「なぜ私は人格再定義の意味を塗り替えるか、なぜ私は人を堕魔人とよばれるものにするか、わかるか?」カラは後ろを振り返った。「いずれこの世界、魔が続く限り、人が魔に陥ることは免れない!だから、私が堕魔人としての礎を作り、支配し、次の時代への備えを作っていたのだ!」

 「この町は、しかし、魔術を扱えない人間が多くいます。そして彼らは私たち堕魔人によって殺されています。」ヘルモは言った。「彼らは淘汰されるのですか?」

 「その通りだ。」

 「・・・。」ヘルモは一瞬絶句した。「それで、堕魔人同士の生殖ってあり得るんですか?」

 「無論、ありえないだろう。殺し合いになるからな。」

 「じゃああなたの野望が実現したら人類は滅ぶんじゃないですか?」

 「だから堕魔人はその肉体を捨て、死を超えるであろう。」カラはにこりと笑った。「そうなれば精神だけが蠢く世界になる。私はその世界を支配する。」

 「・・・短絡的ですね。」

 「・・・・はい?」

 「いや、思ったことを言ったまでです。」ヘルモは言った。「堕魔人の精神なんて、ただ自分の欲望に固執してるだけです。だから精神だけが蠢く世界といっても、何かを愛し支え合うほどの高尚なものじゃありませんよね。だからみんな他人を排他するし、あなたはそんな彼らを暴力で無理やり支配しようっていうんでしょう?」

 「暴力だと?真実は力が作り出すものだ。愛を唱える人間の頭も潰しておけばその愛はなくなる。力こそが全てであり、堕魔人に怯える世間がそれを証明している。」

 「そうですね。」ヘルモはマルカレンの胎児を掲げた。レーテは天井を見つめている。「結局そんなものかもしれませんね。」

 「奇遇だな。お前もそれを武器にするのか。」カラはクィラの胎児を持ち出した。「それで、私を殺そうというのか。」

 「あなたは狂ってる上に強すぎるから、これ以上生かしておくとだめだ。」

 「狂ってるだと?」その言葉はカラの逆鱗に触れたようである。「狂ってるだと!?お前に私の何がわかる!?」

 「では逆に僕の何をわかっているんですかね。」ヘルモは胎児を構えた。「あなたは僕のことすら、絶対理解できない。」

 「侮辱したな。」カラも胎児を構えた。「殺してやる。」


 両者、腕を振り上げた。

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