39

 アラスタが目をさめるとヘルモのいる隣の部屋から何かがさごそと音がした。どうしたのだろうと思って廊下に出て隣の部屋にはいると、レーテがなんと眠るヘルモの縄を解いていた。

 「え、何をしてるんですか・・・」アラスタは言った。

 「向き合えと言ったのはお前だろう?」レーテは後ろを向かずに答えた。「まずはフェアにならなければ。」

 「しかし・・・。」

 「話をしても無駄だとはすでにわかってるんだ。」レーテは言った。「だから服従させる。わからせてやる。私はカラより優しいぞ。」

 アラスタは何も言えずにその場に立っていた。縄を完全に解いたその時、ヘルモの目がカッと開き、勢い良く起き上がり、鉄拳がレーテの仮面に命中しようとした。だが、レーテはその手を取り、すぐさま胴体にのしかかって締め上げた。

 「ぐぐ・・・ぐ・・・」ヘルモは呻いた。

 「お前は私に絶対かなわないよ。」レーテは言った。「しかし、強くなったじゃないか、ヘルモ。感心したよ。」

 その一瞬、ヘルモの抵抗する力が弱まるのをレーテは感じた。きっと、訓練した頃を思い出しかけたのだろう。だが、そうなると額の角の奥がじんじんと痛み、そしてカラのことを思い出し、愛してしまいそうになる気持ちに抵抗するように「うおおおおおおおう!殺す!!絶対に、殺す!!」とヘルモは咆哮する。

 「そうだ、今はそれでいい。」レーテはヘルモが堕魔人に戻ったのを見て安心するように笑った。

 アラスタはこの様子を見ながら立ちすくんでいた。一体レーテの中で何が起きたのだろう。たしかに自分はあの時夢中になって熱弁をしたが、その事によってレーテの中でまた何か目覚めたのだろうか。熱弁をした当の本人のアラスタが一番この結果に困惑していたのであった。




 レーテとヘルモのこのような拳の交流はそれから幾度となく続いた。朝も、昼も、夜も、ヘルモはレーテを殺しに現れ、その度にレーテはそれなりのダメージを与えて追い返した。アラスタとお茶をする時も背後からそろそろと現れ、しかしすでに気づいていたレーテが左肩の魔の触手でヘルモを捉えて振り回して痛めつけた。

 この状況にアラスタはひどく怯えを感じていた。まず毎度痛々しい光景が目の前で起きるし、いつ自分が巻き添えに会うか恐怖でしかなかったからだ。

 「心配するな。」レーテは笑った。「あいつは私にしか関心がない。」

 「そうなのか・・・」

 「だが、もしかしたらということもある。」レーテはそう言ってマルカレンの胎児をアラスタの前に置いた。「こいつが殺されないよう見守って置いておくれ。」

 もちろんの事、ダメージを負ったヘルモへのケアも怠っていなかった。一番レーテが重要視したのは頭へのヒーリングである。どうもあの角がヘルモの精神によからぬ圧をかけているので、徐々に調整してヘルモが正常に戻ってくれる事をレーテは願った。それでも来る日も来る日もヘルモは襲ってくるのだが。


 





 ある夜の事、レーテは鎧を外して眠っていたが、扉が静かに開く音が聞こえて、寝たふりをして身構えた。ヘルモが現れたのである。おそらく寝る間を狙った襲撃であろう。レーテはいつまで寝たふりを解くか考えていたが、ふと気づいた。ヘルモはしくしくと鼻をすすり泣いていたのである。紙がパタリと床に落ちる音が聞こえ、そのままヘルモは去ってしまった。もう気配がない事を知ったレーテは起き上がって、月明かりに照らされた床に手紙のようなものを発見し拾った。非常に拙い字でヘルモの言葉が書かれていた。文字は所々乱れており、線でかき消している箇所もあった。



 『レーテ さん へ

 ぼく は ほんとう は あなたを ころす//ころした//く/ない けれど カラたち の ぼうりょくころす// が たえられなくて カラのいうこと を うけいれちゃった ぼくがこんなめにあうのは レーテさんのせいだって よくいってた から ころ/////

 いちど にんげんを やめなきゃ ぼくは しんでた だから レーテさん を ころさなきゃいけないころす ___て なにがなんでも おもいこんだ りゆうも さがした そしたらほんとうに レーテさんが ゆるせなくて いや わかってても そうおもいつづけねば いきていけなくて こんなことになっちゃった 

 でも ぼくは しんじていたんだ たぶん ぼくがおかしくなったら カラはぼくとレーテさんを たたかわせるに ちがいないって でも レーテさんに かないっこない だからおかしくなったほうがきっといいんだって

 いまでも いかりがおさまらないのに このごろ ぼくのいかりにつきあってくれるレーテさんに かんしゃしちゃって おもいだしちゃって いとしくて よくわからなくて つらい でも わかってほしい ぼくの きもちを』



 レーテは手紙を大切に折りたたみ、しばらくぼうっと窓の外の月を眺めていた。そして何故か、この世の中の奇妙な流れに思いを馳せていた。

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