16

 「今日は苦戦したな。」庭で若きレーティアンヌはクイーナに言った。

 「日々の鍛錬の積み重ねよ。」クイーナは誇らしげに言う。

 「そういえば、ここは私たち新入りばかりだな。」

 「あら、知らないの?クラスごとにいる場所は変わるのよ。」

 「あんまり考えた事がなかった。」

 「意外とどんくさいのね、レーテ、あ。」クイーナが指差して言った。「どんくさいと言えば、レーテにお熱なザンドルフさまがあそこにいますよー。」

 「そんな・・・。ただ見ているだけだろう。」

 「そういうところがどんくさいのね。」クイーナはちょっと小馬鹿にした笑をした。「ほうらほら。こっちずっと見てる。」

 ザンドルフは蛇のような細目で棒立ちで二人を眺めていた。

 「おお、こわい。」

 そう囃し立てるクイーナに、レーテは鼻でため息をつかざるを得なかった。

 「レーテ。」カラ王の声が後ろから聞こえた。

 「あら、もう一人レーテにお熱な方がいるようね。」今度はクイーナは不満げだ。レーティアンヌは渋々カラ王を振り向いて返事をした。

 「なんでございましょう、カラ王様」

 「ちょっと話がある。面接室に来てくれ。」

 「はい。」

 レーティアンヌはカラ王の後についていく。その歩いている間もザンドルフはレーテを見つめている。



 「何を見ているのだ?」

 レーテが言ったので、ヘルモはあわてて目をそらす。もう夜である。レーテは右腕の鎧を外して気楽そうな格好でいた。もっとも、仮面と、その他の体の部位が鎧で覆われていたが。

 「いえ、何を考えているのかなあと。」ヘルモは答えた。

 「また昔を思い出していた。」レーテは物憂げに言った。「私はこのようによく過去を振り返ったり、この小人たちに昔話を聞かせている。」小人らは天井を楽しそうに浮かんでいた。「そうする事で、自分を戒めている。自分は、村人たちの崇める聖戦士ではない。そんな高潔ではない。ただの、不器用な、恨みで生きてる、さもしい人間だと。」

 「レーテさん・・・。」

 「ふ。」レーテは軽く自分を嘲笑した。「師匠とあろうことが、無様だったな。」

 「とんでもないです。」ヘルモは焦るように言った。「たしかに、レーテさんは、人間らしくて・・・その・・・」ヘルモはふいに言葉を失った。目が泳いでいた。

 「ヘルモ・・・?」

 「ああ、そんな。」ヘルモは頭を抱えた。「レーテさん。俺はわからない。今、その、レーテさんの事が、気になっちゃっているんだ。」

 レーテは驚いて右目を見開いていた。

 「ああ、レーテさん!」ヘルモはレーテの右腕にすがりついた。「助けてくれ!俺は貴方のファレンさんやゲゲレゲとの出来事を聞いて、とても悲しく思った。とても悲しく思うあまりに、貴方の事が好きになってしまった!愛おしくなってしまった!こんなはずはなかったのに!自分でもわからないんだ!」

 この人の好きは、村人のとはちょっと違う。レーテはそう感じた。嬉しいような悲しいような眼差しと顔をしかめるヘルモをレーテはしずかに見つめ、言う。

 「いいか、ヘルモ。」レーテは言った。「私は君に隠している事がある。それは、私はもう人としての形をほとんど保ててないということだ。私にあるのは、顔と、右腕と、わずかな胴体のみ。」レーテは開いている金属製の左手で、鎧の左足を掴み、引っこ抜いた。右腕にすがりついたヘルモはハッとその失われた左足を見つめた。「そしてこの顔も、堕魔人ネジネジの手によってひどく歪んでいる。こんな醜い顔を、君に見せるわけにはいかない。」

 「いったいどうしてですか?」ヘルモは咎めるように言った。「俺は・・・あなたの顔が・・・見たい・・・。」

 「嫌だ。」

 「俺は平気です。あなたの、全てが、知りたい。」

 「・・・・。」

 レーテはしばらくかんがえこみ、そして、何も言わずに左手で仮面を外した。その隠された左半分は口から額にかけて渦状にねじ曲がり、目は潰れ、ねじまがった間から青い光がチラチラと光っていた。レーテの右目からとろりと涙が出た。その涙をヘルモは人差し指で押さえ、そしてレーテの歪んだ口にくちづけをした。それは情熱的というよりも秘教的な、長く静かな時間であった。最初驚いたレーテの右目も、やがてゆっくり閉じ、ヘルモを抱擁して、静かにくちづけを返した。屈折した少年とフリークスの魂が結ばれた事を祝うかのように宙に浮かんだ小人たちはぐるぐる回る、ゲゲレゲだった胎児は何がなんだか分からなずに拍手のような動作をする。その時間は夜を支配するように永遠のごとく続いていく。もはやそこでは言葉は要らないのだ。

"もはやそこでは言葉は要らないのだ。"

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