14

 その日の朝は何かと騒々しかった。幼きレーティアンヌはハッと目がさめると、寝床にファレンが現れて、「行きましょう!レーテ!」と言ってレーティアンヌを抱きかかえて走りだした。「ファレン、さん、一体、どうしたん、ですか」とレーテが揺られながら言うと、「ゲゲレゲです!手に負えない相手です!逃げましょう!」と言った。ゲゲレゲ?たしかに館の外から奇妙な鳴き声が鳴り響いている。


 ゲゲゲゲゲゲレゲレゲゲゲレゲゲゲゲゲゲゲゲゲレゲゲレゲ。


 館の外を出ると、いきなり5メートルほどの黒い背の高い塊がレーティアンヌの視界に映った。目のない白い顔が二人を見つめている。

 「ファレン・・・あれがゲゲレゲ・・・?」

 「違います。あれは子分です。本物はもっと恐ろしく大きい。だが、子分も油断なりません。」

 ゲゲレゲゲゲレゲゲ。子分のゲゲレゲは町中に響くあの奇妙な鳴き声よりもか細く鳴いている。

 「あれは・・・・何をするの・・・・。」

 「人を食って、吐き出す。」ファレンは走りながら言った。「あっ!」

 道の前方に数匹もの子分ゲゲレゲがこちらに向かって立ちふさがった。後ろを振り返ると、既にこれまた数匹もの子分ゲゲレゲが群がっている。前も後ろも八方塞がりであり、左右はビルの壁である。

 「まずい!」

 ゆっくり動いてるようでもうすでにファレンとレーティアンヌの間近までに迫ってきたゲゲレゲの大群。口を開けて涎を垂らしながら目のない顔がたくさんにじり寄ってきたので、レーティアンヌは「きゃあ!」と悲鳴をあげた。ゲゲレゲはそれぞれ二本の腕を出してファレンたちを掴み、噛み付こうとする。ファレンはレーティアンヌを抱きかかえた。びりびりびりとファレンの服がちぎれる音がする。「ファレン・・・ファレン??」しばらくしてレーティアンヌの視界は開け、全速力でファレンが走るのを感じる。ここはビルの階段。あの大群から、ビルの中へと逃げおおせたということだ。3階、4階、5階・・・・永遠とも思える2分間の後、ファレンたちは8階の屋上にたどり着いた。おそろしくやかましいゲゲゲレゲゲゲという鳴き声。そしてレーティアンヌは降ろされた。彼女は息を飲む。

 「ファレン・・・!」

 ファレンは体の半分が皮膚ごと失われ、中の鉄骨を露わにしていた。

 「どうやら不運だった。」ファレンは後ろを見た。親玉のきわめて巨大なゲゲレゲがこっちを見つめていた。親玉のゲゲレゲはカエルのような透明な目が、額一帯にでたらめにたくさん並んでいる。

 「このままうろうろしていると、わたしら二人とも食い殺されてしまう。」

 「じゃあ、どうすれば・・・。」

 「簡単なことだ。」顔がファレンはふ、と笑った。そこまで聞いて、レーティアンヌは、ハっとした。

 「そんな・・・やめて・・・。」

 「レーテや、レーテ。」

 ファレンはレーティアンヌに話しかける。ゲゲレゲの顔が接近してくる。

 「わたしが死んでも気丈に生きろ。」

 「そんな!」幼いレーテは叫ぶ。「やだ!やめて!」

 「レーテならできる。では、」おじさんは後ろを振り返る。「さらばだ!」

 ファレンは走り出し、傘を広げる。傘から異様な紫の光。

 「死ね!ゲゲレゲ!」そして大口をあけたゲゲレゲの口の中に入り、そして激しい閃光。衝撃。レーティアンヌはごろごろと屋上を転がる。エネルギーの消失。何かが冷めるのを感じる。空の青さが美しい。レーティアンヌは起き上がる。何もいない。ゲゲレゲの姿はもちろん。ファレンの気配も・・・。

 8階の屋上からレーティアンヌはゆっくりと階段を降る。信じたくはないが、しかし、災いはひとまず去ったのだ。7階、6階、5階・・・・そして1階にたどり着いた。戸口に壊れた傘が落ちていた。その柄には、金属製の拳が握られていた。レーティアンヌは膝の力が抜けた。そして、泣いた。






 「でも、ゲゲレゲは死んでいない・・・。」ヘルモはレーテの生い立ちを聞いてぼそりと呟いた。

 「ああ。その後も出没したと聞いている。」レーテはやるせなそうに答えた。

 「そんな・・・。」

 「恩師の死は無駄ではなかったと思う。恩師が死の閃光を放ったこととゲゲレゲと子分たちが消えたことは当然関係あるだろう。だが、やつは生命力が強いらしい。」

 「そんなやつを、倒せるのですか・・・。」

 「わからない。だが。」レーテはそばの胎児を見つめる。「こいつがもしかしたら、ゲゲレゲの出没を予測してくれるかもしれん。」

 「これはゲゲレゲの子分の突然変異なのですよね。」

 「ああ。ゲゲレゲのつばをつけられて育った子分たちは、ゲゲレゲがそばにいないと形を保てない。だがこいつはどうも変な方向で生命力をつけてしまったらしいな。」

 「なるほど・・・今は?」

 「この胎児が元は誰なのかわからない。ゲゲレゲの人間の頃なのか、マルカレンなのか・・・。だが、無力な状態だ。」

 「これをこれから。」

 「そうだ。ここの洞窟で一泊したら、私の秘密の館に案内しよう。」

 「はい・・・。」ヘルモは胎児を見つめながらうなづく。「マルカレン・・・。」

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