夜桜お七

-口ずさむのはあの子が踊った『夜桜お七』-

もうすぐカズが帰ってくる。

帰ってきたらお刺身を切ろう。

昼から下拵えをして潰したポテトサラダに

香り付けとして庭で採って来た柚子の皮を摺り下ろして入れる。

貰い物の大きなお肉は切って塩コショウ済み。

これも焼くだけ。

さくらの作るものは皆美味しい。

毎日こんな美味しい物が食べられるなんて結婚して良かったって。

私も良かったと心から思う。

優しいカズ。共通の趣味であるウォーキングを通じて知り合った。

あの頃は休みの度に遠くまで歩いたけれどさすがに今は。

というよりカズが課長さんになって忙しくなってからめっきり無くなった。

けどいいの、カズのことが大好きだから。

二人の間に子供は居ないけれどずぅっと理想の夫婦として二人で居たい。

毎日手を繋いでお散歩する可愛いおじいちゃんおばあちゃんになりたいんだ。

あ、さっき型に流し込んだプリンはもう固まってるかな。

カズはケーキはダメだけれどプリンは大好き。

特に私が作ったプリンが結婚当初から大好き。

プリンなんて誰でも作れるか

もしれないけれど私はプリンにこだわりがある。

卵感をしっかり残したこっくりしたものと

卵とクリームを出来るだけなめらかにしたとろけるもの。

味だってカラメル味と苺ジャム味の２種類。

たった２人の暮らしにここまでする意味はないかもしれないけれど。

今日はしておきたい、しておかなきゃいけない、手間と時間がかかっても。

だって昨日は本当に楽しかった。

生まれて初めての遠征。

こっそり出かけてごめんなさい。

大阪で同窓会だなんて嘘なんだ。

最終のサンダーバードから見た夜景。

はじめて観た夜のこの街の美しさにドキドキした。

迎えに来てくれたカズの顔を見てやっとごめんなさいと思う気持ちになった。

もう１８時。帰ってくる。

携帯の待受を見ながら口ずさむのはあの子が踊った夜桜お七。

お刺身は薄く切るよりサイコロに切る方がカズは好き。