濃い緑色をした茨が塔を覆い隠すように生い茂っている。ほとんど廃墟と化した塔を見下ろせる丘に置いた椅子に座り、一人の女が満月を見上げていた。女の漆黒の髪は丁寧に結いあげられており、黄色の薔薇で編まれた花冠がのせられている。瞼は閉じられているため瞳の色を知ることはできない。

「今日の満月は特別なのよ。ねえ、あなた、あの日のことを覚えているかしら?私は覚えているわ」

聖母と見紛う美しい微笑みをうかべ、女は隣に佇む若い男に問いかける。男は気まずそうな顔でおずおずと言った。

「…申し訳ありませんが、あの日とは?」

まあ、と残念そうに呟くと女は黙ってしまったが暫くして何かに気が付いたような顔をして再び話し始めた。

「ああ、そういえばあの時はあなたではなかったわ。あの時の男もあのひとではなかったのよね。死んでしまったもの。…そうね、あのひとかもしれないあなたに教えてあげるわ」

「ありがとうございます」

愛しげに紡がれたあのひとという言葉に顔をしかめていた男は、女の最後の言葉を聞くと嬉しそうに感謝を述べた。女は細く柔らかい指を男の指に絡めると囁いた。

「魔法で一人の女の子を眠らせたのよ。だって私は魔女だもの。昔も今も、おそらく死ぬまで。晴れた満月の夜だけの、魔女」

女は言葉を切ると長い睫毛を重たげに振るわせ瞼を上げた。


黄金に輝く瞳が月を射ぬく。


「今日はその子が目覚める日なのよ」

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