第20話 壁を打ち破る

当時の自分にとっての壁といえば、いくつか思い当たることがある。

自分に自信がないこと。

コミュニケーションがうまく取れないこと。

自分に優れたスキルがないこと。

もう何回か書いているけど、それが結局、先に書いたふたつの壁につながっていたんだろう。


そんな壁のせいで、それまで思い切った行動が取れなかったのだと今では思う。

だが、洋服屋の店長に辞めると告げた時、自分の中で火がついた。

このお店は、もう辞めてしまう。

でも、あと1か月...あと1か月くらいは本気で洋服屋の店員としてやってみせる。

洋服屋の店員として、認められるようにやってみせる。

その結果のためなら、たとえ泥臭いような見栄えでもいい。

そんな気持ちになった。


そこからの1か月はあっという間だったと思う。

全力で声を出してお客様を呼び込んだ。

仕事が終わった時、声が枯れてたこともあった。

できる限りの笑顔でお客様を迎えた。

笑顔は苦手だったけど、自力で笑顔が作れるようになった。

自分のその時のファッションセンスを最大限活かした。

それまで教えてもらった事を自分のファッションに反映させた。

そんな1か月だった。

その当時では、人生で一番努力した時期だったかもしれない。


それが功を奏したんだろう。

そろそろ辞める時期に近づいた頃、また店長に呼び出された。


「この一ヶ月ですごく良くなったよな。いっしょに働いているみんなもそう言ってる。このまま辞めるのはもったいないってさ」


その言葉を聞いた時、素直にとても嬉しかった。

自分の努力が実を結んだ、自分の変化が認められた瞬間だった。

それまで、人生でもっとも沈んでいた時期が数年間も続いていたのだ。

そんな中でのその評価は、自分の鬱屈としていた気持ちを多少なりとも晴れさせてくれた。

そして、とてつもなく少なかったが...自分に対しての自信を持てる一言だった。

そうか、これまではこんなにもダメダメだったわたしだけど、人からそんなことを言ってもらえることをできたのか、と。


だが、店長を始め、いっしょに働いていたメンバーに引き止められたものの、わたしはそのまま辞めてしまった。

迷いはなかった。

正直、店長を始め、どうしてもこのままいっしょに働いていきたいと思えない人が、メンバーの中にいたからだった。

だから、辞めたいという気持ちはあまり揺らがなかった。


そうして、はじめは念願だった洋服屋の店員としての生活は、半年間で幕を閉じた。

大学4年目の10月のことだった。


だがその1ヶ月半後、わたしは再び洋服屋の店員として働くことになった。

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